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「で? 多少はわかったのか」
数日後、王城へ戻ったサリストアにレダンは向き合っていた。
「ああ、まあ。バリスト公とラグアルス公が黒幕だったよ」
右目の眼帯を外し、髪の色はまだそのままに、サリストアが溜息をつく。
「数代に渡って支えてくれていた名家だったけれど、姉上が道を外れ始めた時期に、少し美味しい思いをしたらしい。それが忘れられなかったんだな」
「美味しい思い?」
「武器の密輸」
サリストアは不機嫌な顔で唸る。
「ダフラムか?」
「はっきりは喋らなかったけれど、ダフラムだけではなかったみたいだな。紛争が起こりそうな国にこっそり繋ぎをつけて、いざという時に武器を用立てる。道理で最近武器庫が空いてきていると思った」
アルシアは戦闘国家だ。戦うことが国の本分と考えているから、武器の研究も開発も怠らない。時にそれは工業国ダフラムをも凌ぐ。もっとも、武器をどんどん輸出して敵の国力を増すようなことは禁止されているから、勢い、アルシア発の武器も開発のための情報も値が釣り上がる。
「締め上げてみると、ミディルン鉱石の分布やら成分やら工業化への開発史やら、妙な情報も結構動いていたよ」
「ふむ…」
レダンにとっては不吉な話だ。単に武器を求めたり、ミディルン鉱石の入手経路を探るならまだしも、成り立ちから調べようとするあたりが、今までの動きと違っている。
「ミディルン鉱石は作れる、と誰かが気づいたのかな」
サリストアには地下通路で見つけた『ガーダスの糸』とミディルン鉱石の層を発見したことについて話した。シャルンの安全を守るためには、できるだけ味方がいる。
「ねえ、レダン、ああいうことを私に話して良かったのかい?」
サリストアが物思わしげな視線を向けた。
「それほど私を信用してもいいのかい?」
「…シャルンを利用する気なら、機会はいくらでもあっただろう」
レダンは薄く笑った。
「ミラルシアの『猿使い』が暴走したことだって、良いように使えたはずだしな」
「…あれは、本当に済まなかったね」
地下通路に居た『白い猿』はミラルシアが直接雇っていた『猿使い』が使っていたものだった。洞窟や城に潜ませ、重要な文書を盗み出したり相手が持っているはずのないものを隠したり毒を残したりする。
あの地下通路でミラルシア擁護派はサリストアを痺れ薬で眠らせ、ミラルシアを奪い、再度王として担ぎ上げる予定だった。ところがミラルシアは咄嗟にサリストアを庇って負傷、サリストアは擁護派の動きをあぶり出すためにミラルシアを抱えて逃走、指示も受けずに置き去られた『猿使い』は、レダンがサリストアを擁したと考え、シャルンを攻撃するに至った。
「シャルンは『猿』が彼女を責めるようなことばを口にしたと言ったが」
「『猿』達は喋れないよ。ただ数匹が小さな音を重ねることによって幻聴を聞かせる技を持っている。内容はきっと……本人が抱えている負い目だね」
シャルンを悲しませてしまったな。
サリストアは遠い目をして呟く。
「…即位の時に、同じようなことがあったのか?」
「……よくあることだよ、他愛ない儀式さ」
サリストアは小さく笑った。
「心の強さを試してくる……弱いものは王になれない」
「…シャルンは強いぞ」
「…そうだね」
サリストアの話したところでは、ミラルシアの『猿』が逆に使われた可能性もあるらしい。聡明な王だったミラルシアは、『猿』に囁きかけられ続けて、道を誤ったのかも知れない。
「でも理由にはならない。アルシアの王は強くなくてはならないから」
『薔薇の大剣』で体の強さを、薄闇に潜む『猿』で心の強さを測られる。
「しかし、ルッカは強いな!」
サリストアは口調を変えた。
「久しぶりにやりあったけれど、夢中になったよ。もっと若い時にやりたかったな、1日かけても楽しめただろうに」
「戦闘狂に話しても無駄だろうが」
レダンは吐息する。
「今のルッカはシャルンの大事な侍女だ。やらんぞ」
「あれ?」
くるりと振り向き、サリストアは笑う。
「バレてた?」
「姉思いなのは良いが、あんなのを師匠にしてみろ、骨の髄まで磨り潰される」
「ルッカも、もう次世代に剣を継いでも良いと思うんだよ? 姉上なら十分な素地がある。王の責務を離れて剣に生きるんだから、それぐらいの餞はしてやりたいじゃないか」
ミラルシアは王城に戻らなかった。
海辺の塔で静養し、傷が癒えたら諸国を回る旅に出るらしい。
「寂しいなあ、レダン」
「お前がか」
「王は孤独だね」
「今更だろう」
「シャルンをくれない?」
サリストアは夢見るように呟く。
「ルッカと毎日剣でやりあってさ、シャルンの可愛い笑顔を見てさ、近隣諸国との交渉も内乱のごたごたも、それだけで乗り切れる気がしない?」
君にはガストがいるじゃないか。
「ルッカがダメならシャルンだけでも貸してよ」
「抜かせ」
レダンは苦笑いする。
「俺にアルシアまで落とさせる気か」
「うへえ」
サリストアは肩を竦めた。




