光の差し込まない部屋
途中、視点変更があります。ご注意ください。
「暫く目を瞑っていろ」
「えっと、はい。分かりました」
部屋を出るなり早々ディテイスさんにそう告げられ、言われるがまま目を閉じた。次の瞬間。
「えっ、ちょっ、ディテイスさん!?」
「あまり声を立てるな。しばらく静かにしていてくれ。それと目は絶対に開けるな」
そうは言われたものの、動揺は隠せなかった。彼が突然私を抱き上げ移動していくのが感覚で分かったからだ。とりあえず、言われたことは守ろうと必死に目を閉じ口を瞑る。
目を閉じていると、とても音に敏感になる。ディテイスさんの走る音が耳に入ってくる。しかし、本当に耳を澄ましていないと聞こえないほどの音だった。多分、感覚的にはそれなりに速く走っているはず、それも私を抱えながらなのに……本当に、気配や音を殺すのが上手いのだろう。
キキッという鈍い金属の扉が開くような音の後、暫くして、ディテイスさんの動きが止まった。ゆっくりと体が降ろされるのを感じる。目を開けると、そこは薄暗い部屋だった。
「えっと……ここは?」
「王城の地下牢獄だ」
「地下牢獄……そんな場所が王城にあるなんて知りませんでした」
「当たり前だ。ここは国の中でも本当に一部の人間しか知らない場所だからな」
「えっ……あの、そんな場所に私を連れてきても良かったんですか?」
「来たいといったのはお前だろう。それとも、今更怖気づいたか?」
「……いや、そんなことはないです。ただちょっとびっくりしちゃって」
「まぁ、平和な生活を送っている市民からしたら無縁の場所だからな。三騎士の中でもフェリウスは知らないだろうな」
「フェリウスさんも知らない場所……」
三騎士というほどの立場でも知らない場所。そんなところに今自分がいるのだ。なんだか不思議な気持ちになった。
「まぁ、あいつはもともと内側の人間じゃない。実力だけで上り詰めた、陽の側の人間だ。あいつは知る必要のない場所だ」
「フェリウスさんは幼いころに王城に引き取られたんですよね」
「ああ、そうだ。なんだ、あいつそんな事まで話していたのか? 気の許し方といい、一体お前ら何があったんだ?」
「それは……その、色々あったんです。色々」
別に隠すようなことでもないかもしれないが……なんだか気恥ずかしいので黙っていることにした。きっと勝手に話したら彼にも悪いはずだし。
「まぁいい。あいつは昔から抱え込む性分だったからな。何があったのかは大体予想がつく」
……フェリウスさん。心の寂しさを隠しとしていたようだったけど、思いっきり身近な人にばれてるじゃないですか……。まぁ、こればっかりは相手が悪いのかもしれないけど……。
「それで、どうして私をこんなところへ? ここに何かあるんですか?」
「いや、特別ここに何かがあるわけじゃない。ここは今忘れ去られた場所でもあるからな」
「忘れ去られた場所?」
「シンプルに隠すべき様なことがないからな。ここが使われないこと自体はいいことだ」
彼は少し遠くを見ているような気がした。何かここに思い入れでもあるのだろうか。
「連れてきた理由は二つだ。一つはこれから話すことを漏らさないため。もう一つはお前を隠すためだ」
「私を隠す?」
一つ目の理由はわかる。裏事情ならできるだけ外に漏らしたくないというのは当然だろう。しかし、私を隠す理由が思いつかなかった。
分からない様子の私に飽きれながらディテイスさんは話してくれた。
「……あのままお前をあの部屋に放っておいたら時期にパルシオンに連れられ尋問を受けることになるだろうからな」
「あ……」
そうだ。元々私はパルシオンさんに連れられてここに来たのだった。
「もっとも、あの時知る覚悟がないと言っていたら放っておくつもりだったが。今のあいつは気性が激しいから、それはそれは辛い尋問になるだろうが、あくまでもお前は被害者であり、守るべき側の人間だ。無害と分かれば解放されただろう。その後はどうせフェリウスがどうにかしただろうし、俺は関与するつもりはなかったがな」
「……自分が関与するなら、責任もって守ってくれると。とても義理堅いんですね」
「ふん、好きに捉えればいい」
これは照れ隠しなのだろうか? それにしても、アムレーラさんがいない今、彼はとても頼りになる人間だった。こうして色々としてくれるのが本当にありがたかった。
「本題だ。一応念のため言っておくが、今から話すことは誰にも言うなよ。そいつを巻き込みたくなかったらな」
「大丈夫です。わかってます」
