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「世話をかけます」
「はっ」
庶民風の身なりに騎士風の礼を返しては仕方がないだろうに、バラディオスはいささかうろたえているようだ。少し頬の辺りが赤いが、部屋の暑さのせいかも知れない。
「では、奥方様、こちらへどうぞ」
モレンが導いたのは、光が溢れた小部屋だった。
何人もの女性が、色とりどりの枕を抱え、その上に針のようなものを刺している。
「……始めにこのような図案があって…昔から母や祖母が考えたのもありますが」
バラディオスが従って来るので、モレンも少し緊張しているようだ。
「家や……鳥、花、木々、湖、葉っぱ…」
「たくさんありますね」
「好きな図案を決めたら、こうして枕に留めて」
モレンが手近の赤い枕を取り上げた。一枚布を乗せ、その上に図案を描いた布を被せて、針で指1本分ずつ間を空け、図案に針を刺していく。小さな花を一つ刺したところで、ゆっくりと布を退けると、下の布に点々と薄赤い模様が付いている。
「この枕の中に染料があって、針で刺すとちょっとだけ外に滲み出るんで、図案を写せるんです。で、次はこの黒い枕にこの布を乗せて、こいつには染料は入ってねえです」
差し出すと緊張が解れて来たのか、口調が滑らかになる。
「ここに頭のついてる針を刺して、その間にこうやって糸を渡して」
「…」
シャルンは素早く動くモレンの指先を食い入るように見つめた。白い太めの糸が丸い粒の付いている針の間を渡され、さっき紡がれた糸が絡みつけられ編み込まれていく。くるくる糸を指先で丸めて結びこぶを作って行ったかと思えば、同じ場所を繰り返し行き来させて格子のように形がつけられる。
「…他にも『編み駒』を使って編む場合もありますし」
モレンが指差した先では、1本の棒に引っ掛けられた何本もの糸で、シャルンが渡された『駒』のようなものを入れ替えたり潜らせたりしている者がいる。
「布の周囲を飾ったりも出来ます」
別の者は、薄い布の周囲に糸の輪を繰り返し繋いで繊細な花びらを縫い付けていた。
「……はい、出来ました! ああ、うまく仕上がった」
モレンは月光糸のみを使ってレースを作ったのは初めてだと言ったが、作り上げられた輝く花は、柔らかく形を変えるのに宝石のようだ。
シャルンはそっと食卓から持ち帰ったレースのハンカチ2枚を取り出した。
「これを直すこともできるかしら」
「造作もありませんよ。けど、なるほどねえ、こんなやり方も楽しいもんですね」
ハンカチを巧みに整え直しながら、モレンはすっかり職人の顔だ。ルッカが作った花の形を手近の板に写しながら、
「面白い意匠を頂きましたねえ、こいつをあたし達が作っても良いですかね、良いものに仕上がりますよ」
「ええ構いません」
作ったものなら直せないかと思っていたが、その通りだったようだ。シャルンは直してもらったハンカチ2枚と、モレンが作ったレースの花を受け取り、
「このレースの花もとても気に入りました。『モレンの花石』と呼びたいのですが」
「あ…そりゃ……あ」
喜ぶかと思ったモレンは一瞬固まり、顔を曇らせる。
「名付けて下さるのは有り難いけど、その名は……龍神様に不敬になります。龍神様のお住いが、花石と呼ばれるそうで…」
「花石、ですか」
花咲と同じ匂いがすることばだ。
ひょっとすると、モレンは龍神が住まう石のありかを知っているのかと口を開きかけた途端、
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
切羽詰まった声が戸口で響いた。バラディオスが素早く盾のようにシャルンを庇う。
ルッカがまだ帰らない。
ひやりとした冷たい感覚は、続いた悲鳴のような声に裏打ちされた。
「王様が、レダン王がお倒れに! お目覚めになりません!」
「陛下…っ!」
血の気が引いた体がバラディオスを押し退ける。すぐに相手に手首を掴まれ、引き止められて怒りながら振り返った。
「何をするのです!」
「落ち着かれませ」
低い声の叱責。
「あの方なら、殺しても死にませんよ」
「そんなことわからないじゃありませんか…っ」
「お守りします。一緒に向かいます」
バラディオスが苦しそうに眉を寄せた。
「どうぞ、御身もお護り下さい」




