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「マスターK、お時間がかかりまして申し訳ございません、出発の準備が整いました」


「……ご苦労、要人の手筈は……?」


「こちらは順調に進行しております、要人確保後速やかに陸路にて現地に向かい、警戒レベル『5』にて緊急移送中です」


「……了解した、ん? 何かいまいち腑に落ちない顔をしているな? 質問があるなら遠慮せずに言ってみろ……」


「……はい、お言葉ですが私には少しわかりかねます、なぜマスターKほどの地位と名誉を手にしたお方がこの様な一般庶民的な小さな事件に関わり、さらには影で行動している我々セーフティーガードにまで出動を命じたのか……?」


「……育ての親、恩人の一大事だ、黙って見ている訳にはいかないだろう……」


「しかし、もし我々が現地に駆けつけた頃に、すでに警察による強行突入が開始されて場の収集がつかない状態になっていたとしたら、いかがなさるおつもりなのですか? 最悪の場合、この事件をきっかけに『真中啓介』の名は世間を騒がせた人物としてマスコミのスキャンダルの的にされ、これまで積み重ねてきた地位や名誉に傷をつけられてしまう可能性があります、それによって『サンライズ・ファクトリー』の企業価値の低下や各メディアとの契約に支障が出るような事があれば、それこそ一大事になりかねません……」


「……言いたい事はわかる、だが心配するな、その可能性は無い、警察の突入は新作が食い止めてくれている、そして、俺が現地に到着する頃には虎太郎が全ての不利な状況を一掃してくれているだろう……」


「……それもわかりかねます、なぜ、マスターはそこまで松本氏、そしてあの渡瀬氏を本心から信頼出来るのですか? マスターにとられては実の兄弟の様に接してこられた親愛なるお方々、以前に世界で活躍された人間だとはいえ、我々には今一つあの渡瀬氏という人物の偉大さが理解出来ません……」


「……誰もがそう思うだろう、しかし、人は見た目や言動だけでは判断出来ないものだ、俺は実際にこの目でずっと見てきた、あの男はどんな時も守るべき者達の為に立ち上がってきた、例え相手がどんなに強大だろうと、どんなに苦難な逆境に立たされてもな……」


「発進します! 各自、離陸態勢を!」


「……続きは後だな、了解した、可能なだけ最短距離、最短時間で現地に急行せよ……!」


「了解しました!」



啓介が全速力でこちらに向かって来ているその頃、事件が起こっている現地では赤色灯を回す大量の緊急車両と機動隊相手に鈴子ババアが一人大声を上げて喧嘩文句を並べまくっていた。とても御歳九十歳とは思えんその威勢の良い饒舌の前に、辺り一面を取り囲む警官達も怯むと言うか呆気に取られて放心顔。



「やいやいやい! アンタ、田巻とかいったね!? 自分の不出来な息子が仕出かした悪さをもみ消す為に、何の罪の無い一般人の子供に対して濡れ衣を着させるなんてふざけた真似をしてんじゃないよ! それでもアンタは警官の端くれかい!? 警察ってのは困っている国民を守る為にあるんじゃないのかい!? そんな帝国主義みたいなふざけた職権乱用、この御時世に許されるとでも思ってんのかい!? あぁん!?」



若者どもの不良グループに婦女暴行寸前で助けられた少女と武雄とかいうガキが森川家に逃げ込んできてから丸一日、やっとその不良グループの頭のクソガキの父親である県警のお偉いさんらしきジジイがここにやってきた。

しかしまぁ、このジジイの面が雷おこしみてぇなひでぇしかめっ面の悪人顔で、厳つい眼鏡に白髪頭。いかにも二時間ドラマに出てきそうな会話の通じない嫌味でカチカチ頭の上司って感じでよ、ババアの気迫に周りの連中は腰が退けてんのにコイツだけは人事みたいによそよそしい態度でどこ吹く風だ。



「濡れ衣とか職権乱用とか、一体何の話だね!? 私の息子が何か犯罪を犯したみたいな言い分と、何やら事実無根な中傷に近い嘘まみれの報道が世間に流れているが、何を根拠にその様な虚言を述べている!? これは立派な名誉毀損にあたるのを承知の上での発言か!?」


「白を切ってんじゃないよこの堅物が! か弱い娘っ子がアンタの息子に暴行されかけたところを助けた武雄に対して、自分の部下達に逮捕を命じて追い回させたのはどこのどいつだい!? 捕まえた後に乱暴な取り調べをして、嘘の自白をさせて武雄を犯人にでっち上げようとしたんだろうが!? 権力を利用して弱い者イジメする腐った人間のする事なんざ、この森川鈴子様が全てお見通しだよバカもんが!!」


「婦女暴行? はて、そんな事件は一つたりともこちらには通報も報告もされていないがな? 婆さん、一体何の話だね? 何か夢でも見たんじゃないのかね?」


「な、何だって!? アンタ、どこまで腐った男なんだい!?」



ついには暴行未遂の話すら無かった事にしようとし始めやがった。確かに、実際に暴行されかかったあの学校帰りの少女は警察に被害を通報した訳では無いし、この様子だと目撃者も彼女を助けたあのガキ以外居そうに無い。しかも、その襲われた娘当人が真犯人探しで啓介がどこかに連れて行っちまったから、今現在こちらの言い分を後押しする証拠は何も無ぇんだよなぁ。



「憶測や妄想だけで人を犯罪者呼ばわりするとは甚だしい限りだ! そこまで言うなら私の息子が暴行事件を起こしたという証拠を私の目の前に出してみるがいい!」


「……そ、それは、今、あたしの息子達が真犯人を探して……」


「第一、その話と今回のこの立て籠もりと一体何の関係があると言うのか!? 個人の勝手な思い込みにより関係の無い一般庶民を巻き込んで危険に晒すなど、決して許される行為ではない! 我々警察はボケ老人の相手をしてるほど暇ではないんだ! 庶民の平和を守る為、我々警察はどの様な犯罪に対しても断固として屈したりはしないぞ!」



まるで国際テロリスト犯でも扱うような高圧的な態度だ。この圧倒的不利の現状じゃ、さすがのババアも滑舌が鈍り次第に言葉が詰まり出してきた。新作がネット上にバラまいたこの白髪頭のバカ息子の隠された過去の悪事の真実も、マスコミによって裏付け調査が進み次第に調査が進んでいるみたいだが、警察の力によって情報規制されているのかテレビの中継での俺達の扱いはまだ凶悪な無差別立て籠もり犯の扱いで報道されているみたいだ。



「俺の以前からの人脈を通じてマスコミの各社があの警視監補佐の息子の素性を嗅ぎ回り始めてるとはいえ、それがいざ表沙汰になるにはまだまだ時間がかかりそうやな、この状況のまんまやとちょっと俺達ヤバいかなぁ……?」


「……つまり、それって新ちゃんが何とか防いできた強行突入の可能性が出てきたって事なの? そんなのイヤよ! 母さんや波子を危険な目に合わせる訳にはいかないわ! 男の人がたくさん家に踏み込んで来たりしたら、私どうなっちゃうかわからない……!」


「……まぁ、歩美姉ちゃんはいざ本気モードになれば機動隊十人くらい平気でやっつけられるやろうけどなぁ? でも、子供達はそうはいかんし、さすがの母ちゃんもこの歳じゃ以前のクソ力は残ってないやろうしなぁ……?」


「新ちゃん、私達はどうなるの!? 一体どうすればいいの!?」



頭を掻いて困り果てる新作に、歩美姉達はすがる様に集まりこの後の展開を不安視していた。特にこんな修羅場を今まで経験してないだろうガキ二人は完全に涙目になって震えている。その様子はまるで空襲に怯える戦時の子供達の映画のワンシーンの様だった。



