始まりの来訪者
まだまだ書き方模索中ですが、これから毎日一話ずつ投稿していこうと思います。そこまで長くなく、十話前後で完結する予定です。どうぞ宜しくお願い致します。
そこは大きな城塞都市。絶対的な正義を掲げた王の下に造られた理想的な街。そこには見事な石造りの建物が立ち並び、青々とした葉を付けた木々がのびのびと生い茂っている。
人々は皆そこで楽しみ、笑い、時には争い、泣き、そして仲直りしてまた笑い。
何の不自由もない、幸福な日々を過ごしていた。
私はそんな街の小さな花屋を営んでいる。立派なお店というわけではない。店に飾っている看板などは手作りだ。自分なりに頑張ってはみたのだが、お世辞にも出来は良いとは言い難く、むしろ粗末と言われてしまうようなものだ。特別裕福なわけでもない。とりあえず毎日不自由なく食べられる程度で、高価なものを買うほどの余裕はない。唯一の贅沢といえば、仲の良いお魚屋さんが時々お裾分けしてくれる美味しいお魚くらいだろうか。
それでも、私は十分に幸せだった。何故なら……
「フラルおねーさん! いつ見てもきれいなお花だね! えへへ、今日はこの白いお花ください!」
「リヨちゃん! いつもありがとう! このナイネリアね、分かった!」
「フラル嬢ちゃん、この花はなんていうんだい? へぇ、ニリンソウっていうのか。 ……いつも頑張ってる姿が見えるからな。偶には、見てるだけじゃなくて買ってくよ」
「アレクシスさん! 今日は買っていってくださるんですね! ありがとうございます!」
そう。お客さんとの距離が近く、いろいろな人と触れ合えるのだ。私はそんな優しくて暖かな時間が大好きだった。莫大な資産よりも、敬われる地位よりも、何よりも私が大切としてるものだった。
ヒュウ、と少し強い風が吹いた。春らしい踊っているような風に私の若草色の髪がなびいた。街を優しく吹き抜けていく風は甘いお花の香りがしてとても心地よかった。
今日はとても快晴で暖かく、春らしい日だった。大きく伸びをして、ふぅ、と一息つく。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
「あれっ、もうこんな時間かぁ」
お城の鐘の音が街に鳴り響く。空を見上げると、先程まで真上にあったと思っていた太陽が少し傾いていた。ついさっき店を開けたばかりだと思っていたが、思っていたよりも時間が過ぎていたようだ。人々が動き出し、がやがやと音が聞こえる。
鐘は毎日三回鳴る。朝の六時、お昼の二時、夜の十時。人々の生活にはそれぞれ、起床の時間、お昼の時間、就寝の時間としてなじんでいる。しかし実際は、その鐘は別のことを意味している。
お城から続く大通り。そこを厳粛な鎧に身を包んだ騎士たちが規則正しく行進していく。
騎士たちは城外の護衛をしている。街は城壁で囲まれていて安全なのだが、城壁の外はそうとはいかない。恐ろしい魔物がはびこり危険なのだという。
騎士たちは街の安全を守るために、あるいは魔物という脅威そのものを排除するために。日々戦っているのだ。
騎士たちは一番隊から三番隊までの三つの隊に分かれている。護衛は交代制で、城の鐘の音はその交代の時間を意味していた。
朝の六時から昼の二時までは赤色をトレードマークとした一番隊。昼の二時から夜の十時までは青色をトレードマークとした二番隊。夜の十時から朝の六時までは黒色をトレードマークとした三番隊。
三つの隊にはそれぞれの隊長がいる。その隊長たちは別格で強いらしく、特に人々から尊敬されていた。
だけど私は、あまり彼らの存在を意識したことがなかった。なにしろ、この街が平和すぎるのだ。城外へ出るということがまずない自分にとって、魔物の脅威はまるで遠い世界のことのようで。勿論、この平和は彼ら騎士たちのおかげで成り立っているわけなので、少し失礼かな? とは思うけれど。実際にこの認識が変わることはないのだった。
「……もし、そこの可愛い店員さん。お花を頂けるかしら?」
「えっ!? あっ、すみません。いらっしゃいませ!」
気が付くと、いつの間にか店先に黒いローブを身にまとった女性の姿があった。フードを深くかぶっているので顔はよく見えず、独特な雰囲気を持つ人だった。
