影の襲撃者
その後も私は何度も何度も練習した。出たり出なかったり、結局安定はしなかったし、強くすることはできなかったけど、それでも何回か発動することができたという喜びは大きかった。
夢中になりすぎて時間が過ぎるのを忘れて取り組んでいた特訓は、私のお腹のアラームによって終わった。
「ご、ごめんなさい……」
「うふふ、いいのよ。一生懸命頑張ったものね。それに、ご飯をいっぱい食べる子は嫌いじゃないわ」
普段はそもそもそんなに動かないので、ここまでお腹を空かせることはなかった。だからお腹が鳴るなんて経験したこともなくて、余計に恥ずかしかった。
結局、アムレーラさんの夕食をいただくことになった。何かのお肉を焼いたような簡易的なものだった。見慣れないお肉だったが、身は柔らかく中に火がしっかりと通りとても美味しかった。
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末様でした」
満腹の幸せな気持ちに包まれると、段々と瞼が重くなってきた。結構な時間練習していたので体も疲れていたのだろう。
「そういえばフラルちゃん、流れでここにいるような気がするのだけど、帰らなくても大丈夫なのかしら?」
「あ……」
そうだ。すっかり失念していた。お昼、あんなことがあってそれからずっと店を開けっぱなしだ。お店の戸締りのことも気になるし、何よりも周りの人に心配をかけてしまっていたらいけない。
「その予想だと考えることすら忘れていたみたいね。夢中になると物事が見えなくなるの、魔術師としてはいい気質ではあるんだけど少し心配しちゃうわ」
「うぅ……なんかごめんなさい」
「本当は送ってあげたいんだけどね、あまり何度も何度も訪ねていると私捕まっちゃいそうだし。早くても明日の朝になっちゃいそう」
「大丈夫です、元々は練習に熱中しすぎた私が悪いんですから」
「あら、それを言うならそもそも私がフラルちゃんを人質として連れ去らなかったらこんなことにはなっていないと思うわよ?」
「た、確かに……」
「ふふ、本当に不思議な子ね、あなたは。でもなんで、そんな私とこんなに仲良くしてるのかしら?」
「それは……」
これもすっかり忘れていたことなのだが、私は彼女に連れ去られていたのだった。本来は警戒どころか、こんなに仲良く話しているのはおかしいのだろう。でも。
「強いて言うとすれば、直感です。」
「……え? それだけなの?」
「はい。初めて会った時からなんとなく、悪い人じゃないかなっとは思っていたので。それに、なんとなくなんですが……その、アムレーラさんの行動と言動からは、あまり悪意が感じられないというか……」
「……驚いた。フラルちゃん、あなた少し悪意というものに鈍感すぎるんじゃない?」
「確かに、私は人からの善意を受けて育ったようなものなので、否定はしません。でも、これでも勘の良さには自信があるんですよ」
「勘の良さ、ねぇ。精霊と何か関係してるのかしら……その辺の知識はあまりないから何とも言えないのだけど、ありえない話ではないか」
彼女はそれで納得しているようだった。私も自分で自分の勘の良さについて、深く考えたことはなかったから、改めてそう聞くと腑に落ちた感じがした。
そんな話をしていた時、不意にアムレーラさんの目つきが変わった。一瞬で立ち上がり外の方へ視線を向ける。その目つきは刃物のように鋭かった。
「来た、か。失敗した。フラルちゃんは早く返しておくべきだったわね」
彼女がそう呟いた方を見ると、その先の暗闇で、黒い影が蠢いたように見えた。
次の瞬間、その黒い影は物凄い速さで近付いてきた。あまりの速さに目が追い付かず、カキィーンという鈍い金属音で、ようやくそれがアムレーラさんの持っていた杖によって押しとどめられていることに気づいた。
その影はすぐさま飛び退き、そして地面に着地するや否やもう一度切りかかってきた。再び鈍い金属音が洞窟内に響く。
私は突然の出来事に呆気に取られてしまい、身動き一つできなかった。しかし、何度目かの衝突の後、ようやく冷静になりその影を見ることができた。
その影、その男はどうやら手に小さな刃物を持っているようだった。いや、それよりも。私はもっと大切なことに気づいた。
「あれ、あなたはあの夜の時の……?」
「っ!?」
彼は私の声に少し驚いたようだった。その瞬間、アムレーラさんが杖を思いっきり横に引いた。彼は後ろに吹っ飛ばされるが、空中で体勢を立て直し、綺麗に着地していた。
その姿勢のまま数秒間、彼等は対峙していた。しばらくたった後、男の方が手に持っていた短刀を地面に落とした。
「……それは、もう敵意がないという風に捉えてもいいのかしら」
「ああ、そうだ。お前に聞きたいことがる。話がしたい」
「はぁ、まったく。あなた達、知り合いだったの?」
アムレーラさんが私の方を振り向きながら訊ねてきた。
「いえ、知り合いというかなんというか……あの夜の時の人……ですよね?」
