陰と陽
今回も途中、視点変更があります。
目の前に立つ、パルシオンを見据える。
「わざわざ俺に何の用だ?」
「言わせるな。貴様はエフェラがどうなったのか知っているんだろう。今ここでそれを問いただす」
そう言うと、パルシオンは剣を引き抜き構えた。
エフェラ。それは今は行方不明になっているパルシオンの想い人の名前だった。パルシオンとエフェラは本当に愛し合っていた。俺が王になったらこの国をより豊かにすると、そう熱く語るパルシオンと、それをいつも笑って聞いていたエフェラ。今でも、二人の姿を覚えている。
今、目の前に立つパルシオンは独りだ。ああ、そうだ。パルシオンも、被害者なのだ。しかし……乗り越えないことには先はない。
「……お前は、乗り越えることができるのか?」
パルシオンの目を見て問いただす。
「乗り越えるだと? 違う、俺はただ決着をつけるだけだ」
パルシオンの瞳は、ただ怒りにまみれているだけだった。もう逃げるつもりはなかった。戦わなければならない。俺も、パルシオンも。
懐から短刀を取り出し、応戦の構えを取った。
「……貴様、俺相手にもその魔刀を使わないつもりか?」
「お前は知っているだろう。この魔刀は魔物用だ。人に向けては使わない」
「そうか。ならば精々あがいて見せろ。俺はエフェラの為なら魔物にでもなってやる」
そう言うと、パルシオンは思い切り踏み込み、距離を詰めてきた。そして、近寄るや否やその両手に持つ剣を俺に向かって突き立ててくる。それをひらりと後ろへ飛び退いて躱す。
「一応教えてやるが、闇の中での戦闘は俺の専門分野だ。手を抜いてるなどと思うなよ」
普通なら、パルシオン相手に短刀で戦っても勝ち目はないだろう。だが、闇の中での戦闘なら話は別だ。常に闇と共に行動し、任務を遂行する俺にとって、夜というのは絶好の環境だった。
「ならば照らせばいいだけの事! 火の精よ! 俺の命に応えろ!」
パルシオンがそう念じると、彼の持つ剣に火が灯った。そして。
「この炎で陰を引き裂く! 『火炎斬』!」
その剣を思いっきり薙ぎ払った。炎はそのまま宙を飛び、辺りを照らしながら迫りくる。
パルシオンの得意とする、炎の魔法と共に剣を振るう戦術だ。威力も早さも十分で隙がなく、この剣技に受けきることができる人はいないだろう。だが。
「照らせば捉えられるというわけではない! 『陰舞踏』!」
炎を紙一重で躱し、体を自らの体の陰に忍ばせる。闇に隠れ、それと同化し動く俺にとって、照らしてから切るパルシオンの剣は一歩遅かった。
そのまま陰は四つに分裂し、円になってパルシオンを囲んだ。そして一斉に切りかかる。
「くっ!」
四つの影は絶え間なくパルシオンに向かって切りつける。全てギリギリのところで弾かれてはいるが、パルシオンの剣は俺の体を捉えられずにいた。
「喧しい真似を! まとめて消し飛ばしてやる!『光環』!」
耐えかねたのか、パルシオンが剣を思いっきり周囲に振り回した。この技は炎がパルシオンを中心に渦巻き、辺りを巻き込みながら膨れ上がる。攻防一体の大技だった。しかし。
「甘い!」
剣を振り回す動作には大きな隙が生まれる。そして、炎の渦の中にさえ入ってしまえば、あの炎は無害であるということを知っていた。パルシオンが剣を振り回し、炎が生まれるその一瞬のうちに距離を詰めた。そのままパルシオンの腹に思いっきり蹴りを入れる。
「ぐっ!」
パルシオンの動きが止まった。その隙を逃さず、足を払って転ばせた。そして倒れ込んだパルシオンの首元に短刀を構える。
「言っただろう。闇の中での戦闘は俺の専門分野、この闇全てが俺の陰であるということと同義だ。例え炎を扱えたとしても、四方八方が闇では全てを照らしきることはできない」
パルシオンは藻掻き、俺の腕を掴んできた。腹に蹴りを入れ、その腕をほどく。
「ぐはっ……ッ、答、えろ」
それでもパルシオンは怯むことなく、俺の事を睨んできた。
「エフェラは今どこにいる! どうなったんだ! 答えろ!」
闇の中にその怒声が響く。倒れてもなお、一切怯まぬその気迫。パルシオンは、本当に恋人を愛していたのだろう。
「……お前の恋人、エフェラは死んだ。この王城に現れた悪魔の生贄とされた」
「ッ!」
