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Flower Knight  作者: 素歌
3/16

再会

 その日の深夜、私は直ぐに目覚めてしまった。昼間寝すぎて睡眠が浅くなってしまったのだろう。辺りは真っ暗で静まり返っていた。 

 寝なおそうと思って横になった時、不意に静寂な部屋に物音が響いた。体を起こし音がした方を見ると、どうやら店の方から聞こえてきたらしい。なんとなく気になり、寝間着姿のままドアを開けた。


 あたりは暗くてよく見えなかった。だんだんと目が冴えてくるととともに、頭が活性化してくる。安易に出てきてしまったが、もしも泥棒だったりしたら危険だ。

 今更ながらそう思うと、恐怖心はすぐに増していった。なんとなく、嫌な予感がする。すぐに戻ろうと振り返った時、うっかりと花瓶を倒してしまった。思わず、あっと声が出た。

 次の瞬間、後ろから気配を感じた。振り向くと、暗い影が見えた。そして息をつく間もなく凄い速さで近寄ってきた。その手から、刃物のようなものが光って見えた気がした。あまりの恐怖に声も出なかった。思わず目を閉じる。


 しかし、数秒間待っても、何も起きなかった。おずおずと目を開けると、目の前には黒髪の男が立っていた。数秒間沈黙のまま見つめあっていた。

「……お前が、フラルという女か?」

 暫くして、男はぽつりとそう言った。低い声だったが、不思議と威圧感はなかった。

「えっと、そうですけど……」

 私がそう言うと、男はそうか、と一言呟き、手のひらをこちらに向けてきた。

 すると、その手のひらから白い光が溢れだした。その光を眺めているうちに、不思議と恐怖感はなくなっていた。

 数秒間照らされた後、彼はそっと手を下した。

「あ、あの?」

私が声をかけると、男はそのまま振り向いて出口の方へ向かって行ってしまった。

「お前に魔法をかけた。……安心しろ、呪いの類ではない。死んだり、苦しんだりはしない」

 そう告げると、そのまま影が消えるように去って行ってしまった。


 その場に置き去りにされた私は、暫くポカンとその場に立ち尽くしていた。夢でも見ているんじゃないかとすら思った。とりあえず、倒した花瓶を片し、そのまま布団に戻った。

 布団の中でなんとなくやり取りを思い出す。魔法をかけたといったが、どんな魔法をかけられたのだろう。呪い……ではないと言っていたが、本当だろうか。

 だが不思議と危機感はなく、むしろ安心していた。そういえば、暗がりでよく見えなかったが、彼が身にしていた格好をどこかで見かけた気がする。安心しているのはそのせいかもしれない。

 安心したおかげか、その後はすぐ眠れた。



 夢を見た。どこかで見たような、でも記憶にない緑髪の女性が目の前に立っていた。そのルビーのような赤い目は、暖かくも強く光っていた。

 私はその女性にそっと抱きしめられた。私と似た、その小さな手からは温もりを感じた。身をゆだねていると、とても心が安らいだ。夢の中で、私はそっと意識を手放した。



 次の日からは普段通りに店を開けた。特別悪い事件も起こらず、まるで一連の出来事が嘘のように平和な日々に戻っていた。

「フラルおねーちゃん、馬車にのってお城に行ったってほんと!?」

「うん。ほんとだよ~」

「いいないいなー! わたしも乗りたい!」

「リヨちゃんも大きくなったらきっと乗れるよ」

「ほんと!? わたし、おひめさまになれるかな!」

「そうだねー、お姫様になるには、お残ししない立派ないい子にならなきゃダメだよ?」

「わかった! わたし、きらいな食べ物もお残ししないで全部たべるようになる!」

「ふふっ、リヨちゃんはいい子だね!」


 そんなやり取りをしながら、今日もお花のお手入れをする。

 どんなことでも過ぎてしまえば風化していくものだ。私の中で、あの事件は終わったことになりつつあった。疑問がないわけでもないけど、平和に暮らせるということが一番なのだ。今が平和ならそれでいい。そう思っていた。



 あれから三日目の昼、お昼の鐘が鳴って一時間くらい、つまり三時ぐらいのことだった。いつも通りの店番をしながら、小腹の空きを感じていた時の事だった。

 ふと気配を感じた。この気配を感じるのは初めてではなかったので、それが誰なのかなんとなく直感した。

 お見せの入り口の方を振り返ると、そこには黒いローブを着た女性の姿があった。相変わらずフードを深くかぶっているので、顔は見えなかったが、独特の恰好や雰囲気で、それが誰であるかすぐに分かった。

「こんにちは、可愛らしい店員さん。元気かしら?」

 そう気兼ねなく訪ねてくる彼女。


 全ての始まりといってもいい彼女の来訪。この数日間、風化したとはいえど何度も一番最初に店にやってきた時のことを思い出していた。

 もしまた話すことができるなら。何度もそんなことを考えた。

 私がその考えた末に出した結論は……もしかしたら危ないことなのかもしれない。それでも、どうしても彼女の口から聞きたかった。

 

