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「……ほう」
シャルンはレダンの部屋を出て、大きく息をついた。
体が暑くて苦しい。まるでレダンの熱を移されたようだ。脳裏に今まで唇を合わせていたレダンの表情が過ぎる。切なげで甘くて蕩けそうな藍色の瞳。
「催淫剤って凄いのね」
今後もしレダンが試したいと言い出したら全力で止めよう。1日中レダンと一緒に居たくなってしまう。
「……でも」
今はやるべきことをやらなくては。
レース工房から持ち帰った2枚のハンカチを取り出した。少し身なりを整えて、教えられたリュハヤの部屋に向かう。
「…よろしいかしら」
「…どうぞ」
きりきりとした声で応じられたが、扉は開かない。随分な扱いだが、そんなことで臍を曲げているわけにはいかない。ガストがまだ見つかっておらず、ルッカもまだ戻らない。バルディオスは必死に動いてくれているだろう、身を守れと言われた矢先にこんな動きをして、またひどく叱られてしまうかも知れない。
「…リュハヤ様」
扉を自ら開けて、シャルンはしょんぼりとした風で部屋に入った。
「…如何なのですか、レダン様は」
傲慢な物言い、素肌がそこここに透けるレース遣いのドレスは巫女には不適切だが、艶のある赤い髪にも煌めく薄緑の瞳にもよく似合う。
「少し落ち着かれたようですが…」
シャルンは一旦口を噤んだ。芝居とは言え、これを口にするのは本当に嫌だ。
「…お目覚めになり……リュハヤはどこかと仰せになりました」
「……まあ」
見る見る顔を紅潮させて、リュハヤが立ち上がる。
「苦しくて不安なので……リュハヤの顔を見て安心したい、と」
「……そうでございますか」
先程までのつっけんどんな様子は何処へやら、満足そうに微笑みながら、なぜかもう一度椅子に腰を下ろす。
「あの…」
「まずはお掛けくださいな、シャルン様」
「けれども、陛下が…」
「大丈夫です、私にはようくわかっておりますの、似たような症状の者を看たこともありますので。慌てなくとも大丈夫なのですよ」
お茶を、と言いつけたのは、影のように部屋に居た者だった。入ってきたときには気づかなかったが、動き出してようやくわかるほどの気配のなさだ。ひょっとすると、今まで気づかなかっただけで、館のあちらこちらに、このように気配はなくても控えている者達がいるのかも知れない。
ハンカチを軽く握りしめてシャルンは胸の中で言い聞かせる。
できるだけ、多くの話を聞き出すのよ。そうして、あそこへの道を探さねば。
脳裏に浮かんだのは、レース工房で見かけた1つの図案だった。
昔から溜められていた図案の中に、長い首と長い尻尾、尖った爪の4本の足を持つ獣の姿があった。首の上についた頭には角が2本、大きな体を蹲らせているのは、側に建物が描かれているのでもわかる。建物の側と言うか下の方に変形した円のような図があり、その中に星のようなものが描かれていた。
シャルンがそれを眺めているのに気づいたオルガが、龍神様のお姿ですよ、と教えてくれた。
『リュハヤ様以外には見た者はいねえですが、お話下さったのを図案にしてみようって』
モレンもルッカの作った花をすぐに図案に取り入れていた。職人達は珍しいものがあると、図案に生かそうとするようだ。円と星は湖と『花石』だと言う。
『エイリカ湖のどこかに「花石」があって、そこに龍神様が閉じ込められてて、リュハヤ様がそれをご覧になったから、巫女となられてえ』
つまり、水龍を生み出し龍神教の元となった『花石』はエイリカ湖のどこかにあり、それはおそらく巨大なミディルン鉱石であるばかりか、ひょっとするとリュハヤだけではなく、シャルンもまた『かげ』を見出し水龍を呼び出せるのかも知れない。また、その巨大なミディルン鉱石のある場所によっては、ガストが研究しているミディルン鉱石の成り立ちもわかってくるかも知れない。
そうしてまたそれは、洞窟に消えてしまったシャルンの母親の消息に繋がるのかも知れない。
お許し下さい、陛下。
今も病床で苦しんでいるかも知れないレダンに胸の中で謝る。
私、きっと陛下の、カースウェルのお役に立ちますから。




