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Flower Knight  作者: 素歌
11/16

影は静かに見届ける

 闇の中の街を翔ける。明かりのついてない家。人のいない通り。月と星だけが輝く空。そのすべてがいつも通りだった。家の屋根の上から上へと飛び移り、空から街を静かに覗く。

 

 ふと王城の方を見ると、フェリウスとフラルの姿が視えた。隠れていればいいものを、どうやらどこかへ出かけるらしい。軽く手をあげて合図を送ると、どこからともなくやってきた黒い鎧に身を包んだ兵士が現れ、俺の隣で膝を立てる。

「彼らを守ってやってくれ。それと、今日から暫くお前が代わりに指揮をとれ。俺は少し戻れなくなるかもしれん」

 簡潔にそう伝えると、その兵士は頷きまた闇へと消えた。

 再び夜の静かな空を翔ける。こちらを覗く三日月を睨み返しながら、今日起きた出来事を思い出す。




 いつも通り正午に目を覚ます。部屋を出てすぐ、三番隊の兵士に引き留められた。どうやら報告があるらしい。

 報告を受けると、どうやらパルシオンの行動がおかしいらしい。今日アイツは街内の巡回をしているはずだったが、そのルートから大きく外れて何かをしているとのこと。

 アムレーラの予言以来、どうも様子のおかしいパルシオンに監視をつけておいて正解だったようだ。

 兵士に下がれと命令し、子急ぎで街へと走り出した。


 街へ出ると、少し街がざわついていた。人々の会話に耳を立てると、どうやらアムレーラが現れたらしい。それで今パルシオンが追跡中だそうだ。

 一応警告はしたはずだが。それを無視してでもアムレーラがこの街に来る理由があったのだろうか。

 ドタバタと慌てた音を立てながら赤い鎧を被った兵士が走っていく。こっそり後ろを付き、人波をかき分けて進むと、そこにはアムレーラとパルシオンが対峙している姿が視えた。


 パルシオンは既に剣を抜き、その剣は炎に包まれていた。対するアムレーラの方は、体がところどころススで黒く汚れていた。既に何回か食らったのだろう。

 すると、アムレーラが両手をあげる姿が視えた。流石に旗色が思わしくなかったのだろうか、逃亡を諦めたのだろう。

 普通なら、彼女は予言をしただけの存在だ。捕らえられ尋問はされるだろうが、普通は殺されることはないだろう。だからこそ彼女はあっさりと諦めたのだろう。

 しかし。パルシオンは一切の躊躇を見せず、そのままアムレーラに切りかかった。

 アムレーラはすんでのところで身を引いたが、脇腹を少しえぐられていたようだった。

 すぐに体勢を立て直しそのまま何か魔法を唱え、紫色の光と共に転移で逃げたようだ。しかし……

(今、この国には特殊な結界が張られている。転移で入ることはできるが、場所を知られる上に、内から外へは出れない。さて、どこかへ転移したようだがそう遠くへは逃げれていないだろう)

 パルシオンも当然そのことは分かっているようで、落ち着いて当たりの兵士へ捜索するように命じていた。見つかるのは時間の問題だろう。


 アムレーラは重要な人物だ。ここで殺されるのは困る。しかしこうも堂々とやりあっているのであれば、今から二人の戦闘を止めるのは厳しいだろう。仮に止めようと俺が乱入したところで分が悪い。

 実力の話ではない。単純にホンモノの王子様と、ただの嫌われ者では、どちらが信じられるかは火を見るよりも明らかだからだ。下手をすれば俺が反逆罪で囚われる可能性もある。


 ならば先回りををするしかないだろう。アムレーラが行きそうな場所を考える。

 この騒ぎを聞きつけた人々の波に紛れて隠れているのだろうか。いや、アムレーラは負傷している。そんな事をすれば既に騒ぎになってばれているはずだろう。


 ……そう言えば、アムレーラの使っている転移の魔法は、一度行った場所にしか行けないという制約があったはずだ。だとすれば候補はアムレーラが一度訪れた場所ということになる。

