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「ハルカ、知り合いか?」
突然聞こえた男性の声に、金髪おさげは私の腕をサッと離した。さすがは衛兵、いい反応だこと。
「あ、ケータ」
私が声の主に笑顔で応えると、3人の女性は急に蒼い顔になった。タイミングよく現れた恐怖の対象にパニックを起こしてるみたい。
私はケータに駆け寄った。「ザマみろ」と気分も晴れやかだ。
「良かったのか?」
ソソクサと逃げるように退散していく彼女たちの姿を見送りながら、ケータが申し訳なさそうに言った。どうやら「友達」だと勘違いしたみたい。
「いーのいーの!」
あんな奴らなんてホントにどーでもいい。せっかくケータに会えたのに、ケータの意識の1ミリでもあんな奴らに使ってほしくない。
「ケータはどうしたの?」
私はすかさず話題を変えた。
「喉が渇いたんで、飲み物を…」
「付き合うよ」
コンビニに入ると、ケータは清涼飲料水、私はミネラルウォーターを購入した。店を出るとすぐに、ケータはジュースをゴクゴクと飲み始めた。よっぽど喉が乾いてたんだな。私もお水に口を付ける。ミニサイズを買ったので、あとはポケットにしまった。
その間、ケータは全然喋らなかった。しかも気まずそうにしてるのが伝わってくる。
あーコレ、私は望み薄だなー…
泣きたくなった。
なりふり構わず玉砕するよりは、「妹」としてずっと一緒にいる方が幸せなんだろうか?
分からない…
私はこの沈黙に耐えられなくなって、ケータに話題を振った。
「ケータ、元気なかったから心配してたんだよ」
「悪い悪い。部屋帰ってベッドの上でまばたきしたらさー、2時間経ってたからメッチャ驚いた」
私は目をパチクリとさせた。ソレって完全に寝落ちじゃん!家でゲームのコントローラーを握りしめて寝落ちしてるケータを思い出す。
「何それ?それは『まばたき』とは言わないよ!」
大笑いした。私の気配に気付いて、寝てたクセに「寝てない」と言い張るケータが可愛くて愛しくて…
「最初、タイムスリップを疑ったからな。いやマジで…」
玉砕したら、こんな会話も出来なくなるのかな?
だったら「妹」として一緒にいる方がいいのかな?
だけど、自分以外の誰かとケータが恋人になるのを私は本当に受け入れられるの?
分からない、ホントに分からない…
「ハルカさー、子どもの頃のこと覚えてる?」
思考の袋小路で立ち尽くしていると、急にケータに話しかけられた。
「ん…いつのこと?」
ケータも気まずさに耐えられなくて、話題を探してたんだろーな…
「そうだなー。例えば、ハルカが2歳の頃とか…」
「え…2歳?」
2歳て言った?私は驚愕した。
そんなのアレしかない!私たちの始まりの日!
だけど、ケータの意図が分からない。どう答えたら正解なのか分からない。ここを間違えたら、ダメな気がする。
でもそのせいで、私は慎重になりすぎた。
「変なこと聞いて悪かったな。特に深い意味はないから気にしないでくれ」
あ、マズい!正解を探すあまり、無反応すぎた。
ケータは飲み終わった容器をゴミ箱に捨てた。
「もう寝るわ。ハルカも早く寝ろよ、おやすみ」
ケータは私に手を振ると男子寮の方へ戻り始める。
ヤバい!コレが一番ダメな気がする!でも分からない、何が正解なの?
その時ふと、サトコの顔が目に浮かぶ。ルーの分析によると、目の前のことに一点集中。だけど彼女にだって不安はあるに決まってる。その結果がどうなるかなんて分からないんだから…
恋敵に教わるなんてシャクだけど、正解なんて考えてるからダメなんだ!
やらずに後悔するなら、やって後悔しろ!
「ケータ!」
ケータの後を追いかけると、胸ぐらを掴んで顔を引き寄せる。
そのまま有りったけの勇気で唇を重ねた。
ケータの身体が強張るのが分かる。ケータが次の行動をとる前に、私は彼を突き飛ばした。それが「了承」か「拒絶」か知るのが怖かった。
直ぐさま女子寮に逃げ戻ると、一度後ろを振り返った。ケータはまだ呆然と立ち尽くしている。
私は意を決した。
「私、覚えてる。全部覚えてる!」
ケータが何を聞きたかったのかは分からない。だけど、私のこともちゃんと考えて!
「おやすみ!」
私は寮の階段を駆け上がろうとした。が、そこでサトコとルーに出会した。
「何を覚えてるって?」
「ハルカさん、何だか顔が赤いです」
「うへっ?」
私は素っ頓狂な声を出してしまった。
「で、誰と喋ってたのよ?」
サトコにジト目で睨まれる。
「え…?ハハハ」
「ケータくんね…」
「抜け駆けズルいです」
ふたりの視線に身を縮こませる。
何なのよ、今日は!私が一体何したってのよ!