そう、私は彼に心当たりがあった。名前も素性も知っているわけではなし、顔もよく見えてはいなかったけど、彼の影のような動き方に直感していた。
「……そうだ。あの時、お前に追跡魔法をかけた」
「追跡魔法……そういうことか。道理で場所が割れるのが早いと思ったわ」
その言葉に私はいまいちピンとしてはいなかったが、アムレーラさんは何か思い当たったようだった。彼女は私の方へ近寄り私の腕を掴む。暫くすると、私の手から紋章のような光が浮き出し、そして静かに消えていった。
「はぁ……私としたことがこんなものを見落とすなんて」
「それは俺が全力で隠ぺいした魔法だ。そう易々と見破られてしまっては困る」
「大した自信ね。私もそれなりの魔術師だった自信があるのだけど、これは修業しなおす必要がありそうね」
彼女は深いため息とともに項垂れていた。なかなかショックだったらしい。
「それで、私に聞きたいことってなにかしら? 王国軍の三番隊の隊長、ディテイス=アドルブラックさん?」
「勝手な紹介感謝する。お陰で名乗る手間が省けた」
ディテイスといわれたその男。よく見ると鎧を着ており、その鎧には王国の紋章がうっすらと刻まれていた。どうやら本当に彼が三番隊の隊長らしい。
三番隊。彼らは夜に活動する、というその特徴故に一番隊や二番隊とは違い異質な存在である。
一番隊や二番隊は城壁の護衛や街のパトロールなどと共に、城外付近の魔物の駆除も仕事となる。しかし、魔物の動きが活発化する夜は、城外へ出るのは危険だ。だから三番隊の主な仕事は護衛とパトロールということになる。しかしそれこそ、昼間とは違いパトロールにそれほど人員はいらないだろう。
その代わり、夜とは隠密活動にうってつけな時間でもある。彼らの仕事には暗殺、という仕事もあるのだとか。暗殺という仕事は大人数でやるものではなく、失敗は許されないものでもある。
だから彼等はかなりの少数精鋭なのだ。数百人規模の一番隊や二番隊と違い、その数は五十にも満たないという。彼等は一人一人が強い代わりに、癖が強い人も多い。騎士という名にふさわしくないような気性の人も少なからずいるらしい。
そもそも、彼等は交代の時間になっても行進して出てくるということがない。その時間に行われるのは、仕事を終えた二番隊が城内へ帰還する行進だけだ。
彼等は時間になったらもう既に持ち場にいるのだ。姿を見せる必要もなく、名を名乗る礼儀もなく、ただ淡々と仕事をこなしていく。それ故に素性すら知られてない人が多い。
そんな彼らを一人でまとめるのが隊長、ディテイスという男だ。彼は情熱的な姿勢のパルシオンや、礼儀を重んじるフェリウスとは違い、尊敬ではなく畏怖で隊を束ねているという。目的のためには手段を択ばない、残酷な男だと言われている。
……らしい。そんなを話を騎士が好きなお客さんがよく語っていくので、なんとなくそういう話は聞いたことがある。
しかし目の前にいる黒髪の男を見ると、その話は本当なのだろうと思えた。鋭い目つきに、闇を見ているかのような黒い目。鎧も隠密性を上げるためなのか黒色で、全身真っ黒のような感じで不気味なのだ。
でも私は、あの日の夜、話した時からなんとなく悪い人じゃないと感じていた。明確な理由や根拠はないし、言葉にすると難しいのだが、あの時の言葉は私を気遣ってくれたゆえの言葉だと思うのだ。
「俺が聞きたいのは予言の事だ。あれは王が殺害される、という予知で間違いないんだな?」
「ええ、そうよ。病死とかではなく殺害ね」
「詳しく聞かせろ。少しでも情報が欲しい」
「あら、見かけによらず仕事熱心なのね」
「当たり前だ。俺はこれでも騎士隊長などと名乗ってる立場でな」
彼らの話が聞こえる。私が聞いちゃいけないような気もしたのだが、この狭い洞窟では他に場所がないのだ。耳をふさいでるのも違う気がするし、外に出るのも一人じゃ危ないだろう。それに、単純に気になってしまうのだ。今回の件、無関係を装るには私はあまりにも関わりすぎた。
「ふーん、まぁいいけど。私が見たのは王が背中を黒い影のような人に長い刃物で刺されるところね」
「……そこまではっきり見えてるのなら、なんでわざわざあんな抽象的な予告にした?」
「それがなんていうか……まぁ、ストレートに言っちゃうと、私はあなたが黒幕なのだと思ったのよ」
「俺が……?」
「ええ。後ろから、ということと黒い影、ということはポイントね。あの王がよそ者に背中を見せるほど隙を見せるような人には思えない。だから、ある程度信頼された内部の人間の仕業だと思ったのよ。例えば三つの騎士の隊長さんの誰か、とかね」
「なるほど。それで黒い影、というところからこの俺を連想し、直接的な予言では不味いとわざわざ面倒な真似をしたということか」
「そういうこと。あなたは丁度いい刃物を腰からぶら下げているようだしね」
アムレーラさんが視線を見やる先に、確かに細長い剣のようなものが見えた。これまた見事に黒い剣鞘に収まっている。
「刀……っていうんだっけ、それ。その形状の剣、あんまり見ないけど」
