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「む…む…」
レダンが瞬きを繰り返して唸る。名残惜しげに、両腕はしっかりシャルンの体を掴んだままだ。
「私が参ってから、レダン王は暗愚となられたと聞いては、私は国に戻るしかなくなります」
「むむ…」
染まっていた頬が次第に落ち着き、いやむしろじんわりと青ざめる。
「ひょっとして、陛下はそれをお望みなのでしょうか……」
気づかず申し訳ありません、と謝ろうとすると、レダンはふううううと溜息をついてシャルンをぎゅうと抱き締めた。
「嫌だ」
「はい」
「俺はあなたを失うのは嫌だ」
「…はい」
私もですよ、陛下。
囁いて、シャルンはレダンを抱き返す。強張った体がほっとしたように力を抜くのに、微笑む。
「陛下、お話をして下さいませ」
「ん?」
「カースウェルに伝わる『ミディルンの魔法』のお話です」
「…それを話したら、あなたは許してくれる?」
ちろりとこちらを伺った瞳にくすくす笑う。
「はい、許します」
「…ならば、話そう」
もう一度、溜息をついて、それでも嫌々と言った仕草で、レダンはシャルンを膝の上で抱き直した。目を閉じ、思い出しながら話し出す。
『ミディルンは地下迷宮の名前です。迷宮は紫に輝く石で作られ、そこには魔法がありました。火を灯し、風を起こし、水を溢れさせ、草木を育てます。地上と同じく暮らせるのです。地上で長く厳しい季節が来ても、魔法使い達は地下迷宮で楽しく暮らしました』
「魔法使い、ですか」
「そうだ、魔法使い、だ」
シャルンの驚いた声に目を開き、レダンは微笑んだ。
「そんなものはいないだろう?」
「はい…」
「ミディルン鉱石は確かに薄紫色だし、火を灯すが、風や水を出したり草木を育てたりしない」
「はい……」
「だから、俺はただの話だと思っていた……寝付かない子どもを地下迷宮の夢で楽しく眠りに誘う」
「はい」
シャルンは頷く。胸の奥が不規則な轟きに鳴る。
「本当に?」
レダンは目を細めた。油断のならない隙のない、ベッドに居る時よりも数段鋭く強い瞳。
「花咲にそっくりだろう?」
「はい」
「繭に閉じ込められた力は地下に埋められ、誰も見つけられない。けれど『魔法使い』は使える、ということなら?」
ふいにレダンが何に怯えているのか、シャルンは気づいた。
「『かげ』ですか? 『かげ』を見ることが出来るものが『魔法使い』で、その力を狙う者がいる?」
その『かげ』をシャルンは見たことがある。
「私、を?」
「殺してでも使わせたくない奴も」
ひんやりとレダンは呟く。
「シャルン」
もう一度、レダンはシャルンを抱き締める。
「敵がどこに居るのか、まだわからない」
俺の手は、まだそいつの喉首にかかっていない。
「だから……あなたを食べて、俺の中に仕舞い込んで、誰の目にも触れさせたくなくなってしまうんだ」
だってさ。
小さな声が頼りなく続いた。
「地下迷宮が、この世のものだとは限らないだろう……?」
地上の厳しい季節を、地下迷宮で楽しく暮らすという『魔法使い』。
「陛下…」
「俺は、あなたを離さない」
腕に強く力が籠もった。




