絶対的な、敵?
「ミナヤとスバルと言うのかい。珍しい名前だねぇ」
女は何故かホクホクと嬉しそうに顔をほころばせながら言った。目の前にはココアの様な飲み物がなみなみと入ったカップがあり、何処と無く寛いだ雰囲気になっていた。
ミナヤは熱いそれを悪戦苦闘しながら飲み、女は相変わらず豪快な笑みを見せながら話しかけてくる。昔からの仲間のような不思議な空気に、居心地が悪く目線を床へと伏せながら女の話を聞く俺。
「おっと・・・あんたらの名前を聞いといてアタシの名を言わないのはおかしいね。アタシの名はレイフィリア・グラン。気軽にレイアと呼んでちょうだいね」
「・・・やっぱり、そうか。」
彼女の格好、名前、環境や知らない単語。そしてゲームの世界のような魔法まで存在する。全てを見てもここは日本ではない、それどころか・・・まるで異世界。
「なーなー。ここって、どこ?」
「ミナヤ、さっきも言ったじゃないか。シグレの町の外れに位置するバサラ草原さね」
「な、すばる。それって日本のどの辺?」
“ニホン??”と女・・・否レイアが素っ頓狂な声をあげた。それに不思議そうに首を傾けるミナヤ。正直言って子供のそれだ。
「あんたら異国人?ニホンなんて聞いたことも無いよ」
「異国と言えば異国だな。異世界から来たなんて言ったらどうする?」
ふっと口角を引き上げながら冗談めかしていってみると、レイアはニヤニヤと意地の悪い笑みをその整った顔に貼り付けた。
「・・・あながち、嘘でもないんだろう?」
「ほう。なぜそうだと?」
「この国・・・いや、世界でリオウを知らない物はいないからね。それに、私は異世界が存在することを知っているしね」
ココア(のようなものだが、正式名称を聞くのが面倒だ)をすすりながら言い放つ彼女を、なかなかに侮れないやつだと思った。
私は、と言った。ということは異世界というものの存在を知っているものは少ないのだろうし、それを知っているということはそれなりにいろいろ経験をしてきたのだろう。
「な、リオウってなんだ?」
くいっとレイアの服を引っ張りながら先ほどの戦闘まがいの時も聞いたことを繰り返した。レイアはその彼をどこか優しげな瞳で見詰めて、笑った。
「ミナヤには少し重い話だね。もう少しオトナになってから聞きな」
「な゛ッ!!?」
猫が尻尾を掴まれたときの顔ってこんなんだろうな。と傍観者である頭の中の俺が呟いた。怒りと、焦りと、驚き?が混ざった変な顔をしたミナヤは彼女の服から手を離して、ポカポカと肩を叩いた。
見た目よりも痛いのか、少し顔をゆがめながら“どーしたのさ!?”と言ってその手を掴んだ。
「ざけんなっオレはもう大人だ!!17歳だってのーーー!!!」
「「・・・ハァァ!!?」」
見事なまでに俺とレイアの声がハモった。
見た目、精神ともに子供・・・それも13、4歳にしか見えないのに。今だって不服そうに頬を膨らませて声を上げた俺達を睨みつけているし、言動に大人らしい落ち着いた様子が全く見られない。
・・・まじか?
「あ、今疑ったろ?コセキは無いけど確かに17歳だ・・・ったような気がする」
「・・・コセキ・・・?」
「ああ、気にしなくていい。ミナヤ、戸籍ぐらい感じで言えるようになんねーと大人には見られねーぞ。」
どっちにしろ見ねーがな。
しかし、これではっきりした。ミナヤはどこかヤバイところにいた。
戸籍がないなんてそういうトコロじゃないとまず有り得ない。そこで生まれ、育てられ・・・そして逃げてきたというのが妥当だろう。それでないと、あそこまで取り乱して“死にたい”などといわない。それほどまでにヤバイことを見たりしてきたのだろう。
というか、もう死ぬ気はないのだろうか?