「そうだ。……因みにだが、その予知が本当なら俺が犯人であることはあり得ないな」
「あら、それはどうしてかしら?」
彼は刀を少し鞘から出し白い刃を見せながら答える。
「この刀は魔刀だ。切った対象の魔力を食い荒らす。人に対して使えばその体ごとズタズタにする。だから俺はこいつを人に向けては使わない。そもそも暗殺なら動きやすいぶん小刀の方が向いている」
「ああ、そういうこと。だから私に向かってその刀を使ってこなかったのね。折角いい刀を持ってるのに扱いきれないだけの、ただの宝の持ち腐れかと思っていたわ」
「ふっ、お前を人間扱いしてもいいのかどうか、少し迷ったがな」
な、なんかこの二人、仲が悪いのだろうか。二人とも険しい顔はしていないが、どこか言葉の端に棘を感じるような……
「もう一つ、訊きたいことがある」
「なにかしら?」
「お前は何故この国に関わる。別に予知したからといってそれを伝えなきゃいけないというわけではないだろう」
「あら、折角予知したのなら伝えたくなるのは当然のことではなくて?」
「……」
「……はぁ、そんなに気にすることじゃないわよ。単にあの国に亡ばれたら困るってだけ」
「ほう。つまり自由奔放に見えるお前もどこかに所属しているというわけだな?」
「詮索無用よ。それ以上問い詰めるのなら殺す」
「それは困る。お前と争うつもりはない。面倒だからな。……しかしこの国が滅んで困るというのは中々腑に落ちん。この国は交易がかなり薄い。そんな国に価値を見出すのか?」
「ああ、そこは別にどうでもいいの。大事なのはこの立地と武力ね。簡単に言えば、この国のおかげで魔物が間引かれているのよ。この国があるからこそ、ほかの国に魔物が行く数が減ってるってわけ」
「なるほど。それは考えたこともなかった。俺らが自国のためにと魔物を討伐していることが、間接的に他の国に役立っていたのか。通りで建国してから一回も国同士の面倒ごとが起きないわけだ」
「ええ。この国を責めるにはリスクが大きすぎる。今まで勝手に討伐してくれてた魔物の相手をしなきゃいけなくなるし、落とすにしても面倒な騎士たちの相手をしなきゃいけない。そのくせ手に入るのは大地の果ての領土だけ。そこから新しい領土を奪いに行けるわけでもないのだし、まぁ攻め入るバカはいないわよ」
「ならば、お前の目的は魔物、というわけか?」
「半分正解で半分間違いね。もう半分の方は聞かないでちょうだい。暫くはあなた達に関係ない話だろうから」
「そうか。だがいくら討伐してるとはいえ、このあたりの魔物は量こそ多いが質が悪い。そこまで手こずるものではないと思うが?」
「じゃあ問題。そんな魔物たちが脅威になりうるとしたら、それは何が起こったときでしょう」
「……国の武力が機能しなくなった時。或いは、魔物たちが統率されるとき、か?」
「大正解。あなた、見かけによらず頭が切れるのね」
「これでも国の人間なんでな」
「そう、じゃあ後はどこまで言えばいいのかしら?」
「いや、もう十分だ。検討はついた」
「そう、ならもう帰りなさい。あなたみたいな陰湿なヤツと話してると疲れるから」
「それを言うなら、わざわざ花が好きな娘から買った花を折ったりして、道具として利用するやつの方が陰湿だと思うがな」
「前言撤回、そこに座りなさい。その首はねてやるわ」
あまり理解できない私を置いて、彼女らの話は一区切りついたみたいだった。理解できない、というよりは頭が働かない、という方が近いのかもしれない。思わずでてしまったあくびを口で押える。
「ああ、そうだ。あなた、丁度いいから彼女を家まで送り届けてあげてよ」
「……お前、勝手に連れ去らった癖に連れ戻すのは他人任せにするつもりか?」
「しょうがないじゃない。あなたのところの赤髪に目を付けられちゃったんですもの。返してあげられないことはないけど、バレないようにするには時間がかかるの。今からじゃ夜が明けちゃうわ」
「そもそもがすぐ連れ戻さなかったお前の落ち度だと思うが」
「それもしょうがないの。魔術の才能があった彼女を恨んでちょうだい」
「……はぁ、まあいいだろう。市民を助けるのも騎士の役目だ。……最後に一つ、言っておこう」
「なにかしら?」
「王を殺害する奴がいたとしたら、三騎士の誰かではない。それは俺が保証しよう」
「そう。頼れるというわけではないのね」
「ああ、俺の国は内側が色々と面倒でな。少なくともパルシオンの方はやめておけ」
「アイツには意地でも頼らないわよ。そのまま殺されそうなぐらいの勢いだったし」
「ならいい」
そこまで会話して、アムレーラさんは私の方に向き直った。
「色々と振り回しちゃってごめんなさいね。そうだ、お守りを上げるわ。困った時はこれに魔力を込めながら、行きたい場所をイメージするといいわ」
彼女はそういうと、私の服のポケットの中に何かを突っ込んだ。そして手から緑色の光を生み出した。その光に包まれるよりも早く、私の意識は切れた。