「お、俺、やっぱり今から警察に出頭するよー! これ以上、波子やみんなに迷惑かけられねーもん! 俺が出てけば全部終わるんだろー!?」


「ダメだ、ダメだダメだー! そんな事したら相手の思うツボだー! なぁ、祖母ちゃん言ったよな? あたし達を助けてくれるんだよな? 守ってくれるんだよな? なぁ、祖母ちゃーん!?」


「……波子、大丈夫だ、祖母ちゃんを信じろ、そして……」


「……そして……?」


「……あたしの息子、あの馬鹿タレを信じるんだ……!」


「……馬鹿、タレ……?」


「……そうなんやで波子ちゃん、俺達には世界で一番アホで無鉄砲でワガママで、そんでもって世界一強い無敵の男が側にいてくれているんやで……!?」


「……アホで無鉄砲でワガママで、世界一強い? 新ちゃんのおっさん、それって……?」



この状況でも、ババアの表情は決して曇る事は無かった。親不孝者、出来損ない、散々言ってもババアは信じてくれていた。自分の損失や身の危険も省みずに真実の為に行動を起こした親愛なる兄弟達、啓介も、新作も、心から信頼してくれていた。



「目的地、確認しました! 下降します!」


「マスターK、報告します! 移送班、予定通り現地に接近! 十六時ジャストに作戦決行します!」


「……了解した、準備に取りかかるぞ……」


「……本当に現地は無事でしょうか? はたしてマスターの言われる通り、渡瀬氏は動きますか……?」


「……信じろ、あの男を! これまでも俺達が逆境に立たされ、途方に暮れた顔をすればするほどアイツは……」


「……強気な顔で舵を取る! それが俺達の頼れる兄弟、渡瀬虎太郎っていう男の中の男なんやでぇ、波子ちゃん!」


「……男の中の、男……?」



この時、一人家の中で立ち尽くす俺の腹ん中には沸々と抑えようのない強烈な怒りが込み上げてきていた。今までの己の不甲斐なさに苛つき、その過去の己に縛られ動けなくなっていた今の自分に対する苛つき、そしてこんな俺を信じてくれている者達を脅かす身勝手な暴威に対する苛つきが、昔から根付いている強き者達に対する反骨精神と一体化して怒りのマグマが爆発寸前にまで沸騰し切っていた。



「三河隊長! 突入班、配置完了しました!」


「……田巻警視監補佐、本当に強行突入されるおつもりですか? 相手は何の武装もしていない丸腰の一般人です、それでも……?」


「何を言うか!? すでに内部に人質がいない事は明白だ! あそこにいるのは全員が危険で悪質な犯罪者だぞ!? 遠慮などするな、抵抗する者は容赦無く検挙せよ!!」


「……しかし、しかし警視監補佐!」


「ええい、命令が聞けんのか!? ならばメガホンをこちらによこせ!! あーあー、立て籠もり犯に告ぐ、今から一分後に強行突入を決行する! これが最終警告である、速やかに投降せよ!」


「隊長、全隊員に突入指示を!」


「……くっ! これが本当に弱き人々の為に存在する我々警察がすべき正しい道なのか……!?」



そこに、警察の挑発がさらに火に油を注いでくる。何の武装もしていない一般人に対してこの暴挙、俺がガキの頃に荒れていた時ですら警察にも少しは人情ってもんがあったもんだ。人を人として扱わねぇやり方なんぞとても認める訳にいかねぇ。俺の触れちゃいけねぇ錆び付いた開かずの心の扉に土足で踏み込みノックすんのはどこのどいつだぁ!?



「全隊員に告ぐ! 立て籠もり犯以外も、反抗する者は全て公務執行妨害現行犯として検挙せよ! 女子供とて容赦はするな!」


「……てめぇよぉ……」


「人々の安全を脅かす凶悪犯を絶対に許してはならない! 今こそ、警察の威厳を国民に知らしめる恰好の舞台である!」


「……自分の子供の教育もろくに出来てねぇクセに……」


「我々警察は正義をもって徹底的に悪を粉砕する! 我らこそが正義だ! 我らこそが力だ! 時間だ! 突入、開始…!」


「生半可な正義語ってんじゃねぇぞ、クソ野郎ぉぉぉぉ!!!!」



ガリガリガリガリ! ドゴォーン!!!!



「……う、うわぁぁぁぁ!!!!」


「……ぐぇっ! ぐふっ……!!」



正直、この時は頭に血が上っちまって自分で何をしたのか良く覚えてねぇんだ。何やら家の中にある物を引きずり出して外の機動隊達に向かってブン投げたみたいなんだがな、後々落ち着いてから歩美姉に滅茶苦茶怒られたのは覚えている。



「襲撃、襲撃! メーデー、メーデー!!」


「何事だ!? 一体何が起こった!? 報告せよ!?」


「隊長! 桐箪笥です!! 一丈以上の大きさの箪笥がこちらに向かって投げ込まれてきましたぁー!!」


「き、き、桐箪笥だと!? あの家の中にはゴリラでも飼っているのか!?」


「隊長! 突入隊が箪笥の下敷きになって身動きが取れません! 突入隊、全滅〜!!」


「おい三河、何が起こった!? 突入はどうした!?」


「……警視監補佐、突入隊が、全滅しました……」


「……何、だと?」



どうやら俺達の気づかない間に家の玄関の下の階段付近に何名か突入隊が陣取っていたみたいだ。しかし、そのほとんどが箪笥の下敷きになってドミノ倒しの様に階段を転げ落ちていった。運の悪いヤツらだな、狙って投げた訳でもねぇのにそんな場所にいやがるから巻き込まれんだよ、バーカ!!



「オラァてめぇらクソったれが℃¥$¢£で%#&@§だ文句あんならかかって来いやゴラァァァァ!!!!」


「な、な、な、何だあの野獣は!? 一体誰だ貴様は!? 家の中から突然出てきたと思いきや我々警察に対してこの暴力行為、こんな事をしてただで済むと……!」


「グダグダ抜かしてんじゃねぇぞ、この腐ったチンカス野郎どもがぁぁぁぁ!!!!」


「……チ、チンカス……!?」


「ガタガタ抜かしてんとてめぇら一人ずつのケツの穴に手ぇ突っ込んで、胃袋掴み上げて裏返しにひん剥いてやんぞゴラァ!! それともなきゃてめぇら全員のキンタマ引っこ抜いて、手のひらでコロコロ回してやろうかクソ野郎ぉぉぉぉ!!!!」


「……今度はキン……、貴様、一体何なんだ!? 私が静岡県警警視監補佐、田巻正男と知っての……!」


「てめぇの役職や名前なんかどうでもいいんだよ、このインキン野郎!! ゴチャゴチャごたく並べてねぇでさっさとその臭ぇ口を閉じて黙りやがれ!! いちいち臭くて虫酸が走るんだよクソったれぇぇぇぇ!!!!」


「……何と汚い言語だ……!」



こうなったからにはもう俺を止められるもんは何もありゃしねぇ。下品だろうとお下劣だろうと放送禁止用語だろうと関係ねぇ、この俺様に盾突く輩は誰であろうと木っ端微塵に吹き飛ばす! それが俺流、世界に恐れられた理不尽大魔王、渡瀬虎太郎様のやり方だぁ!!