だが、そんなことは誰もが知っていた。この国の市民も、俺も、王も。誰もが二人を認め、祝福していた。皆、二人が結ばれることを祈っていた。
「……ソレは、唐突にやってきた。突然この平和な国に現れた。誰が召喚したわけでもなく、当たり前のようにここにきた。そして、たまたまお前に会いに、王城に来ていたエフェラの魂を奪った」
今でも、あの日をよく覚えている。平和が上辺だけのものになり、自分に深く絶望した日の事を。
「その日、その時刻。お前とフェリウスは偶々共同で城外警備に当たっていた。ソレを見たのは一部の兵士と、王と俺、そしてエフェラだけだ。そして、ソレをみた兵士とエフェラは全員殺され、魂を奪われたがな」
悪魔。人々を弄び、奪い、そして絶望へと叩き落す存在。悪魔に魂を奪われるということは、永遠に安らぎを得ることがなく、苦しみを味わい続けることを意味していた。
「……あれは、一種の災害だ。誰にも防ぎようがなかった。俺もソレを仕留めようとしたが、刃を当てることもなく敗北した」
俺の戦法は、つまるところ錯覚だった。相手の視覚、聴覚、時には嗅覚や触覚まで、それらの感覚を騙して近寄り、止めを指す。だが、それは悪魔には全く通用しなかった。まるで位置を完全に把握されているかのようだった。
あまりの力差に絶望するしかなかった。まるで子供をあやすかのように弄ばれ、そして一瞬のうちに魔法を叩き込まれて動けなくなった、
「悪魔の目的は、より強き魂を手に入れることだった。エルファス王の魂を求めてここにやってきたのだ」
だが、王はそれに抗った。今、王が死ねばこの国に明日はないことを王自身はよく理解していた。
そう、次の王となるパルシオンは、まだ王となるにはあまりにも純粋すぎた。純粋に人を信じ、愛し、そして導こうとしていた。しかし、王はそれでは平和は守りきれぬことをよく理解していた。
「王は悪魔と交渉した。他の命を捧げる代わりに、少し時間をくれとな。悪魔は快諾した。この国に興味はない、より多くの魂が手に入るのであればそれでいい、とな」
それから、多くの兵士の命が犠牲となった。最後まで虚勢を保つ者、絶望に打ちひしがれる者。彼らは俺らに希望を託して散っていった。
「だが、彼らの命によって紡がれた時間は無常にも過ぎていくだけだった。王を継ぐべきはずのお前は、エフェラを亡くしてからは乱心し、とても王になるどころではなかったからな」
そんな取り乱す人に、真実を告げたらどうなる? 答えは簡単だ。その悪魔に挑んだだろう。復讐を果たそうとしただろう。
だが、それが叶わないことを誰よりも俺が理解していた。あの時の感じた強さの差は、例えこの国の兵士全員で挑んでも勝てるものではないと、理解してしまっていた。
「だから、俺らは待っていた。お前が恋人の死を乗り越える日をな。……パルシオン、お前はいい加減に――」
「……くくっ」
突然、パルシオンは自分の顔に手を当てて笑い出した。
「ハハハハハッ! そうかそうか、そういうことだったのか」
狂ったように笑うパルシオンに、薄気味悪さを覚えた。
「……貴様は、いや、我が父上、王でさえ、そうも軽々しく人々の命を投げ捨てたということなのか」
「ッ! そうではない! 誰もこんなことは望んでいなかった」
「だったらどうして! お前らは当たり前のように日々を過ごせたのだ! 何もなかったかのように! この虚勢の平和を過ごせたのだ! なぜ悪魔を打ち取ろうとはしなかったのだ!」
「そうするしかなかったからだ! あの場で全員悪魔に殺されるか、犠牲を払いながらでも市民の未来を守るか! お前は全員が死ぬ未来を選ぶとでもいうのか」
「黙れ、黙れ黙れ! この人殺しがァ!」
「ッ!?」
突然、叫びと共にパルシオンの体から熱気が溢れだした。たまらず、パルシオンから飛び退き緊急体制を取る。
ゆっくりと立ち上がるパルシオン。その体からは火が噴き出てしいた。その立ち姿はまるで、この世全てを憎む悪魔のようだった。
「貴様も、王も。ただの人殺しだ。犠牲の上に成り立つ平和などあってはならないということを教えてやる。貴様らもろとも悪魔を葬り、全てに蹴りをつける」
まるで自身の怒りを体現してるかの如く体から吹き荒れる炎。その炎を纏うパルシオンは、鋭い剣幕でありながら、少し苦しそうな表情をしていた。