 アムレーラが現れた場所。王城はその一つだが……流石にあり得ないだろう。

 とすると、もう一つ。訪れていた場所があることを思い出す。可能性は薄いような気もするが……ここで立ち止まって考えているよりかはマシだろう。すぐにその場所へ向かった。


 半分以上は賭けだったのだが、結果としてはビンゴだった。アイツ、余程あの少女を信用しているのだろうか。あの花屋の窓からチラリとアムレーラの姿が見えた。

 さて、何をしに来たのか、口封じされる前に問いただせねばなるまい。そう思い、窓から侵入しようとしたその時。

「ふん、もしやと思い来てみれば、どうやら正解だったようだな」

(パルシオン! まさか、こんなに早く居場所を突き止めるとはな……)

 花屋の入り口のところに立つパルシオンの姿が見えた。パルシオンからはアムレーラの姿は見えていないはずだが、アイツには気配探知という魔法が使えたはずだ。


 気配探知……精霊魔法の一種であり、近くにいる生物の声を聴く魔法。要するに、そいつの発する声を聴いたことがあれば、このように探し人の要領で使うこともできるのだ。

 しかし、街中で使えば、他の人々の声が邪魔をする。ある程度場所を絞って使わなければならないはずだが、パルシオンは俺と同じ見立てをしてこの場所を突き止めたらしい。


 それにしても。精霊魔法を扱う者は素質が必要なのだ。自然や生物を愛し、そして愛されるという、ある種のカリスマのようなもの。

 精霊魔法が使えるということは、人としての器の大きさを意味している。殆どの人間が使おうと思っても習得できるものではないのだ。

 例えばフェリウス。アイツは人からの信頼は厚いが、まだ人として器が未熟だから扱えないだろう。……当然だが俺も扱うことはできない。そもそも俺は身も心も穢れているからだ。

 つまり、パルシオンは少なからず精霊からも愛されるような器の人物だったということだ。

 しかし。扉の前に立つパルシオンは何かを恨んでいるような険しい形相をしていた。……今のアイツは正常な判断もできなければ、優しさという物の欠片もないだろう。民を愛していた彼の面影は一切感じられなかった。


 さて、こうなってしまった以上迂闊に行動はできないだろう。幸い俺の存在にはまだ気付いていないようだった。アムレーラには申し訳ないが、ここは一つアイツの気が済むまでボロボロになってもらい、死ぬ寸前に俺が止めに入る、という手段を取ることにした。


 しかし……あまりにも、誤算だった。誤解していた。流石に今のパルシオンがおかしいとはいえ、一般人を巻き込むようなことはしないと思っていたのだ。その勘違いがこの状況を招くことになった。


 パルシオンはおもむろに剣を引き抜くと、剣に炎を宿し、一切の躊躇なく家に切りかかったのだ。木でできた家はすぐに燃え広がり、崩れていく。すぐに花々にも飛び火し、火は一気に膨れ上がった。

 あまりの熱気に近寄ることもできなかった。パルシオンはその火の中を悠々と進む。崩れていく家の中、よく見えなかったがパルシオンが何かを掴んでいるような後姿が見えた。そして、それに思いっきり剣を突き立てた。

 そして次の瞬間、思いっきり火の柱が上がった。あまりの熱気に耐え切れず、顔を腕で覆うことしかできなかった。


 数秒後、熱気が収まったのを感じ目を開けると、そこには返り血で赤く染まったパルシオンの姿があった。そして。

「聞け! 悪い魔術師は俺が今打ち取った!」

 そう叫んだ。それを聞いて、あまりの出来事に声を上げることもできず呆然としていた人々が一斉に歓声を上げた。


 その人々の歓声の中、俺はただ立ち尽くすことしかできなかった。文字通り何もできなかった。重要な人物の命を守ることも、哀れな一人の少女の家を守ることも。何もできなかった。