彼は私の返事に小さくうなずくと、話し始めた。
「パルシオンについてだが……あいつは少し前に恋人を亡くしている」
「え……そんな、どうして?」
「ある日突然、行方不明になった。あいつは血眼になって探したが、結局見つからなかった」
パルシオンさんに恋人がいたなんて全然知らなかった。というよりも、私はパルシオンさん自身の事を全然知らない気がする。
パルシオン=アドルレッド。国の一番隊の騎士隊長で、国王の息子。国王の次に国を代表する人物だと言えるだろう。
「まぁそれは大騒ぎだったよ。そして国は不安を市民に漏らさないよう、そのことを隠ぺいした。あいつはそれが原因で、この国によって恋人が殺されたのかもしれないと疑念を抱くようになった。あいつの気性が荒くなったのはそれからだ。それまでは、イメージ通りの優しい王子様みたいな野郎だったはずだ。それこそ、フェリウスのようにな」
彼はフェリウスさんのような人間だった。私が見た彼からは想像はできなかったけど、でも心のどこかで腑に落ちた。
しかし、それだと疑問が残る。
「それならどうしてパルシオンさんが予言で王を殺したじゃないと言えるんですか?」
あの時、ディテイスさんは三騎士の誰かではないと断言していたはずだ。
しかし、むしろこの話を聞くとパルシオンさんが最もイメージ像に近い人間だと思うのだが。
「簡単な話だ。もしもあいつが王を殺すとしたら、剣で一刺しにして終わりなわけがない。お前の家のように焼き殺しているだろうからな」
「あ……」
確かに、と深く納得してしまった。
それなら一体、だれが王様を? 結局のところ、一番大切なところが分からないままだった。
パルシオンさんは違う。フェリウスさんは、動機がない。じゃあ、ディテイスさんは?
私は彼の事を全然知らないままだった。彼について、聞いてみてもいいだろうか。怒られるか、応えてくれないような気はするけど……
「あの、ディテイスさん」
「なんだ?」
「……その、自分は王様を殺す理由はないって、言いきれますか?」
「俺の事を怪しんでるのか? まぁそれもしょうがない。俺のような人間はそりゃ怪しく――」
「違うんです」
彼の言葉を遮って、私は続けた。
「私は、あなたはそんなことをするような人じゃないと思ってます。でも、私はあなたのことを全然知りません。だから、ディテイスさんのことを知りたいんです」
「……」
彼は無言のまま答えなかった。正直、話してくれるとは思っていなかったし、仕方ないとすぐに諦めようとした。しかし。
「……リヒトラス=アドルレイン」
彼は唐突にその名前を口にした。
「えっと……それは?」
「……質問の答えだ。俺の本名。いや、昔の名前といった方が正しいか」
「え……それって、え?」
自分の耳を疑った。だって……アドルレインという性は、この国の国王にのみ名乗るのが許されるはずのモノだから。それが、彼?
「……分かり易く言おうか。俺の父親はエルファス=アドルレイン。昔、俺はこの国の王様になるはずだった」
「……そ、そんな」
それから彼は、自分の事について語ってくれた。
今から約二十五年前の事。この国の女王、今は亡きアイネス=アドルレインは子宝に恵まれなくてな。王の継承に困っていた。
建国からかつて、王権が正しく継承されなかったことなんて一度もない。もし仮に王族の血族を引かない人へ継承しようとしても、それだと内乱は避けられなかっただろう。……ましてやこの国は王城に囲まれているんだ。逃げ場なんてどこにもない。内乱になったとしたら、大惨事は免れない。王はそれを恐れたのだろう。
だから……王は子を作った。信用はしているが愛してもない女性とな。最も、その女性は王の事を心から尊敬し、愛していたようだったが。
その人は当時の王の懐刀、三番隊隊長ルミエール=アドルブラックだった。
当時の三番隊だが、今の三番隊と立ち位置はそう変わらない。国の騎士という立場でありながら、や隠ぺいなども平気でこなす存在だ。
最悪、死んだり居なくなっても誰もおかしく思わない。誰も悲しまない。王からしたら格好の相手だったわけだ。
無事、その女性は男の子供を身籠った。市民にはアイネスが身籠ったこととして発表し、すぐに国中がお祝いムードになった。誰もがその子供に期待した。
しかし、その父である王は喜ばなかった。当たり前だ。愛しい妻とは別の子供なんだからな。
だが、ルミエールはその子供をとても愛していた。そして、自分とは違い、明るい世界で生きてくれるようにと、光という意味を込めて名付けたのがリヒトラスだ。
