スーパースターの冒険
暖かい秋の正午過ぎ、ハートはオープンカフェの一番隅の席でテリーとお茶を飲んだいた。
ハートは店の壁に背を向け通りを見渡せる位置に座っている。
テリーはハートの右斜め、通りを行き交う人々に背を向ける格好だ。
テリーが呆れて言う。
「そんなに警戒しなくても何も無いし、貴女がケンカを売る様な相手もホロホロ歩いて居ないわよ。」
ブルーキングダムの王女。ではなく実力で認められたい。
そう思って、武者修行の旅と思って王国を離れた。
師、リィシュー ミラーも賛成してくれた。
初めて自分の力を試したいと思った相手がバケモノだった。
婢妤呼にこっぴどく叩きのめされてから14日が経っていた。
7日間は起き上がる事さえ出来なかった。
幸い目立った外傷も無く、後遺症も今の所みられない。
それでも7日間寝込んだ訳だが医者には「筋肉痛」と診断された。
つくづく自分は頑丈に出来ているな。と思う。
いや、婢妤呼が手加減してくれたのだろう。
「それにしてもあの様な者が居るとは思いませんでした。世界は広いのですね。」
「ヒヨコの事?」
「はい。あの者を知っているのですか?」
「一度会ったことがあるわ。」
目の前の女性とは起き上がれる様になってすぐ出会った。
一度負けた位でおめおめと国に帰るつもりは無い。
自分はまだ戦う。
そして出会ったテリーだが彼女は物腰も穏やかで好戦的な雰囲気は全く無く騎士、剣士、兵士のみならず武門に属してすら無さそうだ。
だが何となく感じた。この人は強そうだと。
手合いを申し込んだが取り合ってくれなかった。
自分の身分はあっさりバレていた。
ブルーキングダムの王女と手合いなんて嫌。と、全く相手にしてくれない代わりにお茶に誘われてしまった。
「で、スーパースターって?」
テリーの突然の言葉にハートは一口飲んだお茶を思い切り吹き出しそうになった。
レディに有るまじきだ。
お茶を吹きそうになった醜態とテリーの発した単語によりハートは真っ赤になって抗議する。
「やめて下さい!すっごく恥ずかしいんです。」
「あの女、言うに事欠いて人の事をスーパースターなどと!ああ!もう!負けるんじゃなかった!」
ハートの強がりな発言にテリーは冷静に答える。
「それは無理ね。ヒヨコの事まだ知らないの?」
「私、負けてからずっと寝たきりでやっと起き上がれたんですけど?」
ヒヨコに勝つのは無理。一刀両断されたハートはやや拗ねた口調で抗議する。
何故だろう?ハートの目の前にいる人物は尊敬すべき女性と認識すると同時にどうにも気安いというか甘えたくなる雰囲気なのだ。
「あの子、世界最強よ。」
テリーが言うのだからそうなのだろう。感情では分かっているが理性では納得する訳にはいかない。
「まさか、リィシュー ミラーは?パスティート ポーグスは?」
ハートは修行の身ゆえ自身の見識がそれ程広くないのは分かっている。
しかし一目見て自分にはまだ到底及ばないと思う者にも会ってはいるのだ。
「リィは逃げているわ。尤もヒヨコもリィに会う事を嫌がってるけど。高天原婢妤呼、史上最強どころか未来に於いても最強よ。」
「そ、そんなの…」
「信じなくてもいいけどね。でも現時点で世界最強。それは本当。」
「情報通、なんですか?私からケンカ吹っかけておいて何ですが貴女はどなたですか?」
「私はテリー キャスウェル。18代目だけどね。シンガーよ。」
「時の詩巫女…貴女が。それでそんなに博識なのですね。」
「そう。世界中を回っていると色んな人とね、会ったり喋ったり。」
「この10日位で各国騎士団のトップは大騒ぎよ。ブルーキングダムのスーパースター、ヒヨコとやりあって生き残った。ってね。」
「それ、そんなに広まっちゃてるんですか⁉︎」
「貴女、有名人よ。」
「いや、スーパースターって。」
「押しが強そうで良いじゃない。似合ってくると思うわよ。」
「いや、でもスーパースターですよ?スーパースターって、スーパースターって何⁉︎」
「そんなに嫌なの?」
「そんなに、スッゴク嫌です。」
「それならアーティスと名乗れば?」
その言葉、名を聞いた途端ハートの肩が跳ね上がり背筋が伸びる。
掌があっという間に汗をかくがティーカップに触れているせいでは無い。お茶はとっくに冷めている。
「!遠慮します!」
テリーに聞き返すという愚を冒さなかっただけでも自分は成長したと思った。婢妤呼に負けたのは無駄では無かったと。
「そう?ハート ブルー アイ アーティス。良いと思うけど。ヒヨコと京子には私から言っておいてあげるわよ。」
ヒヨコと京子。京子と言う名が出た時点でヒヨコの素性が分かる。
そして東陽国の月姫京子陛下を呼び捨てにする女性。
この世で最も信じ難い人物がハートの目の前にいる。
ハートは自分の横で和かに微笑みお茶を飲む女性が誰なのか分かってしまった。
が、それ以上の思考を停止した。
「スーパースターで良いです。スーパースターが良いです!もう、スーパースターで通します‼︎」
「そう?ちょっと残念。」
ハートは自分の斜め上から、自分が完全に固まっているのを見下ろしていた。
売ってはいけない相手にことごとく喧嘩を売る。
「お茶、冷めちゃったわね。おかわりを頂きましょうか。」
テリーは微笑み語りかける。
これは自分の才能だろうか?
ハートは気が遠退く思いだった。
補足:
「ハート ブルー アイ アーティス」
「スーパースターで通します。」
テリーに上記の名で呼ばれてしまった時点で手遅れである。
ハート ブルー アイ アーティスが彼女の真名になる。
彼女は神格に入りどれ位強いとかそう言う問題では無くなる。人間の物差しが通用しなくなる。
ハートはそれが分からず武者修業を続けるが彼女をマトモに相手してくれる人は最早いない。
おかしいなと思いつつ武者修業を諦め帰国するのは世界中を回りきった後になる。自分がいつのまにか神になっていたと知るのは更に後の事となる。
補足2:
後にヴァン・ローゼス国の騎士ラブ・ディープ・ミラーと剣を交える事になるが彼女はリィシュー・ミラーの愛人で弟子、秘蔵っ子であるが元は東陽国京子の作った対神人用生体兵器の“syura”である。
補足3:
東陽国京子は何体かの人造兵器を作り出している。全て神人(テリー、ファクシア等)殺害を目的とする。以下、
人造天使
一体目 陽:
失敗作。破棄。後に麻倉砂枝の所有となる。
二体目 エリザベス ハイトロジーナ:
一応成功作。が、人間に興味が無く出奔、行方不明。
三体目 ラン(ラッキー・ラン):
人造天使としては失敗作。ヴァン・ローゼス国、シン・リン・リューズ預かりとなる。
月の宮(妖精)
一体目 レイナ:
失敗作。ポンコツ。
二体目 ヒヨコ(高天原婢妤呼)
最強騎士。しかし、騎士では神人の相手にならず。出奔、フリー。