上
この作品は現在連載している『Be ambitious!!』からのスピンオフ作品となっております。
時期設定は本編の第49話から第55話から約五年前のお話、主人公たちの父親である渡瀬虎太郎、真中啓介、松本新作の三人が幼少期に育った孤児院『森川の里』へ久し振りに訪れた時に遭遇したある事件が題材になっております。
彼ら三人を一人前の男に育て上げた孤児院院長、鈴婆こと森川鈴子が波乱万丈の人生の末に大往生を遂げる。
その訃報を聞いた三人の中心的人物、渡瀬虎太郎はふと鈴婆との最後の思い出になったその五年前の出来事を振り返る……。
内容は酷く脱力した大バカコメディーになっておりますので、本編を知らない方でも楽しめるかと思います。
若干長い作品ですが宜しくお願い致します。
沖縄から飛行機で関東に戻る際、俺は空港の中でその訃報を聞いた。それはあまりに突然で、予想だにしていなかった話だった。
「……虎ちゃん? 母さんね、この前亡くなったの……」
ガキの頃に母親にさっさと死なれ、クソッたれな父親に捨てられた俺。そんなゴミくずに手を差し伸べて、一人前になれるまで育て上げてくれた孤児院の女院長。その恩人が先週、静かに息を引き取った。老衰による肺炎。九十五歳の大往生だった。
電話の相手の俺達にとって姉の様な存在のその女性の娘からその話を聞いた時、それ相当の事じゃないと全く動じない鉄の意志を持つさすがの俺もショックでしばらくの間言葉が出てこなかった。
しかし、なぜかそれほど悲しくはなかった。まぁ、その婆さんが死にそうな素振りや雰囲気なんぞはガキの頃から見てきた俺にはとても想像しにくい事だったし、子供の頃筋金入りの悪ガキだった俺は随分とその婆さんにシバかれまくったという痛い記憶があってあまり懐いていなかったというのもあるんだが。
それ以上に、婆さんそのものが俺も呆れるほど無鉄砲で豪快な性格で、何の悔いも無いであろう最高な人生を送ってきたはずなので、半ばやっと死んでくれたかという妙な安心感と過去の婆さんとのやり取りを思い出してニヤニヤとしてしまう変な俺がいた。
「……あの婆さんは絶対不死身だと思ってたけどなぁ? やっぱり人間ってもんはいずれは土に還るもんなんだな……」
予定より一便遅れたエアチケットをいつもの理不尽ないちゃもんでキャンセル待ちを無理矢理ふんだくった俺は、飛び立つ飛行機の小さい窓から真っ赤に染まった夕暮れの空を眺めて婆さんとの最後の対面となった過去の出来事を思い出していた。
そう、あれは今から五年前の伊豆の伊東の石廊崎。俺達が出逢い、育ち、様々な宿命で結ばれ、世界へと旅立っていった思い出の『我が家』での一日……。
「アンタ達ー! 大の大人がそんな大勢集まって子供を痛めつけて、恥ずかしいと思わないのかーい! 何が警察だ、何が機動隊だ、大きな権力には尻込みしちまうくせに、弱い者イジメも大概にしろってんだい!!」
その日が偶然にも一日だけ、俺達三人『兄弟』の予定がピタリと合って時間が作れる事になった。俺もプロライダーの現役を退いてからは仕事だの子育てだの後輩ライダーの育成などでなかなか時間が取れず、久し振りの自由に使える休日だった。
「……一日だけ、日本に帰ろうと思う、家族との時間も考えたが、たまには久し振りに三人でゆっくりするのも悪くないと思ってな……」
俺と同じ孤児院で育ち、兄弟同然の啓介から同然かかってきた国際電話。国内の伝説のバンドのギタリストから日本はおろか世界中のミュージックシーンで音楽プロデューサーとして活躍し、年収ウン億万円を稼ぎ出すレーベルの社長に君臨するアイツが自分の時間を作れるなんぞ四年に一度あるか無いかの話だ。
もちろん、この機会を無駄にするのももったいない。俺は啓介の会社の財力に世話になって世界一周突撃カジノ三昧やパツキン姉ちゃんベロベロはべらかし酒池肉林の千夜一夜でもかましたろうなんて思っていたんだが、その話を聞いたもう一人の兄弟、新作が興醒めする様なプログラムを用意してきやがった。
「せっかくやん、三人で久し振りに帰省するっちゅうのもどうや? 母ちゃん、お前らの顔が見たい見たいって毎度毎度うるさいねん、たまには挨拶くらい行ったれや?」
四六時中女の乳と尻ばかり見てる四十にして嫁との間にガキ作ったビンビンのエロ河童が何を言い出すのかと一瞬耳を疑ったが、確かにコイツはあの孤児院出身者の中でも一番のマザコン野郎。挙げ句はその娘の姉ちゃんにまでベタベタのシスコン野郎。
俺は正直気が進まなかったが、啓介もその話を聞いて乗り気になったし、新作は成人になる前に心臓に重大な疾患を抱え超人的な生命力で世界中の様々な場所を取材するジャーナリストとしてここまで生きていた男。いつコイツが死ぬかも知れねぇなんで野暮な事は言いたかねぇが、せめて人とは違う重いハンデを背負った新作に最高の人生を送らせてやりたい俺は喉に支えるこの予定を無理矢理唾で流し込んでやった。
