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二人の忌み子  作者: 勇崎シュー
第一章「開放」
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01 奴隷の少年

「おら、ガキども働け!」


 そう言われながら、この街の領主であり主人であるバルトンに蹴りを入れられる。


 四つん這いで床ふきをしていた為、避けられなかった俺は床に伏し、ぐっ、とくぐもった声を出した。


「…………ごめんなさい」


 反論したい気持ちを抑え謝罪したが、心が締め付けられるような気分で胸が苦しくなる。


「分かればよろしい」


 鬱憤を発散したかっただけであろうバルトンは、そう言うと清々しそうな面持ちで部屋を後にした。


 数秒後、入れ替わりで一人の少女が入室する。俺と同じく奴隷のエラだ。


「大丈夫? サガン」


 彼女はそう心配しながら、いつものように俺の背中をさすってくれる。

 その布越しの温もりが、傷ついた心を優しく慰めてくれた。


「ごめん。エラ」

「私に謝る事なんてないでしょ?」


 俺はそれ以上何も言えず俯いてしまう。何と返しても困らせてしまうと思ったからだ。


「そうだサガン、今日はお給料の日だよ! さっきあなたの分も貰ったから、一緒にいつもの買いに行こ」


 彼女はそう言いながら俺の手袋を填めた手を引き、屋敷の裏口から外へ出る。

 町を歩いている途中、直に君の手を握りたい感傷に囚われたが、そんな事は許されないので布越しの手を離す。


 自らの呪われた手を眺めていると、いつの間にかに止まっていたエラにぶつかってしまった。


「ご、ごめん。着いたのか」

「もう、ちゃんと前見てなきゃだめでしょ」


 彼女は振り向きながら俺を優しく咎めると、ふいっと目の前の店に視線を移した。

 そして、店のカウンターに数枚の硬貨を置く。


「おばちゃーん。いつものください」


 エラが店員である初老のおばあさんに注文すると、すぐに「はいよ」という温和な声と共にいつもの商品を俺たちにひとつずつ手渡してくれた。


 まだ温かい茶色の紙包みを捲ると、薄めの湯気と共にミートパイが視界に入る。ツヤがかった表面に、食欲を掻き立てる肉々しい香り、その存在もはや暴力的であった。

 俺は急激に口の中に湧いた唾液を飲み込み、我慢ならないという顔でエラを見つめる。


「はいはい……おばあちゃん、ありがとう」


 俺はおばあさんに軽くお辞儀してから、その場から歩くエラの後を追う。

 最近は路地裏にある空き地で食事を取っているので、恐らくエラはそこに向かって歩いてるのであろう。俺はそう考えつつ、目の前のミートパイをひと口齧った。


 芳ばしさとジューシーさで幸せな気持ちになっていると、路地裏に差し掛かったところで妙な男性三人が現れ進路を塞いぐ。


 にやにや口を歪めている三人の印象は、典型的な小悪党といったところだ。へらへらした態度だが、十一の俺とひとつ年上のエラにとっては身長差も相まって恐怖に駆られる事になる。


「……サガン、別の道いこ」


 エラが立ち止まったので俺もそうしていると、そんな囁き声が耳に入る。

 頷きつつ踵を返すと、首元をガっ、と掴まれた。


「おい、ちょっと待てよ」


 俺は思い切り抵抗して振り払い、全力で逃げるべきだったのだが、恐ろしさが勝り身動きが取れなくなってしまった。


「へへ、旨そうなモン持ってんじゃん。俺たちにも味見させてくれよ」


 その言葉を聞き手元の紙包みを抱きしめるが、無理にこじ開けられまんまと盗られてしまう。


「か、返し……」


 返して、と全て言い切る前に睨まれて竦んでしまった俺は、無様に「ひっ」と声を出してしまう。

 その間にミートパイは別の男に渡され、その男は不快な笑みのまま紙を広げ中を覗いた。


「なぁんだ、食いかけじゃねーか」


 わざとらしくそう言うと男は手を弛め、紙に包まれたミートパイを落とす。

 そして次の瞬間、男はミートパイを……踏み付けた。


 俺は目を見張った。それと同時に身体が自由になっていることに気づき、慌ててその残骸に駆け寄る。

 中を見ると、生地のあちこちが破け中身が無残に飛び出ていた。


 このパイは一月分の給料のほぼ全てを使って買っているものだ。このために日々働いていると言っても過言ではない。

 そんなパイの成れの果てを見て、当然俺は様々な感情に囚われた。


 憤怒、悲哀、屈辱、しかしそんな感情の果てに“勿体ない”と感じた俺は、ミートパイに齧り付いた。

 すると、一瞬の静寂の後、三人の男達が高らかに笑う。


「あーっひゃひゃひゃ! こいつやべぇ、落ちたメシ食いやがったぜ!」

「どんだけ腹減ってんだよマジで! このガキ、ウケんな!」


 そんな声も気にせず涙目で黙々と食べ続ける俺にエラが駆け寄るが、その途中男のひとりに顔を掴まれてしまった。

 音でその事に気づいた俺は、ばっ、とその場に顔を向ける。


「お、このガキちっと傷あっけど、なかなかイイ面してんじゃん。なぁ! こいつ楽しんでからテキトーなとこに売っちまおうぜぇ」

「うぐ……っ」


 エラの辛そうな顔、そして男どもの下卑た笑いと発言に我慢ならなかった俺は、勢いに任せ手袋を外し、掴みかかった。


「エラを離せっ……! ……このっ、クズやろう!」


「あァ!? んだてめぇ離れろコラっ!」


 俺は振りほどかれぬようしっかり掴んだ。


「んぁ……? なんだ、なんか、力が……」


 俺の呪いを受けた男は、みるみる力を無くしていく。その隙を見た刹那、俺は左手で男の顔を思い切り叩きつけ掴む。


「んぐっ……! くっ……?」


 男は数秒で意識を失い、その場で崩れた。


「なっ、何だこのガキ!?」


 残りの男は慌てるが、そのまま引き下がりはしなかった。


「関係ねぇ! やっちまえ!」

「おい、待て。その女、どっかで見たと思ったらバルトンのとこの奴隷だ! 勝手に売っちまったら何されるか分かんねぇぞ……!」

「なに!? しょうがねぇ……ずらかるか」


 そう言い合った後、男どもは仲間を置いて路地裏の闇の中消えていった。


 俺がほっと胸を撫で下ろすと、エラが近づき……



 俺の頬を叩いた。

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