掃除屋
「ってことで、すばる」
「なんだ。」
「掃除屋、やろーぜ」
どの流れでそうなるんだ?と、呆れた視線を送るがミナヤはその視線の意図に気がつかない。
余談だが、この世界の食事は元々いた世界と変わらないものだった。先ほどのココアらしきものも、名前はちゃんとココアだったし、今食べているこれも普通にシチューだ。うまい。
そのシチューを食べながら唐突に提案してくる彼に、レイアは“おっいいねー”と乗り出した。
「そうさね・・・スバル、やるんならあたしと一緒に掃除屋のギルド作ればいいさ。いろいろと得だよ」
「だってさ!なーあぁ、俺働きたい!!掃除屋やりたい!!」
「・・・他に就けそうな仕事はないのか?」
「まあ、あるっちゃあるけどね。この世界での経歴のないあんたたちはまず信頼されにくいだろう?掃除屋なら私の推薦があるから一番楽に稼げるだろうし・・・第一に異世界からやって来たアンタらには身分証明が必要だろ」
一気に説明して“これは身分証明にもなるからね”といって胸元のバッチを軽く引っ張る。
仕事につけるのなら、もうそれでもいいか。特にこだわりがあるわけでもないし、一番性に合ってる気がしないでもない。
「命の危険は多少はあるが・・・スバルなら大丈夫だろう?」
挑発するように口の端を引き上げて笑うレイアに、“ああ”と小さく返した。ミナヤが“よっしゃ”と零して残ったシチューを食べ・・・否飲み干した。
「しばらく厄介になりそうだな。」
「いーよ、元々ミナヤが言う以前に誘うつもりだったからね」
「なあーその試験ってやつはいつあるんだ?」
レイアは壁に掛かっていた暦の書いた時計を見て思案するように目を伏せる。あ、少し嫌な予感がする。
数分後ばっと素早く立ち上がるとガタガタとナイフやら短剣やらを身につけだすと、そのままこちらに目をやることもなく声だけで指示した。
「用意しなっもう出発するよ!」
「・・・まさかとは思うが―――」
「明後日さ!!」
ミナヤがひょんと跳ねてソファから降り立った。用意するものなど何も無いというのに“どーしよ!!俺なにしたらいい!?”などと叫ぶ彼にレイアは腰に射していた短剣を放り投げた。難なくそれを受け取るミナヤ。
「それを腰に射しな!スバルも何でもいいから選んで持ってきな。出世払いでいいから」
「・・・勿論だ。これほど素晴らしいシロモノ、無料にしておくのは惜しい。」
壁に掛かっていた長剣を手に取りながら、思わず呟く。
剣と言うには少し細く、若干反りがある。しかし刀と言うには聊か太く反りが足りない。
日本にはなかなか存在しがたい代物だが、不思議なほど手に馴染むそれを抜刀し、刀身を見詰める。やはりと言うべきかソレは日本刀のような反りをもち、先程のナイフのようによく手入れされている。
と、刀身に自分の顔が反射されていた。赤い目をした無表情の自分・・・。
「レイア。」
「なんさね?」
「赤い目は此処では珍しくないのか?」
元の世界では。
この赤い目は恐怖の対象でしかなかった。隠す術を知らなかった幼い頃の自分は人に会うたびに一度は恐怖された。次に人の感情は恐れから好奇心へ、そして俺に手を出す。“人の変異”に魅せられた愚かな人間共だ。
組織のボスに拾われた俺は彼に守られていたが・・・それが酷く煩わしかった。
隠すことを覚えた今も、人間と言うものは信頼しがたいものでしかない。
レイアは一瞬キョトンとしてから小さく微笑んだ。
「珍しいっちゃ珍しいね。赤い目は魔力の塊だから」
「・・・魔力?」
「それだけじゃない・・・が、今は時間が無いね。これは移動しながらでも話せるさ」
彼女はふいと目を逸らして荷物を背負った。
その顔が刹那悲壮に歪んだのをミナヤは見えていた。
用意をし終わったらしいレイアとミナヤはがちゃがちゃと騒がしい音を立てながら扉を出た。
まだ抜き身のままの長剣を持ったままだった俺に一瞥を投げ掛け“出るよ!”と言って置いていく。少年は待ち遠しいのかその場で飛び跳ねている。
「・・・ああ。」
まずいな、少し早すぎる展開に頭が回らなくなってきたな。
美しい装飾がされた鞘に長剣を収めながら、小さくため息を零した。
◇
「ワイズの成り立ち・・・?」
「そうさ。先にそれを知っておかなくっちゃね」
今此処は馬車の中。
ワイズで速度加速と安定、その他諸々の付加がされた代物でめちゃくちゃ早い。この世界では馬車は公共の乗り物のようで電車のように同じ所をぐるぐる回るものと、タクシーのように客が行き先をつげそれに向かうというもの、ついでに私有馬車というものがあるらしい。今俺達が乗っているのは電車タイプだ。
俺達意外に客はいないようで、赤い目のことを尋ねてみると先にワイズの成り立ちを知れと言われた。
「ワイズの成り立ちをキチンと理解しているものは少ない。それほどこの世界に馴染み過ぎて、共に有るのが当たり前に成ってしまっているからね」
“さて”と前置きを一つしてニヤリと意地の悪い笑みを向けるレイアに、一瞬寒気を感じた。何か悪いことでも企んでるか・・・?
もちろん顔には出ていないだろうが。
「ワイズの元は厳密に言うと体内に流れる気のことさ。それは個人によって多かったり少なかったりもするが必ず存在する物。体を動かすために必要なエネルギーの一つさね。勿論使いすぎると昨日のアタシみたく力が入らなくなってしまうし、万が一なくなると死んでしまう」
そこまで言って掌を俺のいる方向に差し出した。
「水の神よ、我の言葉を聞きたまえ。どうか我の手に天の理を、【ウオーター】」
レイアがそういい終わった刹那、上に向けた掌からこぽこぽと水が溢れ出来てきた。あまり勢いもないそれは掌から零れ落ちて馬車の木製の床に吸い込まれていき、数秒すると止まった。
水に濡れた手を振ってから取り出したハンカチらしきもので拭きながらまた話し出す。
「詠唱はエネルギーをワイズとして変換させるためのもの。体内に流れるエネルギーは何か依り代がないと発動できないのさ。今のワイズは【ウオーター】って言って水系統ワイズの初歩中の初歩。たいしたエネルギーも使わないから詠唱は比較的短いね。むしろ殆どいらない」
「・・・詠唱破棄か?」
ほう、と小さく呟いてレイアは軽く目を見張る。
「さすがだね。前回ので気が付いたのかい?」
無言で頷きYESと示す。美人も形無しの豪快な笑みでまた笑いバシバシと遠慮もない力で肩を叩かれる。痛い。
「そうだよ。詠唱破棄、まあそのまんまだよ。これをするとどうしても魔力が普通よりも掛かるが、時間短縮されるし便利さね。高レベルのワイズになるとどうしてもコレが必要になるんさ」
「戦闘の要、というわけか。」
「ん、まあそうさねぇ」
ふいにコツンと肩に重みがかかり、人の体温が近くなった。
やけに静かだと思ったら寝てやがる、こいつ。
「すまんが、また後でコイツも混ぜて話してくれ。」
「そうしようか。にしても、かわいい顔してるねぇミナヤは」
すやすやと眠るミナヤをそのまま放置して肩を貸してやる。
本当にこうしてるとでかい猫だな。
「冷たい振りして意外に優しいんだよね、スバル」
先ほどと少し口調の違う彼女が誰にも聞こえない音量で呟いた。