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「では、やはりこちらに来たのは、私の母だったのですね」
深みを増していく夜の中、シャルンの問いにアグレンシアはゆっくりと頷いた。
「聞いた話と状況が一致する。しかもこうして、面差しがそっくりなそなたを見れば一目瞭然だ。なるほど、ハイオルトの王妃であったのか。表立って動かれるのは王ばかりだったので、滅多にお姿を見なかった……こちらも色々忙しかったのでな」
苦笑いするアグレンシアは、表情を改め、
「今の話を聞くと、おそらくはお母君はミディルン鉱石と龍の謎を解き明かそうとして洞窟に入られ、不幸にも裏切りに遭い、洞窟の中で彷徨われるうちに、こちらの洞窟のどれかから出られたのだろう。ヘルベルムから少し離れたところに、ハイオルトやルシュカに繋がっているのではないかと思われる洞窟がある。わずかにミディルン鉱石が取れるのでな、鉱夫を雇って入らせていたのだ。その一人が、ある日、洞窟で迷い人を見つけたと連れてきたのが……そなたの母親だった」
用意された紅茶を含む。藍色の瞳が物思いに沈んだ。
「厳しい時代だったのだよ、カースウェルにとって。国が残るか残らないかの瀬戸際、どれほどの犠牲を払えば生き延びられるか分からない時代だった。レダンは10歳で、国を任せるにはあまりにも幼く、私が立つしかなかったが、心はいつも折れそうだった」
そんな時に現れたエリクという女性。
「同じ年代、いやもう少し上のように感じた。毎日手探りで進むしかない私の話を聞き、時に慰め、時に励ましてくれた」
「…母は記憶をなくしていたと聞きました。アグレンシア様のお役に立てたのでしょうか」
「エリクは確かに自分のことは覚えていなかったが、国の動かし方やミディルン鉱石のこと、母親であることについては、ようく知っていたよ」
懐かしむような切なげな笑みがアグレンシアの唇に浮かんだ。
「あの2年、私をエリクが支えていたのではない、エリクに私が縋っていたようなものだった。迷うたび立ち止まるたび、エリクは一緒に悩み考え立ち止まってくれた。エリクもまた、取り戻せない記憶に苦しんでいたと知ったのは、死の床についてからだ。どれほど悔やんでも悔やみきれない、かけがえのない人を私は使い潰したのだと自分を責めた」
「そんな」
「……」
シャルンにアグレンシアは静かに首を振った。
「いや、それで正しかった。だからこそ、私は国の底に沈む覚悟ができた。レダンに負わせる責務を知り、為すべきことを見据え、決断することに怯まずに済んだ。パラス…私の夫は、自分の死後、自由に生きろと言ったが、私は選択の上、カースウェルを守護すると決めた………エリクの墓はこの近くにある。明日にでも案内しよう」
それから。
アグレンシアは、微笑みを取り戻し、悪戯を見つけられた子どものように唇に指を当て、呟いた。
「ガストには済まないが、私はミディルン鉱石について、一つ大きな発見をしている。見つけたのはエリクだが、答えを探し当てたのは私だ。聞きたいだろう?」
「何ですかそれは」
シャルンが答える前にガストが食いつく。
「そんな重要なことを、なぜ黙っていたんですか」
「そうやってお前が突っ込んでくるからじゃないか」
呆れたようにアグレンシアが身を引く。
「とことんまで確かめてから話したいのが研究者というものだろう」
「レダン!」
ガストが振り向いてレダンに噛み付く。
「どうにかしてください、あなたの母親でしょう!」
「子どもがどうにもできないものを母親って言うんだよ」
レダンがうんざりしたように唸った。
「お前はミディルン鉱石に対してだけやり合えばいいが、俺は人生全てに対してやり合うんだぞ? ミディルン鉱石ぐらい、お前が担当しろ」
むうと口を尖らせるガスト、素知らぬ顔をするレダンのやり取りが可愛らしく、シャルンはついつい口を挟んでしまった。
「では陛下、今後お母様は私がお相手しましょうか?」
「いいね!」「ダメだ!」
アグレンシアが頷き、レダンが大きく首を振る。
「どうして」
不思議そうな顔をするアグレンシアに、レダンは不愉快そうに言い渡した。
「シャルンにあなたの傍若無人さが感染ると困ります」