……そのまま行けば、名前に込めた意味通り、リヒトラスは光の道を歩み、この国の次の王になっていたんだろうな。
だが、そうはならなかった。リヒトラスが生まれる直前にして、なんとアイネス王女が身籠った。
王様も、その年にして盛んなことだよ。まぁ、やはりアイネスとの子供以外が王になるというのが受け止めきれなかったんだろうな。神様は王様のそんな切実な祈りに答えた訳だ。
当然だが、正しい継承権はアイネス女王が身籠った子供、パルシオンにある。リヒトラスはもう不要な存在、いや、むしろ知られるべきではない邪魔な存在だ。
……もしかしたら、パルシオンが兄、リヒトラスが弟という形で偽り、双子という形にできたのかもしれない。
だが致命的なことに。リヒトラスはご存知の通り黒髪だ。アドルレイン王は金髪で、アイネス王女は赤髪だ。双子にしても、有り得るはずのない子供だった。
まぁ、幸いにも本当の王子はすでに誕生するのが決まっているんだ。
まだ生まれても間もないリヒトラスは、処刑されることが決まった。本来王子になるはずだった子供が他の子供に変わっていたとして、誰も気づかないだろうからな。
だが、それに反発した人が一人いた。そう、リヒトラスの母、ルミエールだ。
ルミエールは自分の子供が処刑されることに対して猛反対した。
だが、当時三番隊の隊長、むしろ裏事情を隠さなければならないはずだった人が、そんな真逆の事をして許されるはずがない。ルミエールはすぐに反逆罪で捕らえられた。
ルミエールは必死に訴えた。自分はどうなってもいいから、この子だけは、とな。
王はそんな哀れな女性に情けをかけた。その子供の命は救う。その代わりにその子に、次の三番隊の隊長になる為の術を教え、そして自分は処刑されろ、とな。
王は知っていたんだ。ルミエールが本当は心が優しい女性で、本当はやりたくもない仕事をやっている、ということをな。自分の子供には、暗い道を進んでほしくないと祈っていたこともな。
はは、そう思うと残酷な仕打ちだよ。情けどころか更に絶望に叩き落しているようだ。
ルミエールは了承した。十歳になるまではその子を育て、十歳になった時にはルミエールは処刑されることが決まった。
ルミエールと元リヒトラスは、地下の牢獄で生活することになる。一切の光も差し込まないこの部屋にな。
元リヒトラスは、自分が王の子供だとは知らされず育った。ただただ王の役になる為に育てられた。
だが、十歳になる前に、ルミエールは静かに教えてくれた。
「リヒトラス。よく聞いて欲しいことがあるの」
「母上様……? 急にどうしたのですか?」
「驚かないで聞いて欲しいのだけど、あなたの父は、我が王アドルレインなの」
「僕の父が、王様……? そしたらなぜ、僕はこんなところにいるのですか?」
「それは、その……少し、悪いことが起きてね。ごめんね、こんなところにいさせちゃって。辛いよね」
「そんな、僕は母上様が傍にいてくれるだけで幸せです」
「……。ふふ、ありがとう。リヒトラスは本当に優しい子ね。でも、お母さんはもう少しで遠くに旅立っちゃうの」
「遠くに? 国の外にでも行かれるのですか?」
「ええ、そうよ。この国とはもっと遠い、どこかどこか遠くへ。だから、長い間帰ってこれなくなると思う」
「……そうなのですね。僕は一人でも大丈夫ですので、安心していってください」
「……っ! ごめん、ごめんね。本当に」
「……? 母上様は、何も悪いことなんて」
「ううん、そうじゃないの。あなたは、もうすぐ三番隊の隊長になるの」
「はい。知っています。私は母上様を継ぐために育ってきました」
「きっとね、多くと辛いことがあると思う。目を覆いたくなることもあるし、叫んで逃げたくなることも。でも、それは許されないと思う。……王様を、信じられなくなるようなこともあると思う」
「……王様を?」
「ええ。でもね、王様は悪い人じゃないの。あの人も戦って抗い続けて、国の人々を思っている人なの。だから……もし何があっても、王様の事を信じてあげて。あなたは傍にいてあげて」
「……分かりました。この体は元々王に捧げてあります。心配することはありません」
「ありがとう。リヒトラス」
「それに……僕は母上様を一番信じています。母上様がそうしろとおっしゃるのであれば、僕はそうします」
「! ああ、本当にいい子ね。リヒトラス……」