少しぼーっとしていたからだろうか、気配を全く感じなかった。もしかして待たせてしまったのだろうか。少し慌てて対応する。
「ええと、どんなお花をお探しですか?」
「そうね……白いお花がいいわ。綺麗で儚げな白い花が」
「白い花……でしたら、このガーベラはいかがでしょうか」
「あら、綺麗な花ね」
「はい! 素敵な花ですよね。花言葉は、律義、純潔、ですっ」
「花言葉……この花にそんな意味があるのね。ええ、気にいったわ。このお花を頼めるかしら?」
「ありがとうございます! 誰かへの贈り物ですか?」
「あなた、おかしなことを聞くのね。」
「……えっ?」
突然そんなことを言われ困惑する。その女性が顔を上げた時、ちらりと覗いた紫色の目が妖しく光ったように見えた。
「あなた、目の前にいるこんな怪しげな人が、誰かに贈り物をするように見えるのかしら?」
「えっ、えーっと……ひ、人は見た目によりませんから! 魚屋さんのアレクシスさんも、見かけは怖いですけど、実はすごく良い人ですし!」
そういうと、彼女はとても愉快そうに声を上げて笑った。
「アハハハ! あなた、面白いわね。ごめんなさいね、あまりにも素直でかわいいから、ついからかいたくなっちゃって。お花は贈り物ではないわ」
「わ、分かりました。でしたら、持ち運びがしやすいように簡潔なものにしますね」
「ええ、そうしてちょうだい。……そうね、あなたにはちょっと申し訳ないことをしてしまったわね」
彼女が少し顔を背けながら、ポツリとつぶやいた言葉が聞こえた。
「えっ!? 申し訳ないだなんてとんでもないですっ! そんな、お気になさらずともっ」
「うふふ、本当に可愛らしいわね。またいつか来させてもらうわね」
「……! はい、いつでもお待ちしています!」
そういうと、彼女は代金をぴったりに支払い、白い花を抱えて人々の波に消えていった。
(なんだか不思議な人だったな。あまり見かけない服を着てたし。でも……悪い人ではなさそう、かな? うん。また来るって言ってくれたし、きっといい人だよね!)
なんとなくこみ上げてくる暖かい気持ちに満足しながら、今日のお昼ご飯をどうしようと思考を切り替えた。
次の日のこと。いつも通りの時間に起きて、いつも通りお店を開けて、いつも通りに過ごす……はずだった。
なんだか街の空気がざわついていた。まだ朝早い時間なのにも関わらず、街の中が騒がしい。最初は何かお祝い事でもあるのかと思ったが、街を往く人々の表情には不安の色が浮かんでいるように見えた。落ち着きなく話し込んでいたり、うつむいていたり。なんだか嫌な予感がした。
「おう、フラル嬢ちゃん。いつも通り早いな」
「アレクシスさん、おはようございます! ……えっと、何かあったんですか?」
いつもと変わらぬ様子で話しかけてくれたアレクシスさんに聞いてみる。自分の勘違いであることを期待していたのだが、どうやら嫌な予感は的中してしまったらしい。
「ああ……なんでも王城に予言書が届いたらしい」
「予言書?」
「そうだ。有名な魔術師からだってさ。しかもその予言書、どうやら不吉なことが書いてあったらしい」
「ふ、不吉なことって……?」
「さぁな、内容までは知らねぇ。俺はそんなに興味ねぇからな。ただ、ここまでうわさが広がってるんだ。余程のことが書かれてたんだろうな」
そう言うと、アレクシスさんは自分の店へ戻って行ってしまった。若干の心細さを覚えつつ、それでも店を閉じるわけにもいかないので、普段通りにお花を並べ始めた。
きっと、普段通りに過ごしていれば、何事もなく今日を終えられる。そう信じて過ごそうと決めた。
しかし、そんな私の祈りは簡単に打ち砕かれてしまうのだった。
お店のお花を整理してたときのことだった。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
遠くからそんな音が聞こえてくる。きっと歩く騎士たちの鎧の音だろう。
しかしすぐに違和感を覚えた。そう、まだ交代の鐘の音は鳴っていないはずなのだ。一瞬、聞き逃したのかとも思ったが、店を開けてからそこまで時間は経っていないはずだと思い直した。
