目覚め
目を覚ますと、体はいつも使っている布団にくるまれていた。どうやら自宅にいるらしい。
少し重い体を起こし、窓を開けると、街はすでに賑わっていた。どうやらだいぶ寝過ごしてしまったようだ。
軽い朝食をとりながら、昨日の出来事を思い出す。私はどうしたらいいのだろうか。そんな思いが頭をよぎる。
色々なことを知ったのはいい。でも、私にできることは何もなかった。そう、いくら精霊魔法を少し覚えたとはいえ、非力な一般人には変わりないのだ。
あの時、話を聞かずに耳をふさいでいるか、それともすぐに寝てしまうべきだったのかもしれない。
そんなことを考えていると、お店の方のドアからノックする音が聞こえた。
もしかしたら、またアレクシスさんが来てくれたのかもしれない。というより、連れ去られて半日近く家を空けていたのだから心配されて当然だ。むしろ、自分から出向くべきだったのかもしれない。
小走りで店の方へ向かう。
「はーい! ごめんなさい、心配かけちゃ……って?」
そう言いながらドアを開けると、そこには予想もしていなかった人物が立っていた。
「朝から突然の訪問、申し訳ない。しかし先日、魔術師に連れ去られたと聞き不安になってしまったもので」
そこには優しい青色の目をした好青年、フェリウスさんが立っていた。
「えっと……その、とりあえず、上がってください」
あまりにも唐突なことに混乱して、そんなことを言ってしまった。騎士を家に招くなんてとんでもないことなのだが……でも、何せさっきから周りの人の視線を感じるのだ。あまり私が騎士と話しているところを他の人に見て欲しくはなかった。
「なら、お言葉に甘えて」
ほぼ勢いでなってしまったことなのだが、自宅に騎士隊長がいるってどういう状況なのだろう。あまりにも落ち着かないのでお茶を入れることにした。
「そんな、お構いなく……」
「いえそのっ、おすすめのハーブティーがあって、一人で飲むのはもったいないなって思ってたのでっ!」
無理やり押し通す。我ながら焦りすぎだと思う。多分転んだあの時、体を受け止めてもらったことをまだどこか心の中で引きずっているんだと思う。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます」
お茶を入れて少し時間を稼いだとはいえ、結局その場しのぎの行為でしかなく、騎士と二人きりでいるという状況は変わらないので意味はなかったかもしれない。
とりあえず何もしないでいると気まずいので、自分もハーブティーを口に運ぶ。
鼻を優しい香りが吹き抜け、喉を暖かく通り抜ける。思わずふぅと一息ついてしまった。
思えば、今日起きてからも色々と考えこみすぎて一息つく余裕すらなかったのかもしれない。いつも通りのハーブティーは私の心を落ち着かせてさせてくれた。
「これは……本当においしいですね。素敵な香りに、クセも少なくて飲みやすい」
彼は上品なしぐさでハーブティーを口に運びながらそう言った。
「本当ですか!? このハーブティー、健康にもよくておすすめなんですよ、貧血を予防できたりとか……あっ」
自分が食い気味に反応してしまっていることにそこで気が付いた。彼は凄いニコニコ顔でこっちを見ていて、急に恥ずかしくなった。思わず顔が熱くなる。
「ご、ごめんなさい急に……はしたなかったですよね」
「いえいえ。あなたは本当に花や自然が好きなんですね」
「はい。昔から、身近な存在だったので。こうして、ハーブティーを飲むだけでも安心するんです」
凄く恥ずかしかったけど、おかげで少し緊張がほどけてきた。
「実は私も少し安らぎを覚えています。騎士隊長というのは存外忙しいもので、最近はこうしてお茶たしなむ暇すらなかったものですから」
「そう……だったんですね」
苦笑を浮かべながらそう話す彼。
国が誇る騎士団の騎士隊長。その忙しさはなんとなく想像がつく。
お茶をする暇もないなんて、私なら三日で参ってしまうのではないのだろうか。
「あの、今日はその、どういった用件で?」
そんな彼が、わざわざ時間を割いて私に会いに来てくれたのだ。あまり長引かせるのはよくないだろう。そう思い、自分から切り出した。
「はい。先日、魔術師に半日ほど連れ去られていたと聞いたもので。何か身に危険がなかったかと不安に思いまして」
彼がここに来た理由はそれだけらしかった。すっかり昨日のことを聞きに来たのだと思っていた私は肩透かしを食らった気分になった。
「そうだったんですね。心配かけちゃってごめんなさい。でも大丈夫です。その、こんなこというのも変かなって思うんですけど、アムレーラさんはそんなに悪い人でもないんです」
「ふふっ、連れさられていたというのに。あなたは本当に優しいお方なのですね」
「連れ去られたといっても、特に何かされたわけじゃありませんから」
「そうですか。何事もなかったのならよかった」
そこで言葉を切ってお茶を口に運ぶ彼の顔を見る。
彼は、いい人なのだろうか。少し疑問に思う。
「あの、聞いたりしないんですか? 昨日何があったのか、とか」
