王城に届いた予言
「こちらにお乗りください」
そう言われ腕で示された方を見ると、そこに見事な馬車があった。二頭のたくましくも気品が感じられる馬が繋がれていた。
「えっと……、じゃあ、失礼します」
おずおずと馬車に乗った。普通の一般市民であれば一度だって乗れないだろう。
そういえばよくお花を買いに来るリヨちゃんも、馬車に乗るのが夢だって言ってたっけ。そんな馬車に色んな人を差し置いて乗ることに、後ろめたさを感じずにはいられなかった。
カタカタと揺れる背もたれに身を委ね、窓の外をただただ眺めていた。最初は憂鬱な気分だったのだが、街の様子を観察しているとだんだんと楽しくなってきた。不穏な空気はあったが、なんだかんだ街は賑わっている。
今日は快晴で、窓を開けるとさっきの心地の良い風が吹きこんできた。子供たちは駆け回り、大人たちは元気に仕事に取り組んでいる。ふわりとなびく髪を手で抑えながら、本当に平和だなと、改めて思った。
エルファス=アドルレイン。この国、アドル城塞王国の現国王様。女王様が亡くなられてなお一人でこの国を守る王様は、人々からとても敬われていた。とても正義を重んじる荘厳な王なのだという。
あまり国がどうとかを気にしたことがないただの一般市民の私とは、あまりにも格の違う存在だろう。そんな人のいる場所に向かっているのだと思ったら急に心が落ち着かなくなってきた。
まぁ、別に王様に会える訳でもないのだろうし、もっと気楽にいてもいいだろう。そう思った。……そう思っていた。
「顔を上げよ。口を開くことを許可する」
「あ、有り難うございます、国王様」
何故か私は国王の前で跪いていた。
どうしてこうなったのだろうかと聞かれると……私にもわからない。いや、本当に。
案内されるがままついてきたらこの状況に行き当たったのだ。王に謁見する作法も言葉遣いも知ってるわけがなく、少し動くたびに酷く緊張して喉が渇く。
まるで今の私は砂漠の中にポツリと一輪だけ咲く萎えた花のようだった。
「国王様、彼女は一般市民で、礼儀や作法についてはあまり造詣が深くない。どうか、ご容赦ください」
「構わん。ここでの発言と立ち振る舞いは不問とする。落ち着いて話をしてくれればよい」
助かった。私にオアシスからもたらされたような一滴の水が垂らされた。……できればこの王城という砂漠から返してほしいのだけど。
と、いうか私の店にやってきた青髪の彼。やっぱり身分の高い人だったようだ。今は王様の隣に静かに立っている。それなら無礼講とか今更なのかもしれない。
もうこうなったらヤケだ。どうにでもなれー!
「えっと……それで、私に話とは、なんでしょうか?」
私の方から切り出した。声は若干震えていたが、なんとか伝わったようだ。
「察してはいると思うが、今回聞きたいのは例の魔術師の事だ」
「魔術師……確かに、あの人はまさしく、という格好をしていましたが、でも、変な格好をしているだけの一般人かもしれないのでは?」
「ふむ、なるほどそう思うか。しかし、根拠もなく断定したりなどはせぬ。……おい、例のものをもってこい」
アドルレイン王がそう命令すると、一人の従者がその場を離れた。二十秒ほどたった後、何かを抱えて戻ってきて、王にそれを手渡した。
「……! それは……」
私は手渡されていたものがなんであるかすぐに気付いた。これでも、花に関することだけはそれなりの自信があるのだ。
「どうやら思い当たる節があるようだな。そう、これは元々は白い花だ。どの花か調べさせたところ、ガーベラ、という名の花らしいな」
ドクン、と心臓が高鳴り、胸が苦しくなった。
王の手元にはまさしくガーベラの花束があった。しかしそれは全てが白いガーベラの花束ではなく、花束のうち四つの花がそれぞれ赤、青、黒、黄に塗りつぶされていた。そして何よりも。黄のガーベラの花びらはボロボロになっていて、そして花首が折られてしまっていたのだ。
