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ルッカがゆっくり話し出す。
「姫様は、お小さい頃、ミディルン鉱石の中に『かげ』を見つけられたそうです」
「…え?」
シャルンは瞬きする。そんな話は知らない。
「…で、でも、人の体より大きなものでないと『かげ』は棲まないのでは」
「その時、姫様はお庭におられ、両腕にミディルン鉱石を1つ抱えておられたそうです。誰が姫様にお渡ししたのかはもうわかりませんが、近づかれた王妃様に微笑まれて、この中に『むにゃむにゃ』が居るとおっしゃったそうです」
「はい?」
聞き取れなくて、シャルンは身を乗り出す。
ルッカが生真面目に繰り返す。
「『むにゃむにゃ』」
「…むにゃむにゃ……」
「まあ、そう聞こえたのか、発音できないことばであったのか、王妃様が誤魔化されたのかはわかりませんが」
ルッカはいつもの表情に戻って肩を竦める。
「姫様が呼ばれた瞬間、ミディルン鉱石から赤い光が噴き出したそうです。それがまるで炎のように姫様を包むように見え、王妃様が慌てて鉱石を払い落とし、姫様を抱きかかかえて……龍は出現しなかったようですが」
「…私が、呼び出したの?」
「…王妃様は手の甲に小さな火傷を負われ、国王様にミディルン鉱石を細かく砕くよう進言されたと」
「…ああ…」
シャルンは母の手にあった痣を思い出す。親指の先ほどの小さな赤い火のような形の痣。
「王妃様はずっと『かげ』について考えておられ、ハイオルトの書庫も随分通われたと聞きます」
「…今、書庫にはあまり本がないわ」
いなくなった王妃、書庫から消えた本、失ってしまったシャルンの記憶、砕かれたミディルン鉱石。それはつまり。
「私を、守るため…?」
もし、シャルンが幼い頃に龍を呼び出し、制御もままならなかったとすれば、母はシャルンの行く末を案じただろう。いつか本物の龍を呼び出して、世界の破滅を招くのではないか。けれど、なぜ龍が呼び出されたのか、そもそもミディルン鉱石とは何なのか。どうすれば、王族に降りかかるこの災厄から娘を守れるのか。その全ては謎のままだ。
「恐らくは」
ルッカが静かに頷いた。
「王妃様は深く物事をお考えでした。ひょっとすると、洞窟へ誰にも知らせずお出向きになられたのかも知れません」
ただでさえミディルン鉱石は他国から望まれ狙われる。その中に龍を見出し呼び出し、世界を破壊できるほどの力を得られるシャルンは、どれほどの争いの中に巻き込まれることか。秘密にしなければならない、どこにどんな目が開き、耳がそばだてられているかわからない。
それでも、ハイオルト王は薄々察していたのかも知れない。
だが、未来の暗雲に最愛の王妃を失った心は立ち向かえなかった。目を閉じ気持ちを逸らせ国を守ることだけを考え、ただ娘に何も話すなと命じた剣士1人つけるのが精一杯だった。
「では…ルッカは私を守り続けてくれていたのね」
大きく息を吐きながら、シャルンは感謝を胸に広がらせる。
婚姻しては出戻りを繰り返す姫を、気持ちも体も守ってくれていたばかりか、見えていない不安な未来からも守り続けてくれた。
「陛下にお話ししておかねばならないわね。まだ色々……何もわからないけれど」
やっぱりルッカはシャルンの知らないことを知っていた。それならやはり龍神教のことも知っているのではないかと尋ねようとした矢先、ルッカが考え考え言い出した。
「お話をしていて、母のことを思い出し、もう1つ懐かしいものを思い出しました」
「?」
「実はアルシアには御伽噺がございます。母から聞き、母もその母から聞いた、古い古い御伽噺でございます」
今のお話に通じるような気が致しますので、と断って、ルッカは続けた。
「昔、雪と氷の国に魔法が隠されておりました。魔法は石に封じ込められ、魔女の呼びかけに応えて開くので、花咲と呼ばれておりました。花咲は人を温め、季節を戻し、草木を蘇らせましたが、石を溶かし、炎を生むこともあったので、人々は繭に閉じ込め、地中深くに埋めてしまいました。埋めた場所は忘れ去られ、今はどれほどの賢者であっても、花咲を使うことができませんし、誰も見つけ出すことができないのです、というお話です」
「花…咲……」
「龍と似ておりませんか?」
首を傾げたルッカを、シャルンは呆然と見返した。