「うはは、キタキタキター! ついに眠れる獅子を起こしてもうたなぁ!? やっぱりそれでこそや、それでこそ俺達が頼れる兄貴と信頼する天下無双の極悪人、渡瀬虎太郎やでぇ!!」


「おうよぉ! 待たせたな兄弟! 俺が来たからにはもう心配ねぇ、ババアや歩美姉の手を汚すまでもなくこんなクソったれチ〇コ野郎どもは全部、片っ端から綺麗サッパリ片付けてやるぜぇ!?」


「各隊員に告ぐ、危険過ぎる、一旦退却せよ! 繰り返す、全員退却せよ!!」



家が建つ丘の上に仁王立ちする俺の威勢の前に、周りの機動隊達は怯んで家から離れてカチカチに身構えちまった。ケッ、最近の警察は人情どころか熱い闘争心すら無くしちまったみてぇだなぁ? まぁ、その方が俺としても好都合だ。命令に従っているだけの真面目な公務員のワンちゃんをイジメたら可哀想だしなぁ? 俺様の狙いはただ一つ、車両の影に隠れて減らず口を叩きまくっていたあの白髪頭の警視監補佐の首だけだぜぇ!!



「オイ、白髪頭! おめぇだおめぇ!! てめぇよ、自分がやってた事を棚に上げてよくも人様を犯罪者呼ばわりしてくれたなぁ!? しかも挙げ句の果てには正義が力がうんたらかんたらだと? 笑わせんじゃねぇよ、カメムシみてぇな面の分際でふざけた寝言ぶっこいてんじゃねぇぞゴラァ!!」


「し、失礼な、何を言うか!? 貴様らは先程から事実無根の言いがかりばかりほざきおって! 私が自らの地位と権力を私情に利用した事など一度たりとも……!」


「ハァ!? いつまでも言い逃れ続けられると思うなよクソ野郎!! 事実無根かどうかはてめぇが一番良く知っているだろうが!? 自分の胸に手を置いて良く耳を澄ましてみやがれ! 聞こえるだろう!? てめぇの歪んだ心の中に巣くう愚者どもの呻き声が、そして今まで裏切り踏みにじってきた弱き者達の悲しみと怒りの叫び声がよぉ!!」


「……知らん、そんな話は知らん! しょ、証拠を出せ! そこまで言うならこの話を確証づける証拠を……!」


「証拠だぁ!? そんなに証拠が欲しいか!? じゃあ聞くがな、その証拠ってもんを見せりゃてめぇは今までの話を全部素直に認めるんだなぁ!? この全国生中継のテレビの前にいる世間の皆様方に向かって『あたしが悪ぅ御座いました、許して下さいませませ』ってその額を地面に擦り付けるんだなぁ!? 言っとくがな、素直に謝るなら今の内だぜ? 全てが公になってから泣きベソかいても知らねぇぞぉ!?」


「……何だ!? こちらに近づいてくるあの車の列は何なんだ!?」


「……残念だったな、もう遅ぇ……」



現場の周囲を封鎖していたバリケードを突破して、三台の真っ黒な大型RV車がこちらに向かって猛スピードで突っ込んで来る。それらは機動隊の隊列の目の前でドリフトしながら急停車すると、車内から数人の黒服隊員達が飛び出して被害者の少女と一緒に数人の柄の悪い若者連中を一つの縄に縛って連行してきた。



「婦女暴力未遂事件の被害者と真犯人の加害者グループ、マスターKこと真中啓介の命により今ここに連行して参りました! 自主的な協力により証言した犯人グループの自白もすでに録音済みです、これより保護した被害者と犯人グループの身柄、回収した証拠品を警察機関に受け渡します!」


「この人達、夜道で私の事を襲ったんです! 私、ちゃんと全員の顔を覚えています! あの家にいる人達は私を助けてくれた恩人です、悪いのはこの人達なんです!」


「……親父〜、ごめんよ〜、捕まっちったよ、助けてくれ〜……」


「……ま、正信! お前という息子は、いつもいつも私の足を引っ張る親不孝者め……!」



警察の威厳を地に落とす大スキャンダルを目の前した報道陣や野次馬が呆気に取られている最中、今度は空から大きなプロペラ音と共に強烈な疾風が辺りに吹き乱れた。自衛隊の物並みに巨大な黒一色のヘリコプターの登場に、周囲の緊張は一斉にピークに達した。



「虎太郎、啓介や! 啓介が帰ってきたでぇ!!」


「……遅くなった、待たせたな……」


「おっせーんだよ、バカ野郎……!」



ヘリから下に垂れる縄梯子には、見慣れた黒いサングラス姿に首元から膝元まですっぽり隠れる黒いコートを風になびかせている啓介がぶら下がっていた。どうやら例の自家用軍隊がクソ警視監補佐の息子の犯人グループを捕らえる事に成功した様だ。しかし、それにしても必要以上に派手な登場演出だ。どこのアメリカンヒーローだよ!?



「何や、随分と手間取ったみたいやんけ? 啓介ぇ、お前んとこの自慢の黒ネコ忍者部隊、子供連中一つ見つけんのにこない苦労しとる様じゃ大したもんでもないんとちゃうかぁ?」


「……茶化すな新作、重要人の確保と連行は迅速に行われていた、手間を取ったのは整備に時間の要したこのヘリの離陸だけだ……」


「つまりはてめぇの演出待ちかよ!? ざけんなてめぇ、余計な費用使ってねぇで電車とかバスとかエコ機関使ってさっさときやがれ、このバカ野郎が!!」


「……一度やってみたかったんだ、すまない……」



まぁどうであれ、これで役者は揃った。証人も証拠も全て準備完了。ギャラリーもカメラを構えた報道陣から騒ぎを聞きつけてやってきた爺さん婆さんからお孫さんまで揃い踏み。白い目に晒されているお偉いさんの狼狽振りがちゃんちゃらおかしいぜ。さぁ、揃ったところで始めよう! 野郎ども、祭りの時間だぜ!?



「……こ、これは陰謀だ! 私を失脚させる為に仕組まれた罠だ! 私は知らん、自分の息子が犯罪に手を染めていた事など、私には一切関係無い!!」


「そりゃねーよ親父!? 助けてくれよ、いつもみたいにこの話も上手く揉み消してくれよ〜!」


「ふざけるな、この出来損ないの親不孝者め! 私はお前みたいな息子を持った覚えなど無い! 三河、コイツらが事件の真犯人だ、早く逮捕して連行しろ!!」


「馬鹿言ってんじゃないよアンタは! 例え血が繋がっていなくてもな、親になった以上は子供の責任は育てた親自身の責任でもあるんだよ!? それをアンタは……! ゲホッ、ゲホッゲホッ……」


「……ババア、もう引っ込んでろよ、後は俺が仕留めてやっから見学してろや……」


「……虎太郎、頼んだよ? ゲホッゲホッ……」


「いいか良く聞けぇ!! その覚悟も出来てねぇ半人前の人間が、女はべらかして嫁にガキ産ませて一丁前にお天道さんの真下で偉そうにふんぞり返ってんじゃねぇぞゴラァ!! 同じ父親としててめぇはクソったれの最低野郎だ、代わりに俺がてめぇの嫁を擦り切れるまでF〇CKしてやるから指くわえて眺めてろやイ〇ポ野郎!!」


「……あたしはそんな下品な文句を教えた覚えはないよ、馬鹿息子め……」



あん? そうだったっけか? まぁ、良いだろ。これは俺様オリジナルの喧嘩文句だぜぇ!? 若干周りが引いているのが気になるが、とりあえず兄弟達も俺に続きな!!



