02 罪と罰
「ぶっ……!?」
頬を軽くぶたれた俺は、問いかけるようにエラの目を見る。
「その力は、使っちゃだめっていったでしょ!」
涙を浮かべ、身体を小刻みに震わしながら、彼女は俺を叱責した。
「だ、だって、やらなきゃエラがっ……!」
「私の事なんてどうでもいいの。でも、あなたに変な力があるって街の人達に知られたら、また売り飛ばされちゃうかもしれないんだよ……?」
その言葉に、俺は呪われた自身の右手を眺める。
俺は、生まれた頃から不思議な力を持っていた。
それは、触れた相手の生命力を吸収してしまうという力だった。
その力は年々強まり、元々不気味がった両親は、俺が三つの年にとうとう奴隷として売り飛ばした。
どこにいても不気味がられる俺は、格安な値段でも誰にも買われなかった。
殆ど食事も与えられない中、俺はとある貴族に引き取られた。その貴族がバルトンだった。
バルトンは直に触れなければ力が発動しない事に気づき、格安である俺をノーリスクで手に入れたのだ。
こうして買われたのが五歳の時。扱き使われてばかりだし、仕置と称して鬱憤を晴らす道具にされたことも屡々だが、エラが居てくれたから生きる事を諦めずに居られた。
そんなエラとの約束、ずっと居るために、力は使わない事。その約束をたった今、破ってしまったのだ。
その事を考え顔を青くした俺に、エラは再び開口した。
「やりすぎちゃったね……ごめんなさい。助けてくれたのは、嬉しかったんだけど……」
俺はその言葉に安心し、薄い笑顔で顔を上げる。
「ん、その落ちたのは勿体ないけど食べちゃダメだよ。私のハチミツパイ半分あげるから、一緒に食べよ」
そうして俺達は、安全性を考慮して屋敷の裏手で食事を行う事にした。
幸いそこでは大したトラブルもなく、食事を終えることが出来た。結果的に苦い思い出となってしまったが、月一の楽しみを完全に失わずに済んだのは不幸中の幸いだった。
しかしそんな思いは、屋敷に戻った途端簡単に打ち砕かれる。
「やっと帰ってきやがったか、このクソガキども!」
戻ってきた俺たちを見て開口一番で、バルトンはそんな怒号を押し付けてきた。
やっと、と言われるが、休息時間はまだ残っているはずだ。
「えっと……何かあったんですか?」
エラが恐る恐る聞くと、バルトンは真っ赤な顔でふくよかな全身を震わせながら再び怒鳴った。
「何かだと。私が留守にしている間、盃を割ったうえカーペットにシミを付けたのは貴様らだろう!」
俺とエラはお互いの顔を見合う。
そんなあからさまな何を言っているんだアピールは、バルトンの癪に障ってしまったらしい。
「ドルトンが見ていたのだ! 貴様らがふざけて走り回った際、テーブルと接触し盃を落としたと!」
ドルトンとはバルトンの一人息子の名だ。
昔から他人を見下し、また自己顕示欲が強くそれゆえかよく俺たちをいじめていた。
そんなドルトンの性格を思い出したと同時に察した。ドルトンが食事中に盃を落とし、その事を俺たちに擦り付けようとしているのだ、と。
「ふん。貴様ら、今日の夜は仕置だ。覚悟しておけ」
ケチで有名な領主様は、たかがコップひとつ割られた位で顔を真っ赤にするほど噂通りのようだ。
しかし、いつまでも皮肉ぶった事ばかり考えている訳にもいかない。
バルトンの仕置は一日に一人というポリシーなのか二人同時にされたことは無い。
前回もお仕置きされたのは俺だが、今日はやけに不機嫌そうなのでどうにか身代わりになれないか思惟する。
「あのさ、エラ……」
まだ具体的な解決案こそ無いものの、自分の考えをエラと共有しようと話しかけた時、使用人たちに呼び出されてしまう。
「ごめん。また後で」
彼女にそう言いながら俺は声のもとに向かった。
数時間後、外はとっくに暮れ夜の闇に包まれている。こんな時間までずっと働き詰めにされた俺は、急いでエラの元へ向かった。
今日は妙に監視が強く抜け出せなかったため、彼女の安否は確認出来ていない。何かあったら、という不安が胸の中で渦巻いて一向に遠のいてくれなかった。
エラの管轄内に足を踏み入れた時、鼻をすする音が聴こえた。妙に反響した鋭い高音。どうやら不安は的中してしまったらしい。
俺は身に覚えのある場所めがけ一直線に駆けた。
カーペット裏の隠し通路をおもむろに開け、滑るように入り込む。
つまづきそうになりながらも全速力で階段をおり、最下地に着いた途端、膝を抱えた少女が部屋の隅にいることに気づく。
言うまでもなく、エラだ。
「エラ……」
地下とはいえ薄く月明かりの見える構造故、エラだということはすぐ分かった。しかし、彼女に刻まれた傷までは正確に視認出来ない。
俺はそんな彼女を見て思わず左手を握りしめながら、ゆっくりと近づいた。
近づいて、分かる。彼女はか細い嗚咽を漏らしていた。泣きたくないという気持ちが伝わって、俺自身も何もかも悲しくなった。
「……ごめんね」
俺の謝罪に、彼女は何も答えなかった。
何もしないこと自体が俺を責め立てることになると、察しているのかもしれない。
その後数秒の沈黙の後、俺はいつもエラがしてくれるように背中を撫でようとさらに距離を詰めた。
エラの隣で座り、背中を軽くさする。
すると、ばっ、とエラが俺の肩を押し、地面に押し付けてきた。