114
部下の「魔物の軍勢を発見した」との報告に、カミラは「そうか」と頷いた。癖のない金色の髪が背中でさらりと揺れる。意志の強い若草色の瞳が、兵舎に集まっていた部下たちをゆっくりと見回した。
あからさまに大群を見せつけながら押し寄せる魔物の軍勢に何かあるかと警戒していたが、どうやら当たりだったようだ。隊長のカミラには東側への参集指示が出ていたが、無理を言って残った甲斐があったというものだ。
しかし誤算もあった。魔物の数、リザードマンやオーク、ゴブリンなどの混成部隊でおよそ200。敵総数の6分の1に匹敵する。対してコチラは西門隊の衛兵20人のみ。ここまでの数を回してくるとは流石に予測出来なかった。
軍本部への敵軍発見の使いは出した。あとは援軍を信じて、持ち堪えるだけだ。
「ユイナ、私の後をついて来れるか?」
「はい、必ず!」
淡いピンク色の髪を両おさげにした、紫色の瞳の少女が力強く応える。先日の演習で何かを掴んだようで、行動に自信が付いてきた。とても良い傾向だ。カミラは「フフッ」と笑った。
「ああ、頼りにしているぞ」
次にカミラは残りの部下に目を向けた。
「残りの者は後方待機。魔術士隊は我らの援護を!剣士隊は魔術士の護衛につけ!」
「はっ!」
部下たちの綺麗に揃った敬礼を受け、カミラは満足そうに頷いた。
「よし、大仕事だ!一人も欠けることなく再会出来ることを願っている」
~~~
カミラはスラリと腰の片手剣を抜くと、「ダン」と地面を蹴り駆け出した。スキル「初速」の恩恵で、一歩目からトップスピードである。グングン敵陣に迫っていく。
ユイナは「脚力強化」の魔法を唱えると、カミラの後を必死に追いかけた。「初速」と違い、一歩目からトップスピードという訳にはいかない。最初はドンドン離される。しかしトップスピードに達しさえすれば「脚力強化」に軍配があがる。徐々にカミラの背中に追いつきだした。
「雷爪剣!」
魔物との距離が目前に迫ると、カミラは魔法を唱えた。すると彼女の片手剣が「バチバチ」と雷を纏い始める。
魔物は単騎突っ込んでくるカミラに狙いを定め、ワラワラと集まりだした。そこに狙いをつけて、カミラは何もない虚空を下から上に片手剣を振り抜いた。同時に数本の雷が「バリバリ」と地面を抉りながら魔物に襲いかかる。一瞬で3体のゴブリンが黒コゲになって消滅した。
カミラは更に2回剣を振り抜き、魔物を次々に消し去っていく。あまりの事態に怯んだのか、魔物の動きが一瞬止まった。その瞬間、後衛の魔術士による魔法攻撃が魔物に降り注いだ。魔物が次々と減っていく。
その頃にはカミラの姿はその場には無い。彼女には足を止めて戦うつもりは全くなかった。囲まれれば最後、圧倒的に不利だからだ。
「隊長、ホントに凄い」
ユイナは必死について行くだけで精一杯であった。
~~~
魔物の陣形が変わり始めた。カミラを遠巻きに囲むように動きだしたのだ。そのうえ魔物の軍勢は二手に別れ、50体ほどが後衛に向けて動きだした。それでもまだコチラには100体ほどが残っている。
「しまった!」
カミラは焦った声をあげた。後衛との距離をとる作戦が裏目に出てしまった。その一瞬の隙を見逃さなかった1体のリザードマンが、槍を真っ直ぐ突き出し矢のように突進してきた。
「…!」
完全に死角だった。反応の遅れたカミラには何の対応も取ることが出来なかった。
「隊長!」
ユイナの声と同時にリザードマンの右脚が凍りつき、体勢を崩して頭から地面にヘッドスライディング。ちょうどカミラの足下まで滑ってきた。カミラは無表情のまま剣を突き刺した。
「隊長、おケガはありませんか?」
「ああ、助かったよ、ユイナ」
カミラはユイナに謝辞を述べると、後衛の味方に視線を向けた。しかしそこにあったのは、味方を守るように佇む銀色の大きな狼の姿であった。
「な…アレは何だ?」
「ギ、ギン!?」
狼狽しているカミラの横で、ユイナが驚いた声をあげた。