となると。何か事件でもあったのだろうか。嫌な事件でなければいいけど……そう思った時、足音がぴたりと止まった。
「お嬢さん。少しよろしいだろうか」
ちょうどお店の入り口側に背を向ける形で作業していたので、後ろから話しかけられた形になった。
「はいっ! どのお花をお探しです……か?」
お客さんだと思い振りむくと、そこには青色に光る鎧に身を纏った、整った顔立ちをした青髪の青年が立っていた。穏やかな目でこちらを見ていて、とてもやさしそうな人だった。しかし。
「……えっ、と、その。わ、私ですか?」
口からはそんな言葉しか出てこなかった。格好からして、彼が王国の騎士団であることがすぐ分かったからだ。ただ、その鎧には王国の紋章が刻まれており、私が普段見ている兵士とは少し違ったような気がした。
「はい。少しお話をお伺いしたく参りました」
その丁寧な言葉遣いからはどことなく高貴さが感じられた。身分の高いなんじゃないかと直感し、思わずつばを飲み込んだ。
「私で話せることなら……」
何も悪いことはしていないはずのに何故か後ろめたい気持ちになる。自分の行動の記憶が頭の中をぐるぐると駆け巡った。
「先日、こちらのお店に白い花を求めた女性がいらっしゃらなかっただろうか」
「白い花……あ、もしかして」
白い花なんて沢山ある。昨日だって、白い花自体は何輪か売れていた。しかし、すぐに見当はついた。そう、白い花を買って行ったお客さんの中に、まさしくな人物がいたからだ。
「思い当たる節があるのですか?」
「はい、ガーベラという花でしたら昨日、女性の方が買われていきましたけど……」
「なるほど。……ちなみに、その女性の特徴などをお聞きしても宜しいだろうか」
「えっと……」
また言葉に詰まった。優しかった彼の目つきが鋭くなったのを感じ、その威圧感に押されたのだ。それに、おそらく彼が探しているのが、そのガーベラを買って行った彼女だろうと直感したのだ。できれば、私の口から誰かを売り渡すような真似はしたくなかった。
でも、相手は王国の騎士であり、それもかなりの貫録を持つ人相手に隠し通せる筈もなく。
「黒いローブを着て、フードを深くかぶった女性でしたけど……」
結局、すぐに話してしまうのだった。なんとなく、罪悪感が胸に押し寄せる。
「ふむ、どうやら間違いないようだ」
彼は一瞬だけ考えた素振りを見せたが、元々目星はついていたのか、すぐに結論を出したようだった。
そして彼は私に向き直り、驚きの言葉を私に投げかけたのだった。
「王城の方までご同行願いたい。少しあなたに尋ねたいことがある」
「えっ、えええっ!? で、でも私なんてそんな、王城に入るほどの人間じゃあ……」
思わず食い下がる。いや、この場合は私に選択肢などないのだろうけど。王城だなんて、そんな場所とは一生無縁だと思っていたので、ついへりくだってしまったのだ。
「いや、そんなことはない。あなたのような花の似合う綺麗な女性は、お城にも似つかわしいだろう」
「え、えっと……」
それは見事な口説き文句を言われ、遂には言葉を失ってしまった。
容姿を褒められること自体はよくあることだった。ただ、普段から仲のいい人に、娘にかける言葉のように言われるだけだった……偶に、本気で口説こうとしてそうな人もいるけど。そういう人はたいてい片っ端らの女性に声をかけるような人なので、接客モードで軽くいなしていたのだが。それ以外のことで言われるのは初めての事だった。
まぁ、これもお世辞なのだろうけど。状況が状況なだけあってそんなに嬉しくはないし、気恥ずかしいというよりも返答に困った、というのが正しい。
まぁその言葉に喜ぼうが喜ばなかろうが、どうせ私には行くという選択肢しかないのだろう。彼が後ろに軽く合図を送ると、兜を被った二人の兵士がこちらにやってきた。表情が見えないので少し怖かったが、無理やり連れて行こうという意思はないらしく、私の前でピタリと止まって手を差し出してきた。
仕方なく、子急ぎで店の戸締りをした後、私は彼らの後についていった。




