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「皆様……そしてリュハヤ様」
静まり返った部屋にシャルンの声が響く。
「私の至らなさより、不快な思いをさせ、すまなく思います」
顔を上げ、イルデハヤを、続いてリュハヤを見つめる。
居てくれて心強いと思った面々がシャルンを陥れることになった状況を、顔を紅潮させ、瞳を輝かせて見物している女性に、強くはっきりとした怒りを感じた。
謝罪したのは、レダンにであり、ルッカにであり、ガストにであり、この居た堪れない場所に居ることを強要された者達にだ。同じ思いをさせてはならない、だからこそ、シャルンは素早く頭を働かせる、この状況を一番正しく有意義に使う方法を。
「リュハヤ様のハンカチは素晴らしい織物です。細工のために元通りに使えないのは本当に残念です。もしよろしければ、この織物を作り上げた者達に会い、事情を話し、リュハヤ様に償うべく、同様のものは出来ぬとしても、近いものを数枚織り上げるように、私自ら出向いて依頼したいと思います。いかがでしょうか」
ルッカが息を呑んだ。ガストはすぐに意図を呼んだ。
「レダン王、発言をお許しいただけますか」
「良い」
「イルデハヤ様、リュハヤ様。王の執務官として力不足を痛感いたしました。私も王妃様のお力になり、お伴したいと存じます。私が同行すれば、レダン王も王妃様がお一人でお出かけになるのをお許しになると思われますが」
イルデハヤは迷うように眉を寄せた。反応はリュハヤの方が早かった。
「シャルン様! まあ、ご立派です!」
さっきまでの悲しげな様子は何処へやら、リュハヤは満面を笑みに綻ばせて立ち上がった。
「それでこそ、王妃ですとも! 自ら過ちの咎を認めて償われるのに感服しましたわ! レダン様、そうですわね、何と素晴らしい方でしょう!」
「……」
レダンは冷ややかな視線で、リュハヤを、イルデハヤを、そうしてガスト、ルッカと巡っていって、シャルンに向けてきた。
「……我が妃」
「はい、陛下」
「……ルッカとガストを連れ……」
はああ、と重い息を吐く。恨めしげにガストを睨む。
「出向いてくれるか…」
まるで自分が処刑台に上がれと言われたような暗い声だ。もちろんレダンも、これをきっかけに、シャルンが館の秘密の一つなりと探り出そうとしているのに気づいている。ただし、レダンは動けない。役割としては、イルデハヤとリュハヤの足止めとなる。
だからこそ、体全体で俺を置いて行くなと訴えているわけで、どす黒さは周囲にも十分伝わっているだろうに楽しげなリュハヤには通じない様子、痛ましいやら可愛らしいやらで、微笑みそうになるのをシャルンは必死に堪えて、神妙に応じる。
「承りました、陛下」
「そうと決まれば、早速、シャルン様、誰かをつけて……ああ、オルガ」
「っ、はいっ」
壁際に立っていた、先ほどのそばかすの娘が跳ね上がるように返事をした。視線を合わせてシャルンは微笑む。
「シャルン様達をレース工房へご案内しなさい」
「え、でも、あそこは…」
言い淀んだ娘はリュハヤにきつく睨まれて、慌てて首を竦める。シャルンを連れて行く先は、どうも王族が立ち入るには色々と好ましくない場所らしい。不安そうにこちらをちらちら眺めるオルガの視線を受けながら、シャルンは密かに囁く。
「ルッカ」
「はい」
「手持ちにお菓子はあったかしら」
「…ございますよ、十分に」
くす、とルッカが笑った。
「私が何をしようとしているのか、わかるの?」
「わかりますとも、不肖、このルッカ、姫様の侍女でございますからね」
「あら、まあ」
私も随分と人が悪くなったのかも知れないわ。
胸の中で呟いたシャルンは、そっとテーブルの上の飾りを掌の中に握り込んだ。