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これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー3 〜花咲姫と奔流王〜  作者: segakiyui
14.薄闇の猿ども

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「った、」

 手探りだから用心深く足を運んだつもりだったが、また強く躓いてシャルンは立ち止まった。

 足先が痛い。足首も。これで何度躓いたことだろう。真っ暗ならば注意もするが、なまじ薄明かりがあるだけに目に頼ってしまって足を進め、挫きかけることを繰り返す。

「…少し、休まなくちゃ」

 唇を噛み締めて痛みを堪え、ましになってきたところで壁を伝って腰を落とした。疲れからぼんやりしながら、指を伸ばして地面に触れる。

 ざらざらと乾いた土だ。周囲の岩も乾燥している。こんな地下にあって湿気がほとんどない。

「ぼろぼろね」

 装飾の禿げた靴先、それを覆うドレスの裾もあちらこちらが裂けている。もっと長いドレスだったら、もっと早く身動き取れなくなってきていただろう。

「そうだ」

 気が付いて、裂けたドレスの裾を掴んだ。普段のものより重ねも少ない。布地もそれほど分厚くない。下着もズボン式のものだが薄いものだし、この際だからと覚悟を決めて、一枚一枚前と後ろで上に向かって引き裂いた。

「…陛下はお許しくださるわ」

 よく似合うぞ、シャルン。

 そう喜んでくれた顔を思い出して切なくなったが、レダンはドレスが使い物にならなくなることより、シャルンが傷を負う方を悲しんでくれるだろう。

「…っしょ、と」

 生地を寄せ集めて膝の内側で1ヶ所、足首ではくるりと巻きつけて外側で1ヶ所、結び付ける。不格好だが、このまま歩き続けるよりは身動きしやすいし、足の傷も減るはずだ。靴は不具合があるが脱いではいけない。向こうの地下通路が、それでも王族の逃走用に整備されているのがわかるほど、こちらの道はでこぼこしており、しかも尖った部分が多い。裸足では怪我をするし、何かあれば逃げられなくなる。

「…ふ」

 腕のヒラヒラしたレースも巻きつけて、口と指で手首で縛りながら、思わず笑ってしまった。

「おかしなことに慣れたものね」

 ハイオルトに居た頃は、確かにあちらこちらへ出向きはしたが、いつも人形のように教えられた作法を丁寧に繰り返し、穏やかな口調で会話に加わり、人の悪意を向けられないような笑顔を保つことばかりに努めていた。居る場所は転々としたが、心の内は眠ったように曇って静かで諦めの続く日々だった。

 けれど、カースウェルに嫁いで、見たこともない鮮やかな衣装や建物や景色、聞いたことのない音楽や物音や人の声、味わったこともない妙味や珍味や美味に出会い、何だろう、心が生き返るような気がした。決められた形の中で身を竦めていたシャルンを、レダンは笑いながら引っ張り出し、もっと違う顔を見せてくれと子どものように強請る。そうして確かに、そうやって現れた『今までと違うシャルン』に、レダンは一度も不愉快な顔をしたことがない。

『おお、びっくりしたぞ、シャルン。そんな顔もするんだな』

 弾けるように笑うレダンに、シャルンはいつもほっとする。

 この人は、私を愛してくれている。

 レダンの中にいる『美しい姫』ではなく、『シャルン』という1人の女をずっと見つめて楽しんでくれている。シャルンの存在そのものを、ただただ受け入れてくれている。

 それが、どれほど嬉しいことか、かけがえないことか、シャルンには殊の外、身に染みてわかる。

「…陛下は、この姿を見てどう仰るかしら」

 手足にドレスを括り付け、少年のようにとことこと歩く姿を見たら?

「…驚かれるわ」

 シャルンはまたも微笑んだ。

 あの優しい紺色の瞳が見開かれる。そうして次の瞬間、微かに潤んで細められ、耐えきれぬように抱かれて囁かれるのだ。

『何処に消えていた、私の花。さては俺を干からびさせて殺すつもりだったのだな?』

 耳元にその声が聞こえたように感じて、シャルンは笑みを深めた。

 喉が渇いたし疲れもした。地下通路はまだ続くようだし、ミラルシアの話していた大池に大岩が嵌ったような場所はまだ見つからない。道の分岐はなかったように思うが、ひょっとすると左側の壁に小さく凹みがあったところに道が続いていたのかも知れない。

 戻るか、進むか。

「決まってるわ」

 シャルンは立ち上がった。

 レダンは地下迷宮を探している。『花咲』を探している。シャルンの行方知れずの母親がエリクではないかと疑い、その手がかりを探してくれようとしている。確かに剣を奮ったり知力で政を助けることはできないが、道を進んで探すことならシャルンにも出来る。次にもう一度この地下通路を辿る時、この右側には分岐する場所がないと断言できる。

 本当にそうかな?

「…え?」

 歩き出したシャルンは不意に響いた声にぎょっとした。

「誰?」

 声は岩壁に吸い込まれる。しばらく待っても何も聞こえない。

「…気のせい…かしら」

 時間はそれほど経っていないだろうが、1人歩く道のりが幻の声を生み出したのか。

 唇を引き締め、シャルンは歩き出す。

 そんなことして何になる?

「っ」

 今度は確実に聞こえた、くすくす嗤う小さな声とともに、振り向いた先でさっと岩陰に身を潜める影も見えた。

「…誰なの」

 警戒しながら問いかける。右手で岩壁を探り、そこに背中を付けた。今はレダンはいない、ルッカもガストも、背後を守ってくれる者は誰もいない。

 そんなところでじっと座っているのは何もできないからでしょう?

「…っ」

 ひゅ、と血の気が引いた気がした。その声に覚えがあったからだ。ダスカスで部屋に籠らざるを得ながったシャルンを見に来て嘲笑った侍女。王族として身につけているはずの素養もない田舎者なのがバレないように部屋に籠っているわけですね。

「私は」

 本当は何も出来ないくせに何か出来るような顔をして実はハイオルトの名前だけを売り物にする無能な王妃は今も化けの皮が剥がれないままカースウェルの王を騙しているのですよね?

「違います!」

 思わず反論した。

「陛下は、私の出来ることも出来ないこともご存知です!」

 いいえいいえ本当は知っているのでしょう? 陛下が騙されているのをいいことに夜毎に甘い営みでごまかし続けているのですよね? 臣民に申し訳ないから頑張ってるふりをしてるだけ無能な王妃を戴く苦痛を想像もしていらっしゃらない?

「っ」

 一瞬、ほんの一瞬、ことばが出なかった。

 確かにシャルンはまだまだ未熟だ。レダンの優しさに甘えガストの有能さに助けられ、日々を何とか過ごしているのかも知れない。けれど努力の限りは続けているし、

 本当かしら?

「…」

 すぐ側の岩陰を声とともに影が走り、シャルンは胸の言い訳を飲み込んだ。

 何か居る。

 確かにここには何か居る。

 そう言えば、腰縄が切られていたと聞かなかったか。この通路を通るのを好ましく思わない何か、或いはシャルンがここに居るのを好まない何かが、居る。

 くすくすくすくす。

 ゆらゆらと影が岩の向こうから体を乗り出した。


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