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「いやー、ありがとうございます。キュンキュンしちゃいました」
ベルは赤く染まった頬を両手で押さえると、「ほー」と深く息を吐く。
私とケータは目をまん丸にしてベルを見た。一体何がどーなってるの?
「対価って、魂…だよね?」
私たち、生きてるんだけど…?
「あーそれ、場を盛り上げるための冗談です。ちょっとしたお茶目ってヤツ?」
ベルは首を傾げながら「テヘ」と笑う。
えっと何言ってんの、コイツ……冗談?お茶目?そのとき頭の奥の方で何かが「プチッ」と切れる音がした。
「サトコ!ルー!」
私はサトコとルーに大声で呼びかけた。ふたりは顔を見合わせて頷くと、全てを察したように無言で集合する。それから3人でベルの3方を取り囲んだ。
「ゴメン、よく聞こえなかった。もう一度言ってくれる?」
私はニッコリ微笑むと、ベルに優しく声をかける。
「えー、ですからー…」
ベルは私たち3人を観察するようにキョロキョロ首を動かした。それから「サァー」と顔から血の気が引いていく。
恐らく彼女には見えたハズだ。私たちの背負う「ゴゴゴ」という怒りのオーラが…
「ちょ…調子にノリすぎました!申し訳ございません!」
ベルは両手両膝をついて縮こまると、額を地面に擦り付けた。
……女神の世界にもあるのね、土下座。
「え?てことは、死ななくていいのか、ボクら?」
ケータが不思議そうな顔で呟いた。
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「この門が本物のスキルなら、対処はなかなか複雑なんだけど、今回のような偽物なら全然大したことないんです」
ベルは地面に正座しながら私たちを見上げた。
「なので、空間を切り離した時点で、この国への脅威はもうありません!」
ベルは頭の後ろを掻きながら「アハハ」と笑った。
なんじゃそりゃ、コッチからしたら全然笑い事じゃないんだけど?
「それは…本当なのですか?」
アリスが震える声で確認した。
「はい。もう全然、全く」
「そ…そうなのですね」
アリスの気が抜けて崩れ落ちそうになったところを、ショウが素早く支えた。
「だけど…私がここに来た、本当の本題はここからなんだよね」
ベルが急に真面目な声を出した。
「今ならこの次元震を利用して、あなた方を元の世界に戻すことが出来るんです」
「え!?」
私たちは一瞬何を言われたのか分からなかった。
え?戻れる?元の世界に?
いや、待て待て。私はジト目でベルを見つめた。
「あ、今度は本当です。ホントのホントにっっ」
ベルが慌てて付け加えた。
え、待って…ホントに戻れるの?私は皆んなを見回した。急なことに当然皆んな戸惑ってる。
「ベル、確認なんだけど、もし戻るとしてボクらの身体はまだ無事なのか?」
「あ、言葉が足りなかった。戻るのはあの事故の瞬間…モチロンあの事故に関しては私が対処します」
「その場合、ここでの記憶はどうなるんだ?」
「残念ながら…」
ベルは最後まで言わずに言葉を濁した。
「そうか」
ケータは頷いた。
「だったらボクは還らない」
「ああ、俺も還らない」
ケータとショウが強い口調で断言した。
「はい、了解」
ベルは驚いた様子もなく「フフッ」と笑った。多分こうなると分かってたんだろう。そして私たちに確認をとらないのも、そういう事なんだろう。
「ではケータさん。アプリでこの門を小さくしてもらえますか?」
「え…?ああ」
ケータは言われたとおりに門を100分の1に縮小した。そのあとベルは門を拾い上げるとポケットに突っ込んだ。
「これは私が責任を持って処分しておくよ」
言いながらベルは杖で空間を切り裂いた。その裂け目から光が溢れ出す。
「今回は私が勝手に来ちゃったから、そのアイコンはそのままにしとくね」
ベルがケータに微笑みかけた。
「え?いいのか?」
「うん」
「アンタまさか、これからも覗き見するつもりじゃ…」
私が懸念を口にすると、「それじゃまたねー」とベルは光に飛び込んだ。
光が消滅すると同時に、周りの景色に色が戻る。
「あのクソガキ…」
私は誰もいない空間に、ひと言悪態をついた。




