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「……勝敗は」
「私が勝ちました」
淡々とした返答にシャルンは息を呑む。
「腹を切らせて、気持ちが緩んだ先に腕を落とし、それが元で母は亡くなりました。私は国を出、諸国を流離うこととし、やがてハイオルトに流れ着きました」
「…」
「おられたのは、小さな姫君でした」
ルッカが目を挙げて微笑み、そっと指を伸ばしシャルンの頬に流れた涙を拭う。
「お可愛らしくてお優しくて、お母様が居なくなられた不安を必死に笑って我慢をされている小さな小さな姫さま」
「…ルッカ…」
「…自分に見えました」
私は母を殺したくなかったから逃げたのに。
大好きだったのに。
泣いていいんですよ。我儘を言っていいんですよ。世の中の、訳のわからぬ理不尽を、飲み込んだり堪えたりしなくていいんですよ。あなたには何の咎もないのだから。
言い聞かせたのは、シャルンにだったのか、自分にだったのか。
「姫様は、その頃からお変わりありませんでした。これほどの話に、きちんと『勝敗』について尋ねて下さる強くて優しい姫様でした」
ルッカの頬にも一筋涙が伝わった。
「知りたいのです、とお答えでした。私に咎がない理由を。ではなぜ、母はいなくなったのでしょう、と」
シャルンも思い出す。前の侍女がそれに答えようとしてからルッカに代わったので、尋ねてはならないと思っていたが、その一度だけルッカに尋ねた。そうしてルッカが号泣してしまったので、以降は尋ねていない。
「…私も知りたかったのですよ、なぜ母が死んでしまったのかを。だから…お答えはできませんでした」
ルッカが申し訳ありません、と謝ってエプロンを当てて泣き、シャルンはしばらく黙ってお茶を飲んだ。やがてようやくルッカの涙が落ち着き、顔を拭ってお茶を飲み、一息ついて話し出す。
「……確かに、国王様が私に望まれたことが2つございました」
1つは、王妃出奔を語ってはならないこと。
「出奔……?」
「はい、王妃様はある日突然姿を消されたそうです。調べたところ、ハイオルトの北の洞窟で、王妃様のショールが見つかったとのこと。それからずっとお戻りではなく、洞窟の中に迷い込まれて亡くなられたのではないかとお聞きしました。何者かが王妃様を攫われたのか、それとも御自分で向かわれたのか、それさえも明らかになっておりませんが」
「…それでお父様はあそこまで塞ぎ込まれたのね」
病気でなく、突然行方不明になり、出て行った理由さえ掴めない。しかも、幼い娘を残したままだ。ハイオルト王が途方に暮れてしまったのも頷ける。
「だから、私に何も話して下さらなかったの?」
幼い心に母親が自分を顧みず出て行ったと聞くのは辛いと思って。
「では…ルッカが私の侍女になったのは偶然なのね?」
「もう1つの理由でございますが」
ルッカが覚悟を決めた目でシャルンを見る。
「姫様をお守りすること」
「守る?」
「国王様は、王妃様が何者かに攫われたのだともお考えでした」
「ああ…それで」
「はい、前身が剣士ならば、また何者かが王族を狙うことがあっても姫様をお守りできるだろうと……ただし、私は前の侍女から別の話も聞きまして」
「別の話?」
「…実は、王妃様が姿を隠される前に、『かげ』についてお考えだったことがあるそうです」
「…」
まただわ。
思わず体を引きながら、シャルンは思う。なぜか逃げたくなるのを堪えて尋ねた。
「…その『かげ』とはカトリシアが話してくれたものと同じ? ミディルン鉱石に棲まう『かげ』、王族が見出し、龍を産む…………まさか、お母様はその『かげ』を探しに行かれたの?」
突然繋がった内容に驚く。
洞窟で行方不明になった王妃、洞窟から掘り出されるミディルン鉱石、王族しか見ることのできない『かげ』、もし王妃が『かげ』を探しに洞窟に入り、そこで『かげ』を見つけたとしたら。
龍は出現した、のだろうか。




