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「…どうしましょう」
「…どうしますかねえ」
離宮の広間の入り口に立ち尽くし、カースウェル=ハイオルト国の王妃シャルンと、侍女のルッカは溜息をかわす。目の前に広がる色とりどりの衣装に、既視感を覚えないでもない。
「何をお考えなんでしょうかねえ、レダン王は」
「っ、きっと陛下は、私が龍神祭りの場で見劣りがしないようにとお気遣い下さって」
「でもこれはやりすぎですよ、見るだけで数日かかりますし、他にもまだ王宮の広間にもドレスや飾り物をご用意されたとか? それまで見て選べとは無理難題にもほどがあります」
「そ、それは…」
「出立まで幾日あるとお思いなんですかねえ」
「で、でも…」
「確かにカースウェルの荒地がルサラの水管で潤い、肥沃な土地になる、これは宜しい。それを記念してエイリカ湖の龍神祭りを数年ぶりに執り行いたい、これも宜しい。ついては恵みをもたらした王と王妃を儀式にお迎えしたい、特にシャルン王妃には是非にもご出席賜りたい。ここですよここ」
ルッカは不愉快そうに眉を寄せる。
「エイリカ湖の側で祈りを捧げる神官が、どれほど偉いのかは存じ上げませんが、王と王妃だって暇じゃないんですよ。呼びつけるとはどういう神経ですかねえ」
「あ、あの…」
シャルンは引きつりながらもそっと微笑む。
「それはそれで…楽しみな気もしているのだけど」
カースウェルがハイオルトを領土に飲み込んでから2ヶ月、レダンは忙しい日々を送っていた。時間をかけて法を擦り合わせ、地方の自治は壊さぬように、けれどもカースウェルの基本とする、レダンの所に様々な情報が自由に流れ込む組織、レダンの意思が隅々まで伝わる国の形にまとめ上げようとしている。
『こっちに来てくれないか、シャルン』
さすがに疲れてしまうのだろう、時に早く執務を終えてシャルンの部屋に訪れたレダンが、深い溜息をつきながら彼女を抱きかかえて横になり、そのままうとうとしてしまうことも多かった。
『お疲れですね』
『うん、なかなか難しい』
ぱちりと目を開ければ、藍色の瞳はしっかりと光を宿しており、まだまだ余力を残していると知らせはするけど心配で。
『あまりご無理をされませんように』
『手抜きはしないぞ、あなたの居場所を整えているのだからな』
そう思えば楽しいものさ。
『だから、あなたは存分に私を癒してくれねば、な?』
くすりと笑って唇を求める、そのしたたかさもただただ愛しいだけで。
『はい…陛下』
「…陛下は少し、お疲れかもしれないから」
「疲れるもんですか、あの『奔流王』が」
ふんっ、とルッカは鼻を鳴らした。
「今度の一件だって、水管を設置するのを渋るエイリカの神官に、龍神祭りの開催を持ちかけて頷かせたと聞きますしね」
なのに、その儀式にわざわざ呼びつけるとは。
「これは何か裏があるはずでございますよ」
「そう、かしら」
「そうでございますとも」
不肖このルッカ、何があろうとも姫様の一の剣となってお護り申し上げますよ。
「あ…あの…」
きらりと目を光らせた侍女は見かけ通りの中年女性ではない。戦闘国家と呼ばれるアルシア出身の、実のところ一癖も二癖もある剣士だったことがあるらしい。
「今はそれよりも、この中からドレスを数枚、選ぶのに力を貸して欲しいのよ、ルッカ」
「……」
促されてルッカはもう一度広間を埋め尽くすドレスに胡乱な目をやった。
「どんなドレスを陛下はお望みかしら。どのような儀式に、どのような役割で出席するのかしら。湖のほとりなのか、違う場所なのか、それとも水上、船の上という事もあるのかしら」
シャルンは吐息する。
レダンは慌ただしく一週間後には出立する、それまでにあちらで数日暮らすための荷物を整えておいて欲しいと言い置いて、執務に戻った。今回は無二の友人であり、長年執務官を務めてくれているガストも同行する予定で、一週間近くの不在を想定して片付けておくことが山ほどあると言う。
もちろん、シャルンは1人でも出向くと提案してみた。今まで5度もの輿入れをルッカと2人でしのいで来た。それから比べれば、今回は同じカースウェルの国内、しかもシャルンを歓迎してくれるとあれば、心配もいらないだろう。
だが、レダンは一瞬眉を寄せ、厳しい瞳になって空を見上げ、やがてにっこり笑って首を振った。あなたはそれほど私を飢えさせたいのか、再会した時に骨の髄まで貪られたいのかと微笑まれて、シャルンは一気に熱くなった顔で提案を取り下げるより他なかった。
「姫様…いえ、奥方様」
ルッカは真面目な表情でがっしりとシャルンの手を握った。
「私、あちらの広間のドレスを見て参ります。良さそうなものを数着……いえ、10着ほど見立てて参りましょう。ついでに、エイリカ湖の龍神祭りについても、少し聞き込んで参ります。奥方様は、この」
ルッカはひらひらと広間の彼方に手を振った。
「広間のドレスを10着までお選びください。飾り物もです。後で2人で絞り込みんで、持っていくドレスを決めましょう」
「そう…ね、その方がいいわね」
ようやくこの先の目星がついてシャルンはほっとし、駆け去るルッカを見送り、覚悟を決めて広間の中に入って行った。