「……この様な無責任な愚か者が社会の重要なポストに就いているとは恐ろしい話だ、これでは国の治安の為に命懸けで働く部下達の努力は一つも報われん、立場や組織が違うとはいえ、同じく責任を担う者としては絶対に許せん男だ、反吐が出る……」


「全くやで、聞けば聞くほど呆れるわ、なぁ、イケてないオッサンよ、アンタ多分一度も挫折なんて経験せんでノコノコここまで出世してきた世間知らずの凡才坊ちゃんとちゃうか? せやから他人の苦労や痛みがわからんで平気で人を陥れたりする事が出来んねやろ? そないな事じゃ女の子にはモテへんなぁ、きっと仕事場でも部下のお姉ちゃんからお茶に雑巾の絞り汁入れられて鼻つまみ扱いされてんねやろなぁ? オッサン、キモ〜いってな? ヒャッヒャッヒャッ!」


「……う、うぐぅ、貴様ら、言わせておけば……」



俺達三兄弟揃い踏みの舞台に、さっきまでヘロヘロだったババアもすっかり威勢を取り戻して上機嫌だ。追い詰められた権力バカの白髪頭に向かって、しんどいならやめりゃいいのにでしゃばって、とどめの一撃を食らわせろとばかりに俺達の後ろからハッパをかけてくる。



「よぉし! お前達、一人前の男として成長したその成果を今ここであたしに見せて貰おうじゃないか! それぞれ一人ずつ、あの馬鹿タレに向かって人生の教訓ってもんを教えてやんな!!」


「任せときや母ちゃん! まずはこの俺、全国の女子高生のアイドル松本新作ちゃんから優しく手ほどきレッスンしたるでぇ!?」



いきなり俺がおっ始めちまったらコイツら二人の立場が無くなっちまうからなぁ。まずは一番手。松本新作、お手並み拝見。



「なぁ、おっさん? 突然かもしれんけどな、アンタ、もし人から『明日死ぬよ』って言われたらどないする?」


「……何? いきなり何の話だ?」


「俺はな、こう見えても十数年も前に医者から『死の宣告』を受けた人間なんやで? あなたの心臓、もしかしたら明日にでも止まりますよー、ってな?」



そう、新作の心臓は健康な俺達のものとは違う。高校生の時に突然襲われた難病によってその心臓は普通の人間の半分以下しか機能しなくなってしまい、自分の夢だったプロサッカー選手の道を断念せざる負えなくなったんだ。

それでもコイツは限られた自分の命を悔いなく全うしようと報道ジャーナリストとして世界中を飛び回り様々な事件や戦争の悲痛な現実を訴え続けてきたんだ。つまり、コイツは俺達の中で一番権力により知るべき権利を奪われる事を嫌う命の伝道師、真実の男なんだぜ!?



「ええか、これは俺、松本新作がこの世に生きた証の遺言として受け止めろや! こうしている今現在も世界中には心無い非人道的な権力を持つ者達の元で人間としての全ての自由を奪われ、最低限の生活すらも出来ずに涙を流す人々がたくさんおるんや! おっさん、今アンタがしとる事はな、その連中どもがしとる非道な行為と何ら変わらへんのや! 力によって自分の都合の良い様に真実を闇に葬り、個人の人権を無視して人為的に社会から脱落させようとする行為は、人殺しと一緒なんや! かけがえのない尊い命を奪い取る事と全くもって一緒なんや!! 生きとし生ける者全ての命を蔑ろにして、真実をねじ曲げようとする輩は俺が絶対に許さへん!! これからの新しい時代を担う子供達の為にも、俺はこの命が燃え尽きても世界中にホンマの真実を訴え続けるでぇ!!」


「……ひ、人殺しとは……!」



人殺し、これはさすがに警察相手には効果てきめんだったな。新作の仕事上での知り合いだろうか、報道陣の人ごみからは拍手が挙がり出して周りの野次馬達も盛り上がり場の空気は完全に俺達のもの。普段はヘラヘラしている新作もその気なりゃこれくらいお茶の子さいさい、ハナを飾るには十分過ぎる啖呵切りだっだぜ。さすがは兄弟分、やるじゃねぇか。



「……アカン、久々熱うなったら心臓バクバクしてきた、まるで素敵なお姉さんと恋に落ちたみたいやわ……」


「……例えは良く理解出来ないがその体では無理もない、少し休め新作、後は俺が引き継ぐ……」



俺の左でゼーゼー息切れしている新作を制して、今度は右から啓介が前に出て長身の目線から白髪頭に一瞥下す。真っ暗なサングラスの隙間から見えた瞳の眼光は怒りに満ちた鋭く冷たい輝き。ほぉ、珍しい。コイツが感情を外に出すとはな。二番手。真中啓介、お手並み拝見。



「……お、お前は私も知っているぞ、ミュージシャンの真中啓介だな? 華やかな芸能界で成功を収めた人間が、なぜわざわざ自らの損害を省みずに一般人の私情などに関与する!?」


「……世論の声に耳を傾け、間違いだらけの世の中にその業を持って真実を問いかける、それはどの時代においてもアーティストを名乗る者が背負う一つの使命だ、金や名誉だけを求め小さくまとまったRock'n'Rollerの錆びた歌声になど、誰の胸にも響きはしない……」


「……な、何とキザな台詞……!」


「……貴様には、人の上に立つ、という本当の意味と重圧を理解出来ているのか? 自分を下で支えてくれている人間達の生活、人生、そしてその命を保証する責任者のしての自覚、貴様にはそれが備わっているのか……?」



啓介は国民的人気バンドのギタリストから様々な経緯を辿り中には悲痛な苦悩を経験して、一代で世界の五本の指に入る巨大音楽レーベルを作り上げる事に成功した。しかし、創設者で社長という最高幹部である事は、つまりは自社の部下達の生活の保証と全責任を負わなければならないという事。莫大な富を得たと同時に、決して放棄出来ない重たい十字架を背負う事になった訳だ。

自分の行動一つで会社の経営が傾き、何百人という人間が人生の路頭に迷う可能性がある。だからこそ、啓介は人の上に立つという重大な役割の責任を身に染みて体感している。だからこそ、愛すべき大切な人々に対しては金に見切りをつけずに手厚い保護の手を差し伸べる。私欲に溺れ他を蹴落とす卑劣な亡者は絶対に許さない、王道を歩み続ける至高の男なんだぜ?



「……愛する子息の為に起こした行動であるのは、同じく自分の命よりも大切な妻と娘を持つ一家の主、そして父親として同情する、しかし、それにより自分の配下に属し命を預ける者達を危険な目に巻き込むなどという悪行は言語道断! それが卑猥な過ちを隠し通す為に行ったのならば尚更! 貴様の様な愚かな堕落者にリーダーを名乗り、人の上に立つ資格など一切もって無い!!」


「……だ、堕落者……」


「……これこそが王道、この魂の叫びこそが男のHard Rockだ、I Love Rock'n'Roll……!」



そうそう滅多に見せない啓介の気迫と怒涛の一喝。ただでさえ身長が186センチもあってツンツン頭にサングラスに黒尽くめの衣装だからな、見かけ倒しのヤンキーぐらいなら目の前に立たれただけでも腰が抜けて小便チビっちまうぜ? ギター無しでもイカしたSpirits Soundを聴かせてくれるぜコイツは。さすがは俺様の右腕だな。



「おーおー、熱っいのぉ啓介? 普段Coolな啓介がこないにHotになるのはいつ振りやろか? 宮沢りえのサンタフェ以来の衝撃や、軽く後光が差しとる、有り難や有り難や、ナンマイダブ、ナンマイダブ……」


「……俺とした事が、また下らん事で火が点いてしまった……」



新作、啓介と続けてこうも見せつけられちまったら俺が黙っている訳にはいかねぇだろう。白髪のおっさん、この時すでにノックアウト寸前でこれ以上イジメたら泣き出しちゃいそうだったけど、オイタしちまったんだ、きっちりと最後までお灸を据えてやらねぇとなぁ?