それから暫く、母上は俺の体を抱きしめ続けていた。目からは涙が零れていた。俺にはどうして母上様が泣いているのかわからなくて、優しく涙を指ですくってあげることしかできなかった。
それから俺はめでたく十歳を迎え、三番隊の隊長となった。王は忠誠の証として、昔の名を俺に捨てさせた。俺には新しくディテイスという名前が与えられた。
母上は本当に優秀だったようで、当時十歳の俺に実力で叶う人は三番隊にもいなかった。
暫くして、俺は自分が忌み嫌われていることを知った。理由が知りたくて詮索したら、生まれるべきでない子供だから、ということを知った。同時に、母上が王によって処刑されたことも分かった。
これ以上ないほど、人を憎んだ。自分の父である王を。止めもせず受け入れるだけの他の人を。何も知らないで生活している市民を。
いっそ、王をこの手で始末しようと考えた。母上から受け継いだこの魔刀で、あの心臓を貫いてやろうと思った。
しかし、魔刀に手をかけるたびに、この魔刀を託された日の母の言葉を思い出すのだ。
「リヒトラス、決して忘れないでね。逃げることは悪いことじゃない。時には目を背けることだって必要なことですもの。でもね……あなたには戦い続けてほしい。その先にしか、望めない物があるってことを、忘れないで」
この魔刀を王に突き立てれば、俺の中で全てが終わる。全てに決着をつけて、安らかに眠れるだろう。
だからこそ、そうしてはならないと。きっと母上は俺にそう伝えたくて、あの言葉を残したのだろう。
それに。俺は同時に知っていた。市民は何も知らないのでいるのが当然であることを。他の人が王を止めることができるはずがないことを。王は、この世でたった一人の、母が愛していた、自分の家族であるということを。
だから俺は殺した。魔物を。人も。怒りの感情をただただそこにぶつけ続けた。そうして必死に、自分の感情に抗い続けた。いつの間にか言葉は荒れ、人々からは畏怖されるようになっていた。
「……すまない。少し喋りすぎたな」
目の前で呆然と話をしている彼女にそう言葉をかけた。
「いえ、その、大丈夫です。えっと……なんか、ごめんなさい」
「なぜ謝る?」
「話したくないことを、聞いちゃったかなって……」
「話したのは俺の判断だ。お前が気にする必要はない」
「でも……」
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
彼女の言葉を鐘の音が遮った。
「もうこんな時間か。ついてこい」
「どこか行くんですか?」
「どこかも何も、今の鐘は俺の出勤時間の合図だ。悪いが、お前に構ってやれるのはここまでだ」
あっ……と言わんばかりの彼女の顔に少し呆れる。こいつ、人を見る力はありそうだが、少し鈍い。まぁ、今まで平和な生活を送ってきたんだから当然か。
「あの、ディテイスさん。」
彼女は何かを思ったような顔で話しかけてきた。
「私はあなたを……」
「やめろ」
その言葉を今度は、俺の言葉が遮った。少し驚いたような顔をしてこちらを見てくる。
「……何が言いたいのかは大体想像がつく。だが、俺は今の自分の生き方を後悔していないし、むしろ誇りに思っている。だから変な慰めの言葉は要らん」
「……そう、ですか。分かりました。改めて、有り難うございます。ディテイスさん。色々と」
彼女は俺の言葉を聞いて素直に引き下がってくれた。その配慮がありがたかった。
「ああ、それと。さっき言いかけたような言葉は、これから合わせてやる奴にかけてやってくれ」
そう言って、天井のハッチを開いて登った。
登りきると、そこは王城の裏庭だった。このハッチは地面に紛れてとても見つけ辛くなっていた。辺りを見渡すと、そこには一人の男が立っていた
「……もう来たのか。相変わらず早いな。フェリウス」
「ええ、不安で仕方がなかったので飛んできました」
「なんだ? お前から頼んでおいて俺の事を信用してなかったのか?」
「そういうわけではありませんが……」
そう話していると、遅れて彼女がハッチを登ってきた。そして直ぐにフェリウスを見つけるなり、二人とも同時に声を出した。
「フェリウスさん! どうしてここに?」
「フラルさん! 無事でしたか!」
全く。本当に俺が知らない間に仲良くなっていたようだ。
声を掛け合っている二人をよそに歩き始める。
「約束は果たした。後はお前に任せるぞ、フェリウス」
「ああ、本当にありがとう。ディテイス」
「私からも、ありがとうございました!」
二人の礼に小さく手を挙げて答え、夜の闇に向かって走った。