 俺は。何の為にいるのだろうか。王に捧げたこの体で。戦うこともできなかった俺は、いったい何をすれば……。


「どいてください!」

 ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。その方を見ると、そこにはあの少女の姿があった。少しずつ、状況を理解したのか、その顔はみるみる絶望に染まっていった。

 人の表情が絶望に変わる瞬間など、いくらでも見てきた。そんな人々に、この手で幾度となくとどめを刺してきた。しかし……その度に感じるのだ。俺は道具のような人間だが、心まで道具になりきることはできなかった。


 遅れてやってくるフェリウスの姿が見えた。アイツがパルシオンに口答えし、怒りをあらわにするところなど初めて見たような気がする。去っていくフェリウスの背中が、とても小さく見えた。思わず近寄り声を掛けた。

「フェリウス……」

「……! ディテイス! すまない、頼みがあります!」

「……なんだ」

「私はこの後、見回りに行かねばならない。だから、彼女を守ることができない。だからその間、その間だけでいい、彼女の事を私の代わりに守ってあげてほしい……彼女はこれから王城へ連れ去られてしまう。そして、今回の事について教えてあげてほしい。彼女は知りたがっているはずだから。ディテイスしか頼れる人がいないんだ。だから、頼む……」

 息もつかずそう言い、頭を深く下げるフェリウス。

 ――すまない。こうなってしまったのは、俺が何もできなかったからだ。

 そんな言葉を飲み込み、俺は軽く分かったと返事をし、王城へと向かった。



 馬車よりも一足先に王城につく。普通なら不可能なことなのだろうが、俺の体はそれを簡単にやってのける。当たり前だ。その為に鍛えてきたのだから、それくらいはできなくては困る。

 見張りの一番隊の兵士に声をかける。

「おい、そこの兵士」

「あ、アドルブラック隊長! 何か御用ですか……?」

「今から王城に客がくる。今第一客室は空いているか?」

「今は特に誰もいらっしゃらない筈ですが……」

「ならばそこへ案内してやってくれ」

「ハッ! しかし、第一客室に招くような人物がくるとは聞いていないのですが……?」

「ああ、ただの一般市民だからな」

「え? それなら何故……」

「理由を聞きたいのか?」

「! い、いえ、承知致しました! そのように致します!」

 少し圧をかけて睨んだだけで、その兵士はあっさりと了承した。 三番隊の隊長という形だけの肩書が役に立ってくれた。


 鐘の音が響く。暫くして、パルシオンが王城に帰ってくる姿が視えた。何気なく近寄り、声をかける。

「今日は随分と派手にやらかしたようだな?」

「やらかす? 騎士としての務めを果たしたまでだ」

「本気で言っているのか? アイツはあれでも話を聞かなければならない重要な人物だったと思うが」

「話を聞くこと以上に危険だと感じた。そう判断しただけの事だ」

「……なぁ、パルシオン。お前はまだあのことを引き摺っているのか?」

「! 貴様……二度とその事を口に出すな。さもなくば今ここで蹴りをつけてやる」

 そう言い剣の柄に手を置くパルシオン。その鬼のような形相に姿に周りの兵士がどよめいた。

「俺に話があるのなら夜にしろ。今ここで話すには人の目が多すぎる」

「……ふん。貴様、忘れるなよ。エフェラの仇は必ず果たす」

 そう吐き捨てるように言い、パルシオンはその場から去っていった。

(……アイツはここまで変わり果ててしまった)

 そうだ。俺は昔から、何一つ守れてなどいなかった。人を殺すだけの力では、大切な人を守ることはできない。母上もそのことは分かっていたのだろうか。


 第一客室へと向かう。見張りの兵士に向かって、変わるから下がれと言って追いやり、部屋に入る。

 豪華な部屋だった。特別な客のみを通す貴賓室なのだから当然だ。そのベッドに倒れ伏す少女の姿を確認した。どうやらあの兵士はしっかりと俺の言うことを守ってくれたらしい。

