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「着きました」

 御者の声が響いて、レダンは顔を上げる。シャルンも抱擁から解放されて小さく息をつき、手早く全身を改めて確認する。さすがに慣れていると言うか、そう言うことに慣れるのもどうかと言うか、それほど衣装を乱すこともなくシャルンを抱えていてくれたらしい。

 レダンは鋭い眼を外へ向けていたが、シャルンの視線に気づいてにっこり笑った。

「参ろうか、我が妃」

「はい、陛下」

 開かれたドアから先にレダンが降りて、シャルンの手を受け止めてくれる。

 夏の風は爽やかだった。王宮のある場所より少し北寄りのせいか、空気が清冽な気がする。

「…まあ…」

 馬車を降りてシャルンは目を見張った。

「なんと見事な…」

 エイリカ湖は澄み渡った青の水面を広がらせていた。森に囲まれるような位置のせいか、緑と空を映し、時折風にさざ波が立つのもまた美しい。馬車が止まったのは湖畔に立つ地味で堅牢な建物の前庭で、小さな庭園は鮮やかな緑と白い花に彩られている。

 庭園の前に2人立つ姿があった。

 1人は白いドレスに身を包み、赤い艶のある髪を慎ましく薄布でまとめた女性、もう1人は痩せこけて細長い体を、これもまた白い衣に包んだ男性。親子にしては似ていない。

「レダン樣!」

 女性が明るく微笑みながら呼びかけた。

「お待ちいたしておりました!」

「…」

 くっきりと、これほど不愉快そうな表情は珍しい、レダンが眉を寄せて相手を眺める。シャルンの手を握った手に力が籠もり、察しがついた。これがリュハヤと呼ばれる女性なのだ。相手はすぐにレダンの様子に気が付いて、いそいそと近づく歩みを一旦止め、シャルンの方へ体を向けた。

「いらっしゃいませ、シャルン様」

 レダンの眉がますます寄る。

「お待ち申し上げておりました」

 丁寧に腰を屈めてお辞儀をするが、シャルンを王妃と呼ばず、あからさまにレダンと対応を変えて距離を取る振る舞い、シャルンが気づいたほどだから、背後の馬車から降りたルッカがぴりりとした気配を広げる。

「レダン王」

 居心地悪い空気となったのを緩めようとしたのか、細身の男性の方が進み出た。

「わざわざお運び頂き、申し訳ございません」

「よい」

 茶番に付き合うつもりはない、そう言う口調でレダンが冷ややかに応じる。

「ピンドスの設置について、意味のある話し合いとなるのだろうな」

「私も、そのように願っております」

 男性は微笑む、が、未だ名乗ることもなければ、一行を招じ入れる様子もないのに苛立ったのだろう、ガストが咳払いをした。

「王妃様はそなたらの名前をご存知ではない」

「これは失礼いたしました」

 男性はなお目を細める。

「この『祈りの館』にて龍神様にお仕えしております、司祭、イルデハヤと申します。こちらは娘のリュハヤでございます」

「ようやくのお越し、待ち兼ねておりました」

 イルデハヤの紹介に被せるようにリュハヤが顔を上げた。

「エイリカ湖の美しい眺めとレース細工、心尽くしのお食事をお楽しみ頂ければと、幾度もお誘いしておりましたのに、レダン様がお休みになる間もないほどお忙しく、シャルン樣も体調が思わしくないとお聞きし、ご心配申し上げておりました」

 微笑んだ薄い緑の瞳に悪意はなさそうだが、どうにもレダンとシャルンへの対応がちぐはぐな感じがする。臣下と言うよりは、旧知の領主同士が顔を合わせたような対応だ。

「お加減は如何でございましょうか」

 じっとシャルンを見つめる目は大きく見張られて、真実を見逃すまいとでもするようにキラキラと眩い。病気と言うのは何かの噂か、それともリュハヤの思い込みかは知らないが、シャルンの対応一つで評価が変わるのは確かだ。

「ありがとう」

 心配そうにこちらを見やったレダンの視線に勇気付けられて、シャルンは笑みを返した。

「幸い、大事に至らずに済みました。静養も兼ねて、こちらの龍神祭りを楽しみにしています」

「…それはよろしゅうございました、シャルン様」

 一瞬押し黙ったリュハヤは、改めて腰を屈めてお辞儀をし、促すように司祭を見やる。

「おお、私としたことが、病み上がりの方を立たせたままお話しするとはお恥ずかしい、どうぞこちらへ。まずは奥でおやすみ頂きましょう」

 イルデハヤが笑みを広げて館を振り返った瞬間、ガストは奇妙な顔になって固まった。

「…ガスト?」

「…失礼いたしました」

 レダンの声にすぐに我に返る。

「…結局一度も奥方様を王妃と呼びませんね」

 小さな囁きはシャルンの気持ちを慮ったのだろう、不快そうな響きにシャルンはほっとする。

「くだらない」 

 レダンは吐き捨てた。

「さっさと『商談』をまとめて帰るぞ」

「龍神祭りはどうする気ですか」

「龍でも何でも飼うがいいさ」

 冷笑する。

「ついでにあれこれ失敗して、喰われてくれるならなお良い、俺はそいつを国の守護として祀ってやる」

「陛下…」

 あまりにも不遜な物言い、そうシャルンが窘めようとした矢先、司祭に付き従って前を歩いていたリュハヤが、ちらりと振り返って薄紅の唇で呟いた。

「龍はおりますよ…すぐそこに」


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