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「…ほ」
離宮広間に並べられたドレスの半分をようやく見終えて、シャルンは立ち止まった。
「……どれも……素晴らしいわ」
溜め息しか出ずに振り返る。
「この中から10着を選ぶ…」
まるで大きな山を登ってみよと言われた気がする。
裾丈の短いもの長いもの、フリルやリボンをあちらこちらに飾ったもの、光沢のある色鮮やかな布、手触りの柔らかな布、宝石や羽根を縫い止めたもの、複雑巧緻な刺繍を施したもの。
特に。
「…これは……『ガーダスの糸』かしら」
シャルンはすぐ側のドレスに手を触れる。レダンの瞳を思わせる藍色のぴったりと体に添うドレスだが、胸元や腰、ドレスの裾に真っ白なレースをあしらってある。飾り物も揃いのようで、レースで作り上げられたベールは背後に引きずるような長さがある。手に取るとしなやかな手触りだが、細やかな図案で編み上げられた糸は光が当たると艶やかに光るようだ。
ハイオルトの北方、ミディルン鉱石が取れる石切場近くで時々見つかる一抱えほどもある白い塊は、湯に泳がせて解していくと細くしなやかな糸になる。冬場、外での仕事ができない時にそれを使って布を織る人々がいた。何かの植物なのかも知れないが、ひょっとすると蜘蛛のような生き物が吐き出したものかも知れないと言われ、『ガーダスの糸』と呼ばれていた。何れにしても美しいが細い糸で、織ってもも大した量にはならず、仕上がった布も薄くて碌な売り物にもならないと聞いた。
「まさかね」
偶然見つけるしかないような糸、手に入ってもまともな品にならないもの、こんな風にドレスの素材に使われるなどとは思いがたいが、それでも似ている。
「……きっちり織らなくても……こんな風に編むことができたら……」
気づいてシャルンは改めてレースを手に取る。
木々や果物、花や鳥、意匠は様々だ。平面だけでなく、編み上げて果実や雫のように膨らませている部分もある。
「糸を…何本も合わせてあるのね…」
細い糸でも撚れば太くなり丈夫になるだろう。撚った糸を使えば布も厚みが出るだろう。
「『ガーダスの糸』は染まったかしら」
カースウェルでは花々や虫を使って糸や布を染める。これらの色鮮やかないドレスは、その工夫に拠るところが多い。各種の飾り物も良くみれば、細かな技術を注ぎ込まれて作られている。
「ああ、ひょっとして」
この膨大なドレスは、色々な発想の宝庫ではないのか。
「…どうしましょう」
シャルンは思わず頬を押さえる。
こんなに素晴らしい手わざの術を集めてもらいながら、単に身に付ける物としか見ていなかった。
「王妃として失格だわ」
ここにはカースウェル国民の技術が詰まっている。ハイオルトにはまだまだ学ぶべきことが多く残されており、これらの技術の幾つかでもハイオルトが吸収するのなら、ハイオルトは、いやカースウェル=ハイオルトはより国民が自分達の素晴らしさを感じつつ暮らせる国となるだろう。
「…まずはこれだわ」
先ほどの藍色とレースのドレスを手にする。
「それから…」
今まで見てきたドレスに目を走らせ、まだ見ていないドレスに目を向ける。
ハイオルトに君臨した時にドレスをきちんと選んだことを思い出した。
「王妃ですもの……我が国民はこれほど素晴らしいのだとわかるものを選びましょう」