そっと様子を伺ってみると、やはりその瞳には光は無く死んでいる。が、言動そのものは結構元気だし此方が目を離さない限り自ら死にはしないだろう。
「・・・ん?」
違和感。何かがとてつもなく変わった気がする。
小さく首を傾げてみるが何だかわからない。
・・・まあいいや。今はそのことを考えるときではない。
「で!?リオウってなんなんだよ」
不機嫌そうな声色でミナヤが聞くと、レイアは刹那表情を引き締めた。もてあました手でスプーンをココアのカップの中に突っ込んだ。水を打ったように静まった空間にちゃぷ、という音が響いた。
「リオウは、敵さ」
数分の間をおいて彼女が紡いだ言葉。レイアの視線はぐるぐると回るスプーンに向けられていているが、その目には必死で押し殺そうとしている悲しみの感情があった。
「リオウを話すにはまず、私のことを話さなければならないね。私は掃除屋をしている。秩序を乱す魔物や、盗賊団、時にはホントに家の掃除を依頼されたりすることもあるけど・・・つまりは何でも屋だよ」
“ほら”と胸元を指差して示したのはは鈍く光る小さな黒のバッチ。薔薇の様な植物が複雑な形で描かれており、人の手での複製はまず不可能な代物だと思った。
「掃除屋はこの世界では珍しい。本部を通じて年に一度行われる試験を受けて、資格が取れる。このバッチを持っているだけで他国への移動の制限は軽減されるし、色々な公共施設はほぼ無料で利用できる」
「へえ!それ、俺でも取れるのか!?」
ミナヤがやけに明るい声で叫んだ。彼のココアは既に飲み干されていたのか、レイアが新しい物を入れなおしながら答えた。
「それはわからないね。実技審査と精紳審査、それにワイズ・・・魔法みたいなものだね。それが扱えるかどうか。総合的な個人能力が飛びぬけてよい奴だけがなれる―――と、表向きではそういっているけどね」
「どういうことだ?」
「つまりは本部の思うがまま。私が資格を取ったときはそんなにだったけれど、今ではコネクションやら裏金やなんやらでおかしいヤツラが増えているんだよ」
“溜まったもんじゃないよ”といって刹那笑うレイア。
「まあ、その話はいいんだよ。さっき魔物がいるってことを話したね?」
「あーうん。そんなこと言ってたよな」
「昔は魔物の知能は低かった。だけど最近になって急に団体で町を襲ったり、人を襲ったりするようになった。初めはまだ可愛いものだったが、だんだんとレベルが上がってきてね」
「つまり、お前のような掃除屋に依頼が来たって事か・・・。」
「ご名答。さすがスバルだね」
ひゅぅとその気も無いのに口笛を鳴らすレイアに眉をしかめた。
「私はそのとき、始めてみたんだよ。リオウという化け物をね」
「そいつは、魔物か?」
「いーや、人間だったよ。だけど、もうただのヒトじゃなかった。アレは膨大な魔力をつかって魔物を従わせていたんさ。私達掃除屋をゴミのように殺しながらも、嬉しそうに笑っていたよ」
ぐっと拳を握り締める彼女。何かを押さえつけるようにココアを一気に飲み干して荒々しく机に叩き付けた。その音にミナヤが過敏に反応してビクリと体を振るわせた。
「アレは特に戦闘能力の高かったヤツラを拉致していった。私もその中にいたが、数人を連れて運良く逃げられた。だけど、逃げられなかった者の中には私の相棒がいたんさ。そいつらの行方は分からないが、まともに生きてはいないだろうね」
「リオウは絶対的な敵。アレの目的も、何もかも分からないがそれだけは確かに言える」
それだけ最後に言って外を見たレイア。昼の穏やかな空気は少しだけ暮れ、夕暮れに入りかけていた。“せっかくだから今日は泊まって行きな”と彼女はにこやかに零して席を立った。
「飯も寝床もいいものじゃあないがいいかい?」
「ああ。十分だ。」
「あ、俺はうまい飯のがいいなぁ」
彼女がまた豪快に笑い飛ばした。キッチンらしき場所に向かいかけたレイアを呼び止めると、彼女は立ち止まったが振り向かなかった。
「レイア。どうしてその話を俺達にした?」
自分の相棒が殺されたかもしれないのだ。無闇に他人に話せることではない。しかも、俺達は少し前まで本気の・・・まあ向こうだけだが、戦闘をしたのだ。簡単に家に上げ、信頼するなんて少しおかしい。
「・・・アンタが警戒してるのは気付いてたよ」
俺は飲み物に口をつけなかったし、何が起こってもいいように右手だけは常に銃を握っていた。彼女はそれに気がついていたという。思わず自嘲的に鼻で笑うと、彼女も笑った。
「私は、誰かに聞いて欲しかったのさ。ずっと孤独だったからね。だから見ず知らずのアンタ達にこの話をした。それと―――」
ゆっくりと歩き出しながら彼女は後ろ手にヒラヒラ手を降った。
「もしかしたら、未来の仲間になるかもしれない男にちょっと賭けてみたかったのもあるけどね」
最後に振り向いて軽くウインクを飛ばしてレイアは今度こそキッチンにたった。
「だってさ。すばる」
彼女を真似したミナヤがへたくそなウインクを飛ばしてココアを飲み干した。“レイアーなんか手伝うー”と間延びした声で言って返事を待たずにキッチンへ駆けていった。
とりあえず俺は、目の前にある自分の分のココアを飲み干してみた。