(パルシオン。お前は本当に……純粋なのだな)
あの炎は、パルシオンの体自信を薪にして燃え上がっているのだろう。
だが、違う。それではダメなのだ。自己犠牲の精神では、人は守れない。自らの命をただ感情に任せ投げ売ってしまう人間に、王は務まらないのだ。
「いい加減にしろ! だからお前は未熟なままなのだ! この世が残酷であることをなぜ理解しない!」
再び『陰舞踏』でパルシオンを取り囲む。しかし。
「俺は未熟ではない! それを今ここで証明してやる!」
パルシオンから噴き出す炎が爆発するかの如く勢いを増した。四方を強い光で取り囲み、少しの隙もなく陰を焼き払う勢いだった。
「くっ……!」
陰がなければ、『陰舞踏』は使えない。分身はすべて消え、あまりの炎の勢いに身をかがめてこらえることしかできなかった。
次に目を開いた時、俺が見た光景はパルシオンが俺に向かって剣を大きく振りかぶる姿だった。
「ッ!?」
「これで終わりだ! 地獄の炎よ、この世全ての罪人を焼き払え! 『業火刃』!」
辺りを埋め尽くす黒き炎を最後に、俺の意識は途切れた。
時刻は少し遡り、同じ裏庭にて。
「フラルさん、本当にごめんなさい……一番支えてあげるべき時に、傍にいられなくて」
「気にしないで下さい、フェリウスさん。私はもう大丈夫ですから」
時間でいえば、そんな長い間離れていたわけではないが、彼とはとても久しぶりに会うような感覚だった。彼の優しさは私の心をとても穏やかにしてくれる。
「それで、この後どうするんですか?」
「とりあえず、あなたをパルシオンから隠そうと思います。今の彼が異常だということは今日の昼間、私もよく理解しましたから」
今思えば、二人の騎士隊長にもう一人の騎士隊長から守られるというのは中々凄い立場なんじゃないのだろうか。まぁ、それも今となっては今更の話だ。これからどんなことになろうが、私は立ち止まるつもりはなかった。
「とりあえずは私の部屋で匿おうと思います」
「えっ、フェリウスさんの部屋でですか?」
「はい。……他に当てもないもので、すいません」
「フェリウスさんは何も悪くないですよ! 私の方こそ、迷惑ばかりかけてごめんなさい……」
フェリウスさんの部屋にいれば、確かに安全だろう。しかし、このまま何もしないでいるということはなんだか悔しかった。
(ディテイスさんは、私に色々なことを教えてくれた……)
本来は絶対に言わないであろうことを私には言ってくれた。何ができるわけでもないのかもしれないけど、彼の行動に応えたかった。
(私も何かしたい。今の私ができること……)
彼の話を思い出しながら、今回の件について頭の中でまとめてみた。
今から五日前、王城に突如としてアムレーラさんからあるものが届けられる。それは、私の花を使った王が殺害されるという予言だった。王は情報を探るべく、フェリウスさん経由で私を王城へ連れてこさせ、尋問をした。まぁ、得られるものは殆どなかっただろうけど。
その夜、ディテイスさんが私に家にやってくる。その時はまともに話もせずに立ち去ってしまった。
それから二日間は特に何も起きず、三日目の昼にアムレーラさんが私の家にやってきて、そしてそのまま私は連れ去られることになる。そして、精霊魔法を教わり、そのまま夜。依然あった時につけられた追跡魔法によって、ディテイスさんが私達の元へやってくる。その時、アムレーラさんとディテイスさんは今回の件について話していた。
その翌日、つまり今日。私を心配し訪ねてきたフェリウスさんと王城の外へ、しかし帰ってくると私の家は焼け焦げ、アムレーラさんは殺されてしまっていた。その後、家を失った私はパルシオンさんによって王城に連れてこられるが、ディテイスさんとフェリウスさんによって匿われ、今ここに至る。
こうしてみると……私からしてみれば色々なことがあったが、肝心の予言の件については何もわからないままだった。よくわからないまま、突如として理不尽が襲ってきているような感じだった。
今回の件について、最も情報を知りえているのは、アムレーラさんとディテイスさんだろう。間違いなく、この二人はキーマンだった。しかし、今この二人と話ができない以上、情報を得ることは難しい。
(本当に、そうなのかな……?)
