03 贖罪の痛み
「え、エラ……?」
突如エラに押し倒され困惑した俺は、何も出来ずにただただ彼女を見つめている。
「サ、ガン……」
途切れ途切れの声で、乾いた唇で、彼女が俺の名を呼ぶ。
それに応えるように君の瞳を見ようとするが、前髪で隠れてしまっていてよく見えない。
「サガン……」
彼女はもう一度俺の名を呼ぶと、すっ、と顔を近づける。
慌てて抵抗するも、彼女は俺の口に自らの唇を重ねた。
初めての感触に放蕩気味になっていると、鈍い音を立てながらエラは倒れた。
「……っ! エラ!」
俺は慌てて彼女を抱き起こす。
彼女は知っていた筈だ。俺の能力は、口、掌、その他の順で吸収力がより強く発揮される。
つまり、俺はエラの生命力をかなり吸い取ってしまったのだ。
……いや、今は考えるよりも冷たくなってしまったエラを暖めることが先決だ。
何かないかと辺りを見回しても拷問器具しか無かったため、慌てて上に戻り自室から二人分の毛布をかっぱらってくる。
戻るとエラはさらにぐったりしており、より急いで彼女に近づき薄い毛布をかけた。
「エラ……」
声を掛けても反応がない。浅いが呼吸はしてくれているので、取り返しは着くはずだが……。
俺は泣きそうな瞳をぎゅっ、と瞑りながら、毛布越しに彼女を強く抱き込めた。
「ごめんね……ごめんね……」
俺の能力のせいで、エラに迷惑をかけてしまった。そんな負い目からの謝罪は、彼女に届いているだろうか。
確かめる術も無いまま、いつの間にか俺も寝息を立てていた。
翌朝、俺は劈くような警鐘に叩き起された。
「え、な、なんだ……?」
そんな不安を口にしつつ、隣のエラを覗く。
「え、エラ!」
彼女は頬を赤くし、呼吸も荒くさせていた。
額に手を当てると、火に当てられた鉄鍋のように熱い。
……これは間違いなく、何らかの病だ。
このままではまずい。苦い顔でそう察する。
そして俺は薬を貰うべく、昨夜同様駆け足で上を目指した。
たどり着くと、人々が慌てふためいていた。
間違いなく何かがあったのだろう。しかし、俺にとってそんな事は二の次だ。
「すみません。薬ってどこに……」
「うるせぇ! 今はそんな状況じゃないんだよ! お前も逃げるなら早くしろ!」
近くにいた執事らしき若い男性に聞くも怒鳴られてしまう。
ついでに何があったか聞こうとするも、すぐどこかへ駆けてしまった。
「おい、ぼうず!」
その声に振り向くと、見覚えのある顔が出迎えた。
「あ、あなたは……」
名前は知らないが、この人はこの屋敷で唯一優しくしてくれた料理人だ。この人の賄い飯に救われた事は少なくない。
「ぼうず、早く逃げろ! ここもその内やられる」
「あの、エラが……」
「嬢ちゃんに何かあったのか!?」
俺は頷き状況を説明した。
「そんな事が……でも今は正体不明の魔物が暴れ回って、誰も手がつけられねぇみたいなんだ。俺にも家族がいるから、すぐ行かねぇと……薬はその角をずっと進んだ先に保管されてる。行くなら急ぐんだ!」
薬の場所となぜ皆が慌てているのかを同時に知れた俺は、素早くお礼を言ってから走る。
指さされた場所を曲がり、真っ直ぐ駆けた。
壁に阻まれた所で左の部屋を見ると、戸棚の上に数々の液体が置かれているのが確認出来る。
ここだ、と直感した俺は、急いで入室し当たりを見回した。確か以前解熱に使われていた薬は、小さな瓶に入っている紫の液体だったはずだ。
薬らしき物にはそれぞれメモ書きのような文字が入っているが、一切文字が読めない俺は片っ端からそれらしい形、色の薬をズボンのポケットに突っ込む。
全種詰めた所で右回りすると、轟音と共に地が揺れた。
「う、わっ!」
すると戸棚の薬が次々と倒れ、甲高い音を鳴らしたがら四散していく。
これも例の魔物の影響か……。
俺は嫌な予感がしたので、破片を踏まないように部屋を出た後、またも全力疾走でエラの元へ向かった。