3
「…戻ったのかな」
さすがに疲れ切って自室に戻ってお茶でも飲んでいるか。それとも王宮の広間の方から先にとルッカと一緒に選んでいるのか。
踵を返して王宮に戻ろうとしたレダンは、微かな物音に気がついた。さらさらと柔らかな音、まるで木の葉が風に嬲られるような。
「シャルン…?」
誘い込まれるように足音を潜めて、音の方に向かった。並ぶドレスは風に揺れ、微かな甘い香りを漂わせながら翻る。
我ながら随分集めたものだ。出発までリュハヤの話を聴く時間がないほど忙しくドレス選びに時間を割かせようとした思惑が半分、残りは国中からシャルンの為に仕立てたと持ち込まれるドレスが、確かにどれも似合いそうで、ついつい引き取ってしまったのが半分。
「シャ…」
ぱたりと音が響いて、急ぎ一角を覗き込み、凍りつく。
「…あなたはまたこんなところで…」
呟いた自分の声が気まずいほど切なげで、慌てて口を塞いだ。
何をしていたのだろう。小さな机が運び込まれ、ペンと紙が用意され、側に数枚のドレスが確かに選び出されている。様々な色、素材も意匠も全く違う。およそシャルンが選ぶとは思えないような暗い色のものもあるし、派手派手しい羽を飾りつけたものもある。
そうしてシャルン本人は、机に腕を乗せ頭を委ねて眠ってしまっていた。
「…疲れたんだね」
あどけない寝顔が愛おしい。眠りにつく前に抱き寄せる温もりを重ねて、胸が締まる。
「俺も疲れてる……なのに、そんな無防備なことをして」
襲って欲しいのか、こんな場所で。
自分の呟きに刺激されて近寄り、肩に触れるぐらいになった髪の下のうなじに吸いつこうとした矢先、
「…陛下…」
ふいと顔を上げたシャルンが、レダンを認めてにっこり笑った。
「いらしたのですね」
「……ちっ」
「え?」
「いや、ここには着替えなど山ほどあったのになと」
さっさと剥いで抱き込んでしまえばよかった。
「着替え、などではありませんよ」
シャルンは真顔になった。
「これはカースウェルの財産です」
「は?」
「陛下、見ていただけますか」
シャルンは一番近くに置いていた藍色のドレスを手にした。
「この美しいレースをご覧下さい。カースウェルはこれほど見事なものを作り出せるのです」
「あ…ああ、それが何か?」
「こちらの色。まるで朝焼けのようではありませんか。どうやって染めているのでしょう」
「う、うむ」
「それに、この刺繍の繊細さ。幾日もかかって仕上げられております」
「そうだな」
「陛下、私はこれらの至宝をきちんと戴くべきでした。これまでただただ漫然と身につけておりまして、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるシャルンにようやく合点がいった。
「ああ…なるほど。あなたは王妃として、カースウェルが生み出したこれらの技術を誇ってくれるのだね?」
「はい、私にはこのどれ一つとして作れませんもの……それに、陛下にもお縋りせねばなりません」
シャルンが薄赤く頬を染めてどきりとする。
「何だろう?」
「陛下は、どのドレスを身につけた私をお好みですか」
「ああ、えーと、その……」
答えようとしながら、さすがに恥ずかしくなった。
「どれを選んでもらっても、全部好ましいと思うのだが……あなたが一番着て楽しいものはどれかな?」