考える、考える、考える。そうだ、今回の件は知らないことだけじゃない。分からないことがあった。その理由を読み解いていけば、答えに近づけるかもしれない。
(そうだ。アムレーラさんが、私の家にいた理由が分からないままだ)
アムレーラさんは王城が、パルシオンさんが危険なのを理解していた。それでもなお、この王城に現れ、そして……。
その理由を本人から聞くことはもう叶わないだろう。でも。あの場所に手掛かりぐらいはあるかもしれない。
(アムレーラさんが死んでしまった場所。そう、私の家)
今はもう焼け焦げてボロボロになってしまったけど、何かはあるかもしれない。行ってみる価値はあると思った。
「フェリウスさん。行ってみたい場所があるんですけど、いいですか?」
「構いませんよ、ただし、他の兵士にばれないようにですが……どこへ行きたいのですか?」
「私の家に行きたいんです。アムレーラさんは、私の家で殺されてしまいました。でも、アムレーラさんがどうして私の家にいたのか、その理由がまだわかってないんです。もしかしたら、手掛かりぐらいはあるかもしれないって思って」
「フラルさんの……家。その、いいんですか?」
フェリウスさんは不安そうに私に聞いてきた。彼は私の心を案じてくれているのだろう。本当に優しい人だ。だからこそ、私は立ち止まらず歩けるのだ。
「ありがとうございます。フェリウスさん。でも、私なら大丈夫です……行きましょう」
「! ……分かりました、今度こそ、何があってもあなたを守ります」
私と彼は深くうなずき、王城の外へと向かった。
夜の街。人が居らず、店も閉まっている。いつも通ってる街並みが、ただ夜であるというだけで全然違って見えた。
通いなれた魚屋さんを通り、いつもの大通りを超えて……私達は辿り着いた。
「……着きましたね」
「……はい」
焼け焦げた木の山となった私の家。それは規律正しく並んでいる街並みの中に放り投げられた異物のように、そこにあった。手作りの看板も、大切に育ててきたお花たちも、全て燃えてしまっていた。
胸が苦しくなった。目に熱いものがこみ上げてくる。それをグッと堪え、私はそれらに近づいた。
炭になってしまった木片を手で一つ一つどける。フェリウスさんも何も言わず付き合ってくれた。ガシャり、ガシャりという音が夜の道に吸い込まれていく。
「……あ、これ」
そんな中、とあるものを見つけた。それは、私がいつも愛用していたガーデニング用のはさみだった。ススで黒く汚れていたが、はさみ自体は無事だった。これは父から貰ったもので、元は私の母のものだったらしい。
(……お母さん)
私はそれをギュッと握りしめ、ポケットの中へとしまった。近くにあるだけで、母が見守ってくれているような気持ちになった。
「……おかしい」
不意にフェリウスさんがそう呟いた。
「どうしたんですか?」
「その、アムレーラさんの遺体が見つからないんです」
「……そういえば、見つからないですね」
例え焼けたといっても、死体が全く残らないのはおかしい。もしかしたら……と、淡い希望を抱いた。本当にアムレーラさんは死んでいないのかもしれない。
「これだけ血痕が残っているのに遺体がないのは……ッ、これは!?」
「どうしたんですか、フェリウスさん……あっ」
そこにあったのは。生々しい血痕の後。しかしそれらはある規則通りに並んでおり……
「これは……文字ですね。アムレーラがものなのか?」
「……アムレーラさん」
彼女がここに来た理由は、これを伝えるためだったのだろうか。しかし、書かれている文字は少し複雑で、ただの一般市民の私にはその文字を読む力がなかった
「フェリウスさん、なんて書いてあるんですか」
そう聞いてみる。しかし。
「……ごめんなさい。私にも、学はないのです。教わったのは、戦い方を振舞い方だけでしたので」
「そう、ですか。分かりました」
せっかくアムレーラさんが残してくれたものなのに。それを見つけたのに。それを読めないのがとても歯がゆかった。
「……明日、これを学がある兵士に見せましょう。フラルさん、今日はそろそろ休みましょう」
「……そうですね。分かりました」
結局、分かったことは何もなかった。相変わらずの結果だけど、でも。
(……見つけることができた。アムレーラさんの言葉)
きっと、行動していなければ分からなかっただろう。気付かれないままかたずけられてしまった可能性もある。
そう思うと、少し気持ちが楽になった。私が踏み出した一歩の初めての成果は、ととも小さいものだったけれど。確かに私が前に進めてくれていることを確かに示してくれていた。