「サァサァサァ、お膳立ては済んだで虎太郎! スカッと気持ち良いヤツを一発頼むでぇ!?」


「……久々の独自の不可解理論、期待しているぞ……」


「やっちまいな虎太郎! 冥土の土産に、このあたしにお前の生き様を腑抜けども達に叩き込んでやるところを見せておくれ!!」



啓介も新作も、ババアも周りの観客どもも俺の啖呵が聞きたくてウズウズしてるみてぇだったからな、一丁濃ゆぅいヤツをガツンとお見舞いしてやったのさ。聞きてぇか? そんなに聞きてぇか!? なら耳の穴良くかっ堀っじって……! いやいや、文章だから目ん玉引ん剥いて一文字残らず声を出して読みやがれクソったれどもがぁ!!



「オイ、おっさん、おめぇさんよ? いちいち甘ぇんだよ、甘ぇ、バニラあんこチョコバナナミルククリーム抹茶白玉杏仁豆腐パフェに練乳と蜂蜜かけて角砂糖丸ごと十個入れたくらい甘ぇよスイーツ野郎」


「……な、何? 何だって?」


「悪に手を染めるんならな、徹底的に真っ黒になるまで染まりやがれやダニ野郎!! 強行突入すんのにわざわざ時間の猶予なんぞ持たせやがって、人に喧嘩を売るんだったらな、生きるか死ぬかの覚悟で、俺達全員を射殺するぐらいの覚悟でかかって来んかいゴラァ!!」


「……ハ、ハァ?」



さっきまでの啓介や新作のとはまるで色彩の違う俺のハチャメチャな言い分に、白髪頭を始め周りの人間達は鳩がマメ食ってポッー! みてぇな顔して唖然としてやがる。間抜けなひでぇ面だぜ、オイ。



「……なぁ、祖母ちゃん? 本当にこの人に残り全部を任しちまって大丈夫なのかー? あたし達には言ってる事がさっぱりわかんねーよ?」


「大丈夫だ! 育てたあたしが言うのも何だが、この男は普通じゃねぇ、タダもんじゃねぇ! 馬鹿さ、最高の馬鹿さ! 祖母ちゃんが波子達に教える最後の生き字引だと思って、黙ってコイツがのたまう最高の啖呵を一言も聞き漏らさずにその心に焼き付けな!」



そうさ、俺は普通じゃねぇ。普通じゃねぇから最強なんだ。オンリーワンだからナンバーワンなんだ! 俺が言いてぇのは人権やら責任やら正義やらと言った難しくて堅っ苦しい話なんかじゃねぇ。警察や社長や命や、ましてや婦女暴行未遂やガキの冤罪なんて話もどうだっていいんだよ!



「悪事働いて人様に喧嘩売ったからにはなぁ、中途半端な良心の呵責なんかに縛られて良い子ぶってんじゃねぇぞゴラァ!! 何が正義だ! 何が鉄裁だ! 悪魔に心を売り払って俺様に盾突くならな、俺様と同じぐらいに身も心も真っ黒に染まり尽くしてから舞台に立てや!! てめぇなんぞじゃ力不足だ、俺はてめぇみてぇな身の程知らずのクソったれがな、ズケズケと土足で俺様の舞台にのし上がってきたのが一番堪らなく許せねぇんだよぉ!!!!」


「えぇっ!? そんな無茶苦茶な……!」



俺の怒りはそんじょそこらの野郎どもとは違う、核ミサイル東京ドーム十杯分の超危険物取扱いモノだぜぇ? 俺がこれまで対峙してきた人間達はな、何一つ手段を選ばねぇ生粋の極悪人どもばかりだったんだぜ? この程度のおふざけなんぞ所詮は赤ん坊の悪戯程度、そんなガキの使いに付き合わされるのはオカト違いなんだぜクソ野郎!!



「いいか、良く聞けチンカス野郎ども! この世に『正義』なんてもんはどこにも存在しねぇ! そんなもんが存在してたらな、全ての人間が掲げる思想がその当人達にとっては正義になって、あっちもこっちもどいつもこいつも正義まみれになっちまうだろうが!? 片方にとっては正義でも、もう片方がそれによって苦しんだりしたら、それは正義でも何でもねぇんだよ! だから、この世に正しい道義なんてもんを統一して定めちまったら、それに当てはまらない人間達だけが大損しちまうだろぉ!?」


「……何を言っているのか良くわからんが、だとしたら私は己の正義を貫き、自分の愛する息子を助けようとしたまでだ! それの何が悪い! 私は何も悪い事はしていないぞ!!」


「悪ぃんだよ! てめぇがした事はクソったれの包茎チ〇ポのチンカス野郎なんだよ!!」


「……えっ? はっ? はい?」



おーおー、見渡す限りの人間全員が訳わかんなくなって頭傾げて『?』のマークが頭上にプカプカ浮いてやがる。オモチャに釣られて並んでキョロキョロする子猫の集まりみてぇだな。滑稽な場面だぜ。



「いいか、良く聞け、正だろうが悪だろうがそんな事はどっちだっていいんだよ、俺が言いてぇのはてめぇ中途半端な腰抜け野郎で、俺はそれが何しろ気に食わねぇんだよ! まぁだわかんねぇのかクソ野郎!!」


「……だ、だから何なんだ貴様は!? さっきから言ってる事が支離滅裂でさっぱり理解出来ん! 一体何が言いたいんだ!? もう少しわかる様に説明しろ!」



さぁ聞け、俺の本当の舞台はこっからだ。呼んでるてめぇら全員のこれまでの人生で学び蓄えてきた常識を全部否定して木っ端微塵に打ち砕いてやるぜ、覚悟がいいかゴラァ!!



「俺が言いてぇのはな、自分自身の心にちゃんとてめぇで問い掛けさえすれば、その道が正の道だろうと悪の道だろうと自ずと人前に晒しても恥ずかしくない全うな人生を送れんだよ! 己自身の心に潜むちっぽけな自分の弱さから逃げずに呆れるぐらい向き合っていけば、賢者だろうと悪党だろうとお天道様に見られても恥ずかしくない正しい人生を歩んでいけるんだよぉ!! てめぇはどうだ!? 半分は悪魔に心売り払って犯罪者の片棒担ぎながら、もう半分は天下の警視監補佐で正義だとぉ!? どっちつかずで両方の甘い蜜吸おうとする半端な卑怯者はな、俺は堪らなく許せねぇんだよぉ!!!!」


「……!」


「俺様の人生の理論はなぁ、誰一人涙に暮れる事無く世界中の人間が100%一人残らず笑顔で幸せな人生を全うする事だぁ!! 無理も道義も関係ねぇ!! 人を幸せにするのに善も悪も白も黒も神も悪魔も関係ねぇ!! 不可能だろうが理不尽だろうがちっとも関係ねぇ!! それが俺様、渡瀬虎太郎の生きる道なんだよ、わかったかゴラァ!!!!」


「ガーーーーン!!!!」


「中途半端な真似すんだったら最初っからつまらねぇ事すんじゃねぇ!! てめぇは白なのか黒なのか、はっきり色つけろやクソったれ野郎がぁ!!!!」



何だ? 俺の啖呵に拍手が起こるどころかすっかり静まり返っちまったぜ。込み上げてくるアドレナリンでビリビリ痺れてんのは両隣の兄弟達と後ろのババア達だけみてぇだな。



「キタキタキタでー!! 相変わらず言っている事は良くわからんが、何だかスゴい自信や!! よっ、理不尽大魔王! この最低男! クズ! 人間のクズ!」


「……何という理不尽で自分勝手な理論だ、しかし、いつ聞いても心地が良い……」


「……祖母ちゃん、何か全然訳わかんねーけど、この人すげーよ! 漢だ、これこそがあたしが求めてる理想の漢像だー!!」



辺り一面夜中みてぇにすっかり静まり返って海の潮騒が聞こえてくるぜ。どうだ、俺の啖呵はパトカーのサイレンすらグゥの字が出ねぇほどまで黙らせる極上物だぜ! さぁ仕上げだ、最高級フルコースのメインディッシュを心ゆくまで堪能しな!?



