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「…まあ」
朝食の席で薄紅のドレスを着たリュハヤが目を丸くした。
「シャルン様、また………あっ」
何か言いたげに呟き、慌てて口を手で押さえる。
「ごめんなさい」
「…何か?」
レダンは目を細めて相手を見つめた。
シャルンはにっこり笑って首を傾げたが、挙動が暗に示したものに気づいていないとは思えない。
「いえ、その、何でもありません」
くす、とリュハヤは小さく笑みを零す。それは本当に愛らしく華やかな表情だったが、中に潜んだどす黒い感情に不愉快さが募る。
「はっきり言ってもらうと有難いが」
「陛下」
ちりちりした気配のレダンにシャルンがそっと手を添えてくれる。
「朝食が出来ております。皆が待っております」
ちっ。
胸の中で漏らした舌打ちにガストは気づいたのだろう、じろりと部屋の隅からレダンを睨む。
はいはいわかってるわかってる、シャルンが頑張ってるんだから、俺は無闇に喧嘩を買わない、そう言うことだろ。
「…馳走に預かろう」
「はい」
花が開くように笑ったシャルン、白い胸に夢見るような儚い美しい花が飾られていて、確か馬車でドレスが全滅したはずなのに、アクセサリーだけは無事だったのか、それにしては髪飾りもそろいのようだし、またもや図々しく不躾な目の高すぎるどこかの男が、早速シャルンを見初めて送りつけたのか。レダンは視線を強めて周囲を睥睨する。壁際に立つ数人がうろたえたように目を伏せた。
「粗末なものですが、お召し上がりください」
司祭が促し、両手を重ねて額に当て、何やら祈りを唱え出す。
「猛き光の雄々しき龍、湖に満ちし炎をもって、我が祝福となし給え。食事に感謝を」
「食事に感謝を」
周囲の声が唱和し、シャルンも静かに頭を下げて、
「食事に感謝を」
「おい」
「…陛下」
何もそこまで同調しなくとも、と声をかけると、シャルンにやんわりと制された。
「頂くものがどこからやって来たのか考えれば、頂く私達が感謝を申し上げるのは当然です」
「む」
単に龍神教のご機嫌とりかと眉を寄せかけたが、シャルンがじっと食卓を眺めているのにはっとした。
柔らかそうな白いパン、香味野菜を練り込んだパン、木の実を入れてかりっと焼き上げたパン。鮮やかな果実が数種。野菜煮込みのスープ。燻製肉と思われるものは薄く切り分けられ、赤みがかった果物の匂いのするソースがかかっている。
粗末などころか、この周囲に果樹園がないこと、畑らしいものが見当たらないことを思い出せば、これらの食材がどこからか運ばれて来たことがわかる。こう言う館では自給自足のために菜園を作ったりするものだが、館の中にあるのは愛でるためだけのような庭園だった。
ルシュカの谷は地下水路はあるが地上に水は出てこない。肥沃に見えても農業に適さない。なのに、これだけの新鮮な作物が確保されている。
朝から果実を調理しパンを焼き野菜を煮込む。見えないけれども、考えているより多くの人間がここで働いているはず、その賃金はどうなっているのか。燻製肉もどこからか購入しているのだろう。
脳裏を部屋で見かけた文鎮が過ぎる。工芸品はダフラム、ならばその他のものはどこからきている? カースウェルの交易に、その取引は報告されていただろうか。
なるほど、食事内容を見るだけでも、この館が、見えている以上の金と物が動いている本拠だとわかる。その情報をダダ漏れにしてくれている、相手のアホさに感謝すべきか。
「なるほど。感謝を述べよう」
レダンも軽く目を閉じ、呟いた。
目を開くと司祭が嬉しそうに食事を勧める。
ふむ、なるほど、と重ねて唸る。
こう言うやり方もまた、交渉には必要だと言うことか。
レダンはシャルンが美味しいと微笑んだパンにいそいそ手を伸ばす。