「この花束は昨夜、この王の間にいつの間にか置かれていた状態のままだ。そう、このメッセージカードと共にな」
そういうと王は花束の中から一枚のカードのようなものを取り出した。そこには、魔術師アムレーラより、という文字が書かれていた。
「魔術師アムレーラといえば、預言で有名な魔術師。そしてこの花束は、白い花の中心に、赤、青、黒、黄の花。そして三つの花に守られている黄の花の首が折れている。これが何を意味するかは言わずとも分かるだろう」
予言の意味はすぐに分かった。花の色は人物を指しているのだろう。白色がこの国の国民で、赤、青、黒がそれぞれ騎士隊の色。そして、折られている黄の花は王様を指しているのだろう。その黄の花が折れているということは、王様に何か不吉なことが起こるということを示しているのだと読み取れた。
しかし私は、予言の内容よりも……花が塗りつぶされていること、そして折られていることに心を痛めていた。
昔から、お花を粗末に扱われる事が嫌いだった。やんちゃな子供達が踏み荒らしたり、いたずらでちぎられたお花の姿を見て泣いたこともあった。
王様が死ぬと予言されていることよりも、花が予言の道具に使われたことに対して嫌悪感を抱くなんて、私は国民失格なのかもしれない。
「さて、お主は昨夜ガーベラの花を売ったと言ったらしいな。詳しく話を聞かせてもらおうか」
「はい……」
その後。いくつか簡単な質問に答えただけで王への謁見は終わった。そもそも花を売った、というだけでそこまで情報を知っている訳ではないのだ。どんな容姿だったとか、いつぐらいに来てどこへ向かったのかとか、そこまで有益ではない情報しか知らないのだ。
帰りの時も馬車を出してくれた。しかし行きとは違い、同じ様に揺られているはずなのに気持ちは明るくなかった。街の賑わっている音が少し遠くに聞こえた。
そうしているうちに馬車が止まった。何時の間にか見慣れた場所へ着いていた。ああ、降りなきゃ。いっぱいいっぱいになってあまり働かない頭でそう思い降りようとしたとき、馬車の段差でバランスを崩し転んでしまった。
「あっ」
思わず小さく悲鳴を上げる。硬い石の地面にぶつかる衝撃を覚悟していたのだが、私の体は優しく受け止められていた。顔を上げると、近くに青色の騎士の人の顔があった。
「お怪我はありませんか?」
「あ、ごめんなさい……」
「いえ、お気になさらず。……どうやら少し気疲れされてしまっているようだ。無理もない。あのような話を唐突にされたのですから」
「いえ、そんな……私は大丈夫です」
「あなたは気丈な女性ですね。その優しくもあり、そして力強い赤い瞳が本当にあなたによく似あっています。……しかし、根を張り詰めすぎるのも良くはありません。どうかごゆっくり休んでください」
彼は私の体を優しく起き上がらせながらそう言ってくれた。
傷付いた心に優しさが染みる。お礼を言わなきゃと、少し気を持ち直した。
「有り難うございます。少し、元気づけられました」
「少しでも、あなたの心を癒せたのであればよかった。……これは失礼。まだ、自分の名すら名乗っていませんでしたね」
彼はそういうと、改めて私に向き直って名乗った。
「私はフェリウス。フェリウス=アドルブルーという名のしがない騎士だ。あなたの名前を伺っても宜しいだろうか」
「……ふ、フラル、です」
「フラル。なるほど、優しいあなたらしい素敵な名だ。私に何か力になることがあったら、王城の兵士にあなたの名を伝えてください。あなたの力になることを約束します」
彼はそう言うと、丁寧に一礼し馬車で去っていった。
取り残された私はその場に呆然と立ち尽くす事しかできなかった。周りの人の視線を感じたが、それでも動けなかった。