「その理想を邪魔するドドメ色の中途半端なクソどもはな、極悪非道を地で行くこの俺様が分別つかなくなるぐらいまで一面真っ黒に染め上げてやるから心配すんな!! どんな展開も、どんな逆境も、どんな運命もどんな宿命もこの俺様を縛りつける事は出来ねぇぞ!! 地球上を愛と平和に溢れた暗黒世界に染め上げるまで、俺様の暴挙は止まらねぇ!! 俺を潰してぇなら冷酷非情を貫きひとマス残らず真っ白に埋め尽くせ! ただし、ひとマスでも残せば、俺はルール無用で黒石一つをもって局面全てを真っ黒にひっくり返してやるから覚悟しろやぁ!!!!」


「……な、何という理不尽暴虐で天変地異な神をも恐れぬその言動! そんな馬鹿な、こんな事が、こんな勝手な言い分がこの世の中にまかり通って許されるのかぁ!?」



ところが許されるんだよ、この渡瀬虎太郎様ならな! 俺様は規格外、太陽系は俺を中心に回ってんだよ! 見てみろ、さっきまで黙り込んでいた周りを取り囲む野次馬達のスタンディングオベーションをよ!? 町民や報道陣どころか、機動隊の兄ちゃん達まで感動して大拍手の嵐だぜ!! これなら総理大臣どころかアメリカ大統領も楽勝で当選だな!? まぁ、政治なんて臭ぇもんにはこれっぽっちも興味なんぞ無ぇけどな。



「……わ、私の持つ警視監補佐の権力を甘く見るなよ、いざとなればや各メディアに報道規制をかけて、貴様達に邪魔されずに事実をねじ曲げる事くらい……!」


「とことん後腐れの悪い野郎だなぁ? あぁ、そうかい、それなら、てめぇの最後の切り札のメディア連中にはここいらで退場して貰おうかねぇ? オイ、兄弟ども! 宴だ、羽目外すぜぇ!?」


「うわーい! 高校生の時以来の無礼講や〜! 自分解放〜!」


「……度重なる仕事の毎日であの頃の自分を見失っていた、久し振りに心の洗濯でもするか……」


「な、何をする気だ!? やめろ、公然の前でなぜ尻など出す!? 報道局のカメラも生中継をしているんだぞ、やめろぉー!!」


「行くぜぇー! ルールもマナーもモラルも木っ端微塵に吹き飛ばす俺達の必殺技、『固定概念ぶっ壊し〜!』」



丘の上に横一列に並び背中を向けた俺達は、一斉にズボンとパンツを膝まで下ろしてカメラに向かって汚ぇケツの穴までご開帳〜! 報道機関がなんぼのもんじゃい、全国放送で映せるもんなら映してみやがれクソったれがぁ!!



「……It's, Show Time……!」


「ほな行くでぇ!? あ、ワン、ツー、ワンツースリーフォー!!」


「ケツケツケツケツケツケツ〜、ケツケツケツケツ〜♪」



とくと見やがれ、これが森川の里名物の三バカトリオのケツケツダンスだぜ! どうだい、キュートで今にもしゃぶりつきたくなる様なイカしたヒップだろぉ? 今日はオマケにケツ毛からギャランドゥまで茂るまっくろくろすけと本編で活躍する娘達の故郷であるゴールデンボールと暴れん棒将軍まで包み隠さずサービスカットしてやるぜぇ!?



「うわぁ! 何て下品で卑猥な光景だ! こんな物を全国放送したら視聴者から苦情が来て、JAROから何を言われるかわからんJARO〜!?」


「カメラを全部止めろー! 中継は中止だ中止! 報道陣は直ちに全員現場から避難しろぉー!!」



ウヒャヒャヒャヒャヒャ、蜘蛛の子を散らす様に報道陣のカメラマンやアナウンサー達が報道車両に乗って逃げていきやがった。これで規制やらで間違った情報操作がされる心配は無くなったな、完璧だぜ!



「お母さーん! あたし生まれて初めて父ちゃん以外の男の人のウツボを三匹も見せられたよー! 怖えーよ、プルプルしてて気味悪りーよー! もう恥ずかしくてとても目ぇなんて開けてらんねーよー!!」


「何だぁ娘っ子? おめぇまだ神様が作ったこの漢の芸術品を見た事がねぇのかよ? じゃあ、近い将来のこの武雄とかいうガキとのニャンニャンの為に良ーく観察して勉強しとけ? ほーれ、ほれほれ」


「やめなさい虎太郎! 波子はまだ高校生なのよ!? 可憐で純粋な娘をその汚い祖チンで汚すんじゃないわよ!!」


「……三人とも、俺なんかと比べ物にならねーくらいすげー大物だなー? 大人ってすげーな、俺、これじゃいつか自分のを波子に見せんのが情けなくて恥ずかしくなっちまうよー……」



まぁ、まだガキのポークビッツじゃ俺達のメガフランクにはまだまだ及ばねぇさ。とりあえずミミズにでも小便かけてみたらどうだ? 歩美姉とその娘を自慢のうまい棒でからかいながらふと後ろを振り向くと、あの白髪頭はガックリと地面に膝を突いて手をプルプル震わせていやがった。周りを取り囲む機動隊や警官達もすっかりやる気を無くして総スカン。いい気味だぜ、全く。



「……こ、これは、国家権力に対する挑戦だ! 無差別テロだ! クーデターだ!! こんな真似が許されて良いはずが無い、こんな事では警察の威厳は地の底に……!」


「……警察の威厳? はて、果たしてそれを地の底まで落としたのは一体誰の仕業でしょうな?」


「……何だと? 何者だ貴様は!?」


「お〜い虎太郎、どうやらお前と仲良しのお友達がやって来たみたいやで〜?」


「……チッ、何だよ、あともう少しこの白髪頭をイジメてやろうと思ったのによ……」



聞き覚えのあり過ぎる図太く低いその声がしたその方に目をやると、ヨレヨレのトレンチコートを羽織ったモジャモジャ頭の見慣れた小汚いおっさんがこちらに向かって歩み寄ってきていた。望んでもいねぇ余計な来客。誰だ、このおっさんこんな所まで呼び寄せたヤツは!?



「申し遅れました警視監補佐殿、私、神奈川県警の鬼頭と申す者です、警視庁直々の出動命令を受け現地に到着致しました」


「鬼頭? 神奈川県警? 他県の、しかも所轄の刑事がわざわざここに何の用だ!?」


「こちらに、県内の重要危険人物が尻を晒して暴れていると報告がありましてな、その人物と一番付き合いの長い私が身柄引受人として任命された次第で……」



鬼頭。忘れもしねぇ名前。このおっさんは俺がまだガキの頃にあちこちで悪さしまくってた時から執拗に追い回してくる俺の大ファン、いや、悪質ストーカーの一人だ。俺が行く所、必ず先読みして手ぐすね引いて陣取ってやがるんだよな。

高校時代に横浜に遊びに行って現地の不良達と喧嘩して初めて警察の厄介になった時もそう、ここの孤児院を出てバイクショップで働きながら夜な夜な爆走しまくってた時もそう、必ずこのおっさんが目の前に現れて問答無用でこの俺様をしょっぴきやがる。

だからよ、俺にとってこのおっさんには随分と煮え湯を飲まされた苦い思い出ばかりなんだよなぁ。俺どころか、最近まで非行に走っていた優歌もこのおっさんには相当苦労させられたらしいな。顔を見るだけでもジンマシンが出るんだってよ。定年間近なんだからおとなしくしてりゃいいのになぁ?