 彼女はすやすやと寝息を立てていた。よほど疲れていたのだろう。無理もない。なにせあんな光景を見せつけられたのだから。


「……おかあさん」

 突然そう彼女が呟いた。驚き思わず体を引いたが、反応がない。どうやら寝言だったらしい。

そっと抱き上げ、布団をかけた。そういえば、彼女の両親はどうしているのだろうか。少なくとも、俺が知る限りではあの家には彼女以外の人間の姿は見えなかった。……ああ、そういうことなのだろう。きっと彼女も独りだったのだろう。

 独りでいることの寂しさや辛さは、人一倍理解しているつもりだった。母上が居なくなった日以来、俺の心が休まった日など一瞬たりともないのだから。

 そんなことを思っていると、突然彼女が声をあげて泣き出した。それほどの悲しい夢を見ているのだろうか。それとも、泣きたくなるほどの懐かしい夢を見ているのだろうか。

 俺は一体、彼女に何をしてやれるのだろう。三番隊の隊長。ディテイス=アドルブラックには何ができるのだろうか。もしここにいるのがリヒトラス=アドルレインだったならば、俺は人々を悲しみから守ることができたのだろうか。

 そっと、彼女の涙を手で拭った。それぐらいしかできなかった。それでもなお、零れる涙を見て、気付けば手を握っていた。

 その小さくて弱々しい手を見て思った。彼女は、ただの一般市民なのだ。俺のような、最初から希望もなく生まれ、ただ不幸を作り出す人間とは違い、周りを幸せにし、そして幸せになるべき人間なのだ。

 こんな、国の面倒ごとに関わらなくてもいいのに。彼女は巻き込まれてしまった。きっともう、後戻りはできないのだろう。

「本当に、すまない……」

 力なくそう呟いた。


 暫くして、彼女が泣き止んだのを見て、そっと手を離し近くにあった椅子に腰かけた。

 フェリウスは彼女に教えてあげてほしいと言っていた。しかし……本当に、教えることが彼女にとっていいことなのだろうか。

 今ならまだ、引き返せるはずだ。何も知らないで、ただただ平和な日々を過ごすだけの人間になれるのだ。それでいいはずなのに。……どこかで、逃げないでほしいと思う自分がいた。

 押し付けだと、理解している。でも……彼女の瞳は、あまりにも母上の瞳に似ていた。初めて見た時、思わず驚いて見つめてしまったのをよく覚えている。

 彼女はきっと、自分の手で幸せを掴みたがる。自分の手で幸せを掴みとれる人間なのだろう。いや、そうであってほしいと、願っていた。

  人々から畏怖される三番隊の隊長が、ただの少女にここまで心を揺さぶられるとは。落ちぶれたものだと自分を嘲笑した。いや、本当は最初からそれが俺なのだ。分かりきっていたことだ。

 ベッドから物音がする。見ると、彼女が体を起こしていた。

 ――もう少し、休んでいてもいいのに。

 そう思う心を押し殺し、俺は彼女の意思を聞かなければならないと声を掛けた。




 結果として、彼女は言った。知りたいと。後悔したくないと。その言葉に、やはりそうなのだと悟るような気持ちになる自分と、その言葉を待ち望んでいたような自分がいた。

 何はともあれ、もう後戻りはできない。全ては動き始めてしまった。恐らく、そう遠くない内に今回の件は終わるだろう。結末がどうであろうと。

 王城に着いた。夜になれば、流石に見張りの兵士も少なくなる。その中でも特に人のいない裏庭に立ち尽くす人物がいた。

「パルシオン、こんな夜中に何をしているんだ?」

「分かりきっているだろう。お前を待っていた」

 俺は戦い続ける。戦う相手が誰であろうと、この先に待つものが何であろうとも。

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