そう、フェリウス=アドルブルーと言えば、この国の二番隊の隊長その人の他ならなかった。いくらこの国の兵士に無関心な私でも、それくらいは知っていた。
「はぁ……」
深いため息が口から零れ落ちる。身分の高そうな人だと感づいていたとはいえ、まさかそこまでの人だとは思ってなかった。そんな人に少しでも甘えようとした自分のおこがましさに心が重くなった。
結局その後、店を開ける気にもならず布団に転がってボーっとしていた。いつもはずっとやれそうな花の手入れも、水やりをするくらいで手が止まってしまった。
今日この短時間であまりにも多くの出来事が起こりすぎて、私のキャパシティは限界だった。
王様やこの国が誇る騎士に会って話をしたことだったり、王様の殺害予告を知ったことだったり、その予告に私が売った花が使われたことだったり。
特に私が一番堪えたのは最後のことだった。昔、父からお花は大切にしろと教わったことがある。私はそれ以来ずっと、丁寧に愛情をこめてお花を扱っていた。
そんな私の育てた花が道具として使われ、ましてや色が塗りつぶされていたり、花首を折られていたりしたのだ。そしてそれをしたのはほぼ間違いなく、私がお花を売った彼女、魔術師アムレーラだろう。
自分の中で勝手にとはいえ、いい人かなと思っていただけに裏切られたような気持ちになった。
怒ったらいいのか、泣いたらいいのか。まとまらない気持ちに包まれながら私は父のことを思っていた。
今頃どこで何をしているのだろうか。そもそも生きているのだろうか。
私の父は、今から七年以上も前、私が十歳になるよりも前に行方知れずとなった。
もともと父は冒険家……城壁の外へ出て、色んなところを旅している人だったので、急に帰ってこなくなったとして不思議なことではなかった。これだけ長い間帰ってきていないのだから亡くなっていてもおかしくはないだろう。
でも、既に母を亡くしている私にとって、父がいなくなるということは家族がいなくなるということだった。幼かったこともあるが、当時は心細くて仕方がなかった。
父は今の私を見たらなんて言ってくれるだろうか。周りの人に助けられながらも、一人で母のお店を継いで、不自由ないくらいの生活を元気に送っているよ、なんて報告したら喜んでくれるだろうか。きっと、父の事だから泣いて喜んでくれるかもしれないな。
そんなことを考えていたら、いつのまにか寝てしまっていた。とても懐かしい夢を見ていた気がするが、うまく思い出せなかった。ドンドンと戸を叩く音が聞こえる。
ドアを開くと、アレクシスさんが立っていた。
「今朝、王城に連れてかれたんだってな? 何があったかは知らねぇが、帰って来てからも店を開いてないもんで、心配してきちまった」
どうやら、朝のことを聞いて心配してきてくれたらしい。手には魚が入った袋が握られていた。彼の大きな背中からはオレンジ色の光が差し込んでいた。どうやら思っていたよりも眠ってしまったらしい。
そんなに心配をかけて居られないと、精一杯の笑顔でお礼を言った。アレクシスさんは少し不安そうな顔をしていたが、無理はするなよ、と一言残して去っていった。
差し入れてくれた魚の美味しさと共に、人の優しさの温もりを噛み締めた。
昔、私が一人ぼっちになってしまったとき、ご飯をくれたり、一緒に遊んでくれたりする人たちはたくさんいた。アレクシスさんもそのうちの一人で、本当にお世話になった。
私は本当にたくさんの人に助けられて生きていると思う。何度も実感していることだった。だから私は、お金よりも、名声よりも、人々の優しさというものを優先して生きたいのだ。
ちょっと色々とあって疲れていただけだ。きっと、王様だって無事でいてくれるし、この平和は崩れないだろう。だからまた明日からも頑張ろう! そう強く思ったのだった。