「……おや? こちらにいる少女と柄の悪い青年達は一体今回の件とどの様な関係があるのですかな? 何やら少女は非常に怯えているようにも見えますが……、もしもし君、何かあったのかい?」



あざといなぁ、おっさん。最初から事の詳細を全て知っていてわざと一芝居うってやがる。クドいおっさんだけどな、とりあえずは俺が警察の中で唯一信頼出来て話の通じる貴重な存在なんだ。優歌の例の一件の時も色々と世話になったしなぁ。



「刑事さん! 私、この人達に襲われそうになったんです! それをあの家にいる人達が私を助けてくれたんです! それなのに、この警察の偉い人は嘘をついて話を誤魔化そうとしたんです! お願いです、どうか本当の犯人を捕まえて下さい!」


「何ですと、それは聞き捨てならぬ一大事だ! そこの青年達、詳しい事情を聞きたいので署まで同行して貰おうか!?」


「親父、助けて〜!?」


「待て! それは、それは私の息子……!」


「……何ですと?」


「……いや、だから、この事件はつまり……」


「……そう言えば、先程警察無線にも何やら聞き捨てならぬ言葉のやり取りが流れていましたなぁ? 冤罪がどうとか、私は悪くない、とか」


「……なっ!?」



ピーンときた俺が横を振り向くと、新作が声を殺して静かに爆笑してやがった。コイツ、警察無線にまで細工を施して全国の無線に音声実況生中継を展開してやがったんだな? いつやった? 俺が桐箪笥ブン投げて場が混乱してたどさくさに紛れて盗聴器仕掛けやがったな!?



「田巻警視監補佐、事件の捏造と無実の人間への冤罪、そして証拠の隠蔽と、この数々の悪意に満ちた行為は例え管理職の立場とはいえども許される事ではありませんぞ! 早急に責任を取り、自ら職を辞する事をお勧め致します!」


「……認めん、私は認めん! これは陰謀なんだ! 私は何も悪くない!! いや、悪い? いや、悪くない! えっ、どっちだ? 私は善と悪、どっちにつけば良いんだ!?」


「見苦しい! あなたも一端の男であるならば、潔くここで腹を斬りなさい!!」


「おーい、みんなー! ハラキリショーが始まるよー! さぁ、みんなでレッツダーンス!! ケツケツケツケツケツケツ〜、ケツケツケツケツ〜♪」


「ぎゃあー! やめろ、もうやめてくれー!!」


「さぁ、潔くケツ断なさい田巻正夫! このままでは、この事件は『伊豆半島婦女暴行未遂お下劣ケツケツダンス事件』として世の末代までの笑われ者になりますぞ!?」


「……申し上げます! 警視監補佐、警視庁総監より大至急こちらへ出頭するようにとの連絡、この一件の詳細を報告せよ、と……!」


「どうやら先に、制限時間が来てしまった様ですな?」


「……早急に出頭すると警視庁に伝えてくれ……」



まるで全身脱臼したみたいにガックリと肩を落とした白髪頭のクソったれは、親不孝なバカ息子達と一緒にパトカーに乗ってどこかに連行されていった。この先、あの男に待っているのは蟻地獄の様な最悪の現実だろうなぁ? 中途半端に悪に手を出した輩にはお似合いの末路だ。ざまぁカンカンだぜ。



「……この部隊の隊長は誰かね?」


「……ハッ! 私、三河晃であります! 所属は静岡県警機動隊、階級は……!」


「いやいや、堅苦しい挨拶はやめてくれ、後の事は警視庁より直々に使命を受けた私が一任するから、君達は早急に近辺の交通規制を解除して撤収してくれたまえ、ご苦労だった」


「……鬼頭刑事、あなたは一体……?」


「……君は、良い目をしている、きっとこれからの警察を担う人材になるだろう、地に落ちた県警の信頼を取り戻す為に、これからも頑張ってくれたまえ」


「……ハッ! ありがとうございます! 全隊員に告ぐ、撤収の準備をせよ! 撤収ー!!」



そして、現場には警官が一人残らずいなくなっちまった。日頃の警察に対して溜まった鬱憤を思いっ切りぶちまけてやろうと思ったのによ、当たる相手がいなきゃどうにもなりゃしねぇってもんだぜ、全く。



「あんた達、警察相手にこんなに立ち振る舞うだなんてすげーな!? 俺達は見ててすっかり関心しちまったぜ!」


「武雄の事を助けてくれたんだってな!? あんた達はこの港町のヒーローだ! さすがは鈴子婆さんの所の出身だぜ! 恩に着るぜ、旦那!!」



まぁ、周りの野次馬達がチヤホヤともてはやしてくれたもんだから、俺もあまり悪い気はしなかったけどな? こんなに大勢の人に囲まれたのは現役ライダー時代の表彰台とガキの頃に機動隊百人に取り囲まれてひと暴れした時以来だったかなぁ?



「よっしゃ、そんじゃ周りの皆さんもケツを晒け出して一緒にケツケツダンスしようぜぇ!? 女も若い姉ちゃんは大歓迎、年増のババアは引っ込んでな! あ、そーれ、ケツケツ……」


「……渡瀬……」


「おう、鬼頭のおっさん! わざわざ半島の端っこまで出張ご苦労さーん? どうだい、おっさんもケツケツ……」


「……尻をしまえ……」


「あぁ? 何だって!?」


「大至急その汚い尻をしまい込め! お前達はいつまで下品なイチモツを公然の前で晒し続けるつもりだ!? 早急にしまえ、これは公務命令だ!!」


「堅ぇ事言うなよ、たまには外に晒して風にブーラブラ揺らしてみるのも気持ちの良いもんだぜぇ? ほら、おっさんも自分を解放してみろよ? ブーラブラ、ブーラブラってな?」


「公然わいせつ行為で刑務所暮らしがしたいのか貴様は!? 四十を越えて妻子までいる身分のクセに、恥ずかしいとは思わんのか!? 早急にしまえ! 大至急だ!!」



鬼頭のおっさんに警棒で尻をシバかれた俺達は渋々ズボンを上げて自慢のイチモツとキュートなヒップを封印した。ガキの頃に戻ったみたいで楽しかったんだけどなぁ? 新作どころかキャラに無い啓介まで尻をプリプリとノリノリだったのによ。



「オイ、ババア! とりあえず一件落着したぞ! これがお望みだったんだろう、満足したか、あぁん!?」


「………………」


「……ババア?」


「……返事が無い……」


「……オイオイ、母ちゃん!? どないしたん!?」


「嘘でしょ? ねぇ、母さん!? 母さんってば!?」


「イヤだよ祖母ちゃん、返事してくれー、祖母ちゃん!?」



階段に腰を下ろして俯いたまま、ババアは目を閉じて返事をしなかった。焦ったよ、まさかこの一件で燃え尽きちまったんじゃねぇかってな。俺達の成長した姿を見て満足してあの世に旅立っちまったんじゃねぇかってな……。



