1
翌日の朝、支度を手伝ってくれながら、ルッカは深く溜め息をついた。
「私、マーベルやイルラに叱られるでしょうね」
「え?」
鏡の中からシャルンが相手を見つめると、またもう一度、深く息を吐く。
「昨夜も今朝も同じ装いをさせたなどと、きっとことばを尽くして詰りますよ」
あなたがついていながらルッカ、奥方様になんてことを!
「まあ…」
イルラの口調を真似するルッカに、シャルンは思わず吹き出す。シャルンの侍女の中ではルッカは侍女頭とも呼べる存在だ。年齢も経験も振る舞いさえも追随を許さない。他国のどんな『小娘』にもしてやられるつもりはない、そう言う気配が満ち満ちている。
そのルッカがしょげているのは何とも可愛らしく有難い。
「ありがとう、ルッカ」
「はい?」
「同じ装いで毎回食卓に出向くことが辛いだろうと思ってくれる気持ちが、とても嬉しい。助けになるわ」
昨夜のリュハヤは艶やかな紫のドレスだった。いささか赤い髪の毛とぶつかるような色ではあったが、仕立ての素晴らしさが品を保っていた。レダンは、昼間と髪型を変え、上着にルッカが持って来ていたリボンを加えて工夫したシャルンに、楽しげに目を細めていたが、イルデハヤの嘲笑うような視線は露骨だったし、居並ぶ館の者の訝しげな顔は気になった。
この方は王妃ではなかったのか? リュハヤ様の方が王族らしく見えるではないか。
「…それに」
手にした薄い布を示す。部屋の衣装箱に入っていたものを見つけたルッカが、リュハヤに許可を得てくれて、くるくると巻き合わせて広げ、小さな花のようにしてくれた。
「これを見つけてくれたのはお手柄よ」
「布地のことでございますね?」
ルッカが顔を引き締めて頷く。
「とても綺麗なレースだけど、このつやつやした糸は何かしら」
館と湖、木々などを織り込んだ複雑な図案も見事だが、糸の中の数本が日差しが当たるときらきらと光る。
「……姫様が見るべきものを見る時間が一杯ある、とおっしゃっていましたから、私も私が見るべきものをきちんと見ようと思いました」
このお部屋は貴婦人が使われる場所、確かに私のようなものが一人で出入りすることはできません。
「ならば、姫様が見ておられる以外のものを、場所を、見落とさぬようにと心がけたのです」
ちらりと視線をベッドの天蓋から垂らされた布へ向ける。
「あの薄物も、同じ素材が入っておりますね」
「やっぱりそう? カバーもそうよね。私、この糸に覚えがあるような気がするの」
「私もです。これは『ガーダスの糸』に似ておりますね」
「ええ」
シャルンは胸元と髪に飾るつもりの、レースの花をじっと見つめた。
「でも、『ガーダスの糸』をカースウェルで見たことはないわ」
「ハイオルトが他国へ売ったと言うことも聞いておりません。そもそも、他国へ出せるようなものではないでしょう、ふわふわした毛の塊にしか過ぎませんし、細くて脆くて絡んでいて、それだけでは織物にもできませんし」
「けれど、この糸は強くて綺麗に見えるわ」
「……レースを織っているところを見たいものですね」
ルッカの瞳が光った。元気が出て来たようだ。
「今日は陛下がビンドスの設置を交渉される……その間、私達はどうするのかしら」
「館内をお散歩させて頂くのは如何でしょう」
ルッカがにんまりと笑った。
「燃えた馬車の件を知っている者と出くわすかもしれませんよ?」