気付けば自分の方から聞いていた。何故聞かないでいるのかがとても不思議に思ってしまったからだった。
「……そうですね。少し悩んだのですが、大変だったことを聞くのは、相手に嫌なことを思い出させてしまって悪いのではないか、と思ったものですから」
「……そう、ですか」
少し悩んだ。彼に聞けば、もう少し今回の件について知れるかもしれない。
昨日のこと、主にアムレーラさんとディテイスさんが話していたことが気になってないと言えば嘘になる。
しかし、これ以上自分が関わっていいのだろうか、という思いもあるのだ。それに、あの話。もしも身内に黒幕、或いは黒幕と繋がっているような人間がいるのなら、話すということは凄く危険な行為だとも思える。
それに、彼の優しさに甘えるのに少し抵抗があるのだ。
「それでも、私に力添えできることがあればなんなりと仰ってください。あの時、力になると約束しましたからね」
彼の青い瞳をじっと見つめる。彼も私の瞳を見つめ返してきてくれた。
彼の目に、私はどういう風に写っているのだろう。守らなければいけない、非力な一般市民として。事件に巻き込まれてしまった不運な少女として。或いは、その両方だろうか。
「……あの、話します。昨日起きたことについて」
迷った挙句、話すことにした。少なくとも彼は悪い人間ではないと感じられたからだ。
「なるほど。そのようなことがあったのですね」
私は昨日起きた出来事をかいつまんで話した。アムレーラさんが再び店にやってきたこと。パルシオンさんがそこに現れたこと。そして連れ去られ、その後打ち解けることができたこと。ディテイスさんがその後やってきたこと。そして二人の話していたこと。
「しかし、彼らが話していた内容はとても気掛かりですね……もし本当に王城内に黒幕がいるのであれば、早急にかつ慎重に対処に当たらなければならない」
「……あの、信じてくれるんですか?」
我ながら、中々突拍子のない話だと思う。ので、話しても冗談半分に聞かれるのではないだろうか、という思いもあったのだが。
「話の中に、あなたの感情が込まれていました。疑う必要はないと思ったので」
笑顔でそう返されてしまった。
少しだけ違和感のような、もやっとしたものを感じる。最初に会った時もそうだったのだが、彼は少し優しすぎるような気がする。勿論、彼が単純にそういう気質な可能性もあるし、その優しさを疑うのは失礼極まりない行為かもしれない。
しかし、理由なき優しさというのは、得体が知れず少し怖いのだ。昔からよく、悪い人ほど最初はにこやかに接してくる、ということを言われてきたし。
彼は悪い人ではない、それは間違いないのだろうと思っている。裏があるとも思ってない。
でも、そんな彼の優しさはどこからきているのだろうか。
そんなことを思っている私をよそに、彼は話を続ける。
「魔術師アムレーラの立ち位置も気になるところです。この国が他国から攻められない理由はきっと真実でしょう。とても筋が通っている。同時に、その他国視点からの話から、きっと彼女が他国の思惑があって王の殺害を予言したとみて間違いないでしょう」
彼にそう言われ、改めて思う。いくら打ち解けたといっても、私もアムレーラさんのことについては深くは知らないのだ。
結局、彼女が私に魔法を教えてくれた理由もよく分からないままだ。
……まぁ、それに関して言えば。私が魔法を成功させたときの、彼女の嬉しそうな顔を見ると、案外そこに裏はなく、単に魔術師として教えたくなったということが本当のところかもしれないけど。
「そして、ディテイスについても気になることは多い。彼は仕事柄、国の裏事情に精通している。彼が今回の件、どこまで知っているのか、というのも気掛かりですね」
神出鬼没の黒い騎士、ディテイス=アドルブラック。私は彼に完全に信頼を置いているというわけではない。フェリウスさんの言う通り、彼の方は裏が多いとも思う。
でも、それでも、根は悪い人じゃない、という考えは変わらなかった。もしも彼が黒幕であるならば、私は今ここに入れないと思うし。間違いなく黒幕ではない、と言い切れるところが大きかった。
「ともあれ、話してくれてありがとうございます。用心しなければならないことが多いですが、それでも、情報がないよりは助かります」
ひとしきり考え込んだ後、彼は私に向き直ってそういってきた。
「あの、情報提供のお礼替わり……じゃないですけど、私の頼みを一つ聞いてくれませんか?」
「なんでしょうか。私でよければ、なんなりと」
そう、私はこの時を待っていた。
私が彼に話した理由はこの為でもあった。そういうとなんだか少しずるいように感じてしまうけれど。
なんだかんだ、私も気になるのだ。今回の件で、色々な人と関わり、色々なものを見て経験した。
それで思ったのだ。関与すべきではないことなのかもしれない。それでも、私の身の回りで起きたことなのだから、私にだって知る権利はあるだろう。だから。
「私を城壁の外に連れ出してくれませんか?」