「オイ、ババア! 俺との勝負はまだ決着してねぇぞ!? てめぇ、このまま俺から勝ち逃げするつもりなのか!? そんな真似は絶対に許さねぇぞ、俺は一度でいいからてめぇをギャフンと言わせねぇと気が済まねぇんだ!! 起きろよ! 目を開けろよクソババア!!!!」


「うるさいねぇ!! そんな大声出さんでも聞こえてるよ馬鹿息子がぁ!!!!」


「う、うわぁ!? 生き返った! ゾンビだぜゾンビ! 噛まれたらTウイルスが伝染するぞ、誰かこのババアの頭を拳銃で撃ち抜いてくれぇ!?」


「誰がゾンビだい、この無礼者が!? 言っただろうが、歳を取ると人間は自然に眠くなってくるんだよ!! 人が気持ち良くうたた寝してるのを馬鹿デカい大声で叩き起こしやがって、ふさげんじゃないよ、全く!!」



全く、はこっちのセリフだバカ野郎!! 本当に全く、最後の最後まで人騒がせなクソったれだなこのババアはよ!? 安らかな顔してるからてっきり御陀仏さんかと思いきや、ゴキブリみたいにしぶとい死に損ないだぜ? 本気で心配しちまったじゃねぇか、バッカ野郎……!



「あ〜あ、こうも出来の悪い子供達をたくさん持つと、体が幾つあっても足りやしないねぇ? あたしゃ少し疲れたよ、歩美、あたしはもう寝させて貰うから後片付けを頼んだよ?」


「あ、はい、母さん、どうぞゆっくり休んで下さい……」



ババアはそう一言だけ言い残すと、俺達の方を振り向く事無く家の中へと入っていっちまった。この後、俺はババアと一度も会う事は無かった。俺が最後に見たババアの後ろ姿は背中が曲がって昔よりも遥かに小さくなって、それでいて越えられない壁みてぇに大きく見えた。世界中どこを回ってみても、こんなとんでもねぇ無茶苦茶な婆さんには二度と出会える事はねぇだろうなぁ……。



「おっ、おーいみんな、見てみろや! デッカい綺麗な夕日が海に沈むでぇ!?」



新作の指差す方向に振り向くと、確かに綺麗な夕日が海の水面に映って絶景が広がっていた。朝方はどんよりと空一面曇っていたのによ、すっかりと良い天気になっちまった。昔、良く夕方遅くまでみんなと一緒に遊び回っていた頃にこんな夕日を見たっけなぁ。何か懐かしい光景だったぜ。



「……以前、本で読んだある詩人の一文をふと思い出した……」


「今日はまた良う喋るなぁ啓介? どないしたん? 雹でも降り出すんとちゃうか?」


「ちょっと気になるな、せっかくだから教えて貰おうじゃねぇか、あぁん?」


「……人の人生とは一日の天候と同じ、どんなに雲に覆われ雨が降ろうとも、最後に夕暮れを見る事が出来れば最高である、とな……」


「……ええ詩やなぁ、終わり良ければ全て良し、みたいな事かいな? 俺もそないな人生を送りたいもんやわ……」


「晴天を誉めるなら夕暮れを待て、か、悪くねぇじゃんか、気に入ったぜ……」



この後、後日にそれぞれ仕事を抱えている俺達は故郷に別れを告げて各自解散した。つーか、新作のネットハッキングと警察無線の盗聴、啓介の黒服部隊による公務執行妨害を鬼頭のおっさんに指摘されてゆっくりなんてしてられなかったんだよな。

新作はウイルスをサイトごと自爆させて証拠隠滅して姿を消しちまうし、啓介はヘリを呼び出してさっさと国外逃亡しやがった。そして一人取り残されたのはこの俺様。見事おっさんにロックオンされてこの一件の主犯としてお縄を頂戴されちまった。

そのままおっさんに神奈川県警まで連行されてよ、とりあえずの見せ締めとして次の日の朝まで年甲斐もなく拘置所にブチ込まれちまったんだぜ? アイツら簡単に裏切りやがって、何が兄弟分だ! 飯はマズいし、便所は臭ぇし、冗談じゃねぇぜ全くよ!?



「……おぉっと、話に夢中になってたらすっかり日も暮れちまった様だな、今日の夕暮れも綺麗じゃねぇか……」



まぁ、俺とあのクソババアとの思い出話はこれで以上だ。俺は今、飛行機の小さな外窓から海に沈もうとしているデッカい夕日を眺めてあの時の最後の会話を思い出していた。



「……晴天を誉めるなら……」



きっと、ババアの一生は決して晴天続きではなく、曇りの日も、あるいは泣きたくなるほどの土砂降りの日もあっただろう。それでも、人生最後の日にはあの日や今日みたいな綺麗な夕暮れが空一面を真っ赤に照らしてババアを包み込んでいたはずだ。誰が見ても最高の夕暮れ、最高の一生だったと誉めてくれるだろう。例え誉めてくれる人間がいなかったとしても、少なからず俺はババアを心底から誉めてやる。アンタは最高の義母親おふくろで、俺はその馬鹿息子で幸せだった、ありがとうよクソったれ、ってな……。



「……お客様、申し訳ありませんがお荷物の中身について何件かご質問が……」


「……何だぁ? 人がしんみりと思い出に浸ってんのに横槍入れてきやがってよ? きっちり〆たんだから空気読んでスパッと幕引きさせろよ? 第一、スチュワーデスの姉ちゃんごときがこの俺様に何の用だ? サインか? それともニャンニャンしてぇのか? あぁん?」


「お荷物の中に、何やら鶏肉と思しき土産品がありましたが、それはどこで入手なさいましたか?」


「おーおーおー、あの鶏な? いやぁよぉ、屋台村に行った時に泡盛飲み交わしながら意気投合した気前の良い兄ちゃんがよぉ、あの鶏を焼いてご馳走してくれたどころか丸々一羽お土産としてプレゼントしてくれたんだぜ? 『オニーサン、コノトリオイシイヨー、モッテカエッテヨー』ってな? 家に帰ったら早速七輪で焼いて一杯やらかそうかなって……」


「お客様、残念ながらその鶏肉はお持ち帰りさせる訳にはいきません」


「……ハァ? 何で?」


「あの鳥は日本名『ヤンバルクイナ』という沖縄県特有の固有種で、密猟及び外部への密輸は法律により禁止されております、あなたには県内に蔓延る密猟集団の密輸ルート解明と摘発の為に重要参考人として連行させて戴きますのでご了承下さい」


「……あのぉ、お姉さんって、何者?」


「申し遅れました、私、沖縄県警に所属する女性刑事、喜屋武と申します、密輸行為摘発の為に覆面捜査をしております」


「……ヘ、ヘェ?」


「当機は只今より重要参考人輸送の為、進路を引き返して那覇空港へと向かいます、どうかご協力下さいませ」


「うっそぉぉぉぉん!?」



オイオイオイ、この飛行機マジでUターンして沖縄に引き返してんじゃねぇかよ!? 固有種とか密輸とか、俺は全然何が何だかわかんねぇよ!? 気前の良い兄ちゃんから美味かったから貰っただけでよ、俺は何にも悪くねぇんだって!? オイ、ちょっと待て。これってまさかババアの怨念じゃねぇだろうなぁ!?

ふざけんなよババア! しつこく憑きまとってねぇでさっさと成仏しやがれ! だから、俺は何も知らねぇっつーの! 全くもって事実無根だ! 沖縄はもうコケッコー! なんちゃって。あ、ニワトリじゃなくてあの鶏何だっけ? ナンバラバンバンバンだっけ? 何て言ってる場合じゃねぇ!! 愛する娘達が待つ家に帰らせてくれよ、オーイ!!



ーとりあえず、完ー

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