 私は少しの覚悟を持って、彼女に向き合った。

「……どうして」

「……? 何か?」

「どうして、お花を道具のように扱ったのですか」

 真っすぐに、彼女の顔の方を見て話す。帽子の隙間から、紫色の瞳が少し見えた。深く、鋭い視線が突き刺さった。

「もしかして、知っちゃったのかしら」

「答えてください、アムレーラさん」

 私がずっと聞きたかったただ一つのこと。

 自分がずっと大切にしてきた、お花を大事にするということ。それを誰かに否定されたなかった。

 だから一歩も引くつもりはなかった。

 

 ふと辺りの音が静まり返ってることに気づいた。まるで彼女と二人きりの世界に閉じ込められたようだった。

 数秒間、沈黙が続いた。段々と恐怖感に襲われ、冷や汗が首をつたう。

 彼女の鋭い視線が突き刺さる。私なんか一瞬で殺してしまうくらいの力を持ってるのかもしれない。

 それでも、目はそらさない。私の赤い瞳は彼女を真っすぐに捉え続けた。


 結局、根負けしたのは彼女の方だった。

「どうやら、触れちゃいけないところに触れたのは私の方だったみたいね。そうね、花を予言の道具として使ったことは謝るわ。ただの予言じゃ味気ないと思って、ああいうテイストにしてみたのだけど、あなたのような優しい子にとっては不快だったでしょうね」

「いえ、その……分かってくれればいいんです」

 予想もしていなかった正直な謝罪に、少し拍子抜けしたような気分になった。

 でも、分かってくれたのならこれで万事解決だ。私にとっては、王様への予言は非日常的なことなので私の問題ではないと思っていたし。

 そう思い肩の力を抜こうとしたのだが、彼女はまだ鋭い視線を私に向けたままだった。


「そうね……どちらにせよ、あまり関係のないあなたが私を知っているべきじゃないでしょうね。……少しいじらせてもらうわ」

 彼女はそういうと手のひらをこちらに向け、紫色の光を浴びせてきた。あの夜の光とよく似ていたが、この光からは禍々しいものが感じられた。

 私の中でかつてないほどの警鐘が響き渡る。逃げなきゃ、動かなきゃ、と思っても思考がぐるぐるとまとまらず、その場に縛り付けられたように動けなかった。

 段々と紫色の光に吸いこまれるように、視界が黒く染まっていく。



「そこで何をしている!」

 急に大声が響いた。思わずハッとする。めまいが解けていくように、視界がだんだんと開けてくる。辺りを見まわすように首を動かす。良かった、どうやら体の硬直も解けてくれたようだ。


 視界が完全に開ける。声がした方を見ると、そこには赤い鎧を身にまとった赤髪の青年が立っていた。 

 状況が呑み込めず、結局私は再びその場に固まることになった。

 赤髪の彼は鋭い視線をアムレーラさんに向けていた。

 彼の鎧をよく見ると、王国の紋章が刻まれていた。

 私はこの紋章によく見覚えがあった。そう、間違いない。この人は……

「このパルシオン=アドルレッドの前で潔く白状するがいい。貴様が魔術師アムレーラだな?」

 パルシオン。この国の一番隊の騎士隊長を務める男。

 自信家で情に厚い、国王の息子。つまり王子で、この国の次の国王になる人。

「そう、と言ったらどうするのかしら?」

 アムレーラさんは動じていなかった。

 しかし、さっき私に何かしようとしていた時よりも遥かに殺気を放っているように感じた。

「答える必要はあるのか?」

 悠々と告げながら、剣を抜くパルシオンさん。その剣は一回り大きく、赤色の光を放っているように見えた。

「確かに、その必要はなさそうね」

次の瞬間、一気に踏み込み駆け寄るパルシオンさん。アムレーラさんはふわりと私の近くまで飛び退き、そのまま私の腕を掴んだ。

「えっ!?」

「ふふっ、ごめんなさいね」

 その様子を見て、足を止めその場に固まるパルシオンさん。

「貴様、その少女から離れろ!」

「動かないほうがいいわよ。それ以上近づいたら……分かるわね?」

 自分が人質にされたのだと気付くまで数秒かかった。

 これは、私は抵抗した方がいいのだろうか? ……でも、余計なことはしない方がいい気もする。

 それに、この状況なのに、私はあまり危機感を感じていなかった。

 何故かと言われると、さっきまで感じていたような殺気がアムレーラさんからしなくなった……気がしたからだ。この状況で曖昧なことを言ってる場合ではないのかもしれないが、それでもアムレーラさんからはどこか余裕を感じられた。私は彼女に腕を掴まれているが、その手にあまり力は込められていなく、どちらかと言えば優しく握られている、という表現の方が正しいだろう。

「……下衆が。だが、そうしたところで貴様に逃げ場はあるまい。それに、俺はその少女を傷つけずお前を仕留めることだって不可能じゃないだろう」

 パルシオンさんはそういうと、再び剣を構えた。

「そうかもね。でも、そんなことはもうどうでもいいの。ちゃんとあるのよ、逃げ場。私はちょっと時間を稼げればそれでよかったの」

 アムレーラさんはそういうと、いつの間にか服の裾に突っ込んでいた手から何かを取り出した。

「ッ! 貴様、待てッ!」

 慌てて駆け寄ってくるパルシオンさんをよそに、アムレーラさんは取り出したそれを悠々と掲げた。

「じゃあまたね、あなたには二度と会いたくないけどね!」

 アムレーラさんがそういった瞬間、辺りは紫色の光に包まれて何も見えなくなった。

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