それに、実は俺にもその場所には婆さん以上に挨拶をしなければいけない存在が静かに眠っている。それは俺の唯一無比の親友だった風間貴之とも深い親交があった忘れ難き大切な『男と女』。最近俺自身が不摂生な生活でちと二人と顔を合わせ辛くて避けていたんだが、そろそろそうも言ってられん。いい加減花の一本くらい添えてやらんと罰が当たっちまう。
「しょうがねぇな、いつまで経っても乳離れ出来ねぇ赤ん坊達の為に、お兄さんが気を利かせてお家まで連れて行ってやるよ、有り難く思えよ?」
車やバイクで行くのも何かつまんねぇ。それぞれ三人ともメディア等に露出し顔が知れた立場だったが、そんな事はお構いなしだ、週刊誌にどう書かれようと知ったこっちゃねぇ。列車の中で昼から缶ビールかっくらいながら売り子の姉ちゃんにセクハラ三昧で久し振りに故郷へと三人で向かった訳だ。
ところが、この様。
「いいかい、ここにはアタシを含めてあたしの娘と孫と、アンタ達の上司の息子が乱暴しようとしたか弱き女の子の四人が人質として匿われてるんだよ!? もし無謀な真似なんかしたら人質の安全は保証出来ないよ!? 人質解放の条件はただ一つ、婦女暴行未遂をした世間様を知らない馬鹿男とその仲間達、それとその馬鹿親の県警の重役とやらのお偉いさんをここに連れてきな!? アタシ達の町の大切な若者に罪を擦り付けようとしたその大罪、この森川鈴子婆さんがきっちり落とし前つけてやんよ!!」
久し振りの帰省もクソもなく、行きの列車内で酒ですっかり出来上がっちまった俺がさらに孤児院跡の森川邸で一升瓶片手に昔話に花を咲かしていたら、突然学校の制服が乱れた少女を匿いながら田舎もん丸出しの若僧が何かから追われる様に家の玄関に駆け込んできた。どうやら追っ手の正体は警察の様だ。
「あのー、俺ー、偶然この子が男達に山ん中に引きずり込まれるのを配達中に見てー、訳わかんねーうちにこの子助けて自転車の後ろ乗っけて逃げてきたんだー! そしたら、何でかわからんけど俺がこの子襲った事になってー、お巡りさん達が俺の事追い回してくるんだー! 歩美さん、波子、俺どしたらいいんだー!?」
このガキの名前は武雄っていうこの近くの港の漁師の跡取り息子で、親の手伝いで近所の家に捕れた魚を配り行っていた。そこで、学校帰りの少女が複数の若者に連れ去られそうになったのを目的したらしい。
「……このお兄さん、私の事助けてくれたんです! なのに、お巡りさん達は私の話を全然聞いてくれなくて、お兄さんが犯人だって勝手に決めつけて……」
「……でも、どうして襲われた本人がちゃんと証言してるのに警察は信じてくれないの? 武雄ちゃん、犯人達の姿は確認出来たの?」
「……あのー、最近ここら辺をうろつき回ってる不良達、あいつらに間違いねー!」
「あいつらかー!? あたしらの学校の卒業生で親が警察の重役の腐った男が頭の不良達だー! あいつら、他にも色々と女に悪さしてる噂いっぱい聞いてるぞー!?」
あんまりに唐突な話なので俺はサッパリ事情が飲み込めず代わりに一升瓶の日本酒をラッパ飲みでグビグビやらかし、ガキと少女の対応は全て顔見知りらしい婆さんの娘の歩美姉とその息子の波子に任せっきりだった。
隣では啓介と新作も何か不安そうに玄関先を覗いていたが、いくらここが俺達の故郷だっていっても住んでいたのはかれこれもう二十年以上も昔の事。今の俺達はこの町からしたらただの部外者にしかすぎない。せっかく休みに来たのに面倒な事に巻き込まれるのもウザいので、俺達は酒を酌み交わしながら見て見ぬ振りをしていた。
ところが、だ。この話を俺達に囲まれながら居間で上機嫌だった婆さんの耳に入っちまったんだなぁ、これが。弱きを助け強きを還付無きまでに粉々に粉砕しないと気が済まない正義感か征服感か良くわからないもんの塊の婆さんがこれを聞いて黙っている訳がない。九十の老体で真ん中に置いてあったちゃぶ台をひっくり返して完全に怒り浸透。
「聞いたかい、息子達! 町の若者が正しい事をしたのに卑劣な権力を使ってそれをもみ消すどころか、その罪を押し付けられそうになってるんだよ!? こんな馬鹿な話が許されてたまるかい、アタシは戦うよ、子供達の未来の為にこの身をもって全力でお上とタイマン決めてやろうじゃないかい!!」
「おいおいおいおい、いきなり何言い出してんだよババア!? そんな真似したら頭の血管プッツーンっていわせて速攻あの世逝きになっちまうぞ!?」
「……行動を起こすには時期早々、まずは冷静に事態を確認する事が先決……」
「そうやで母ちゃん? 何もまだ、ここに警察が押し寄せて来た訳とちゃうやろ? もう母ちゃんも九十なったんやから、少しは大人しくなって可愛い婆さんに……」
いきり立つ婆さんを三人で宥めようとしたその時、家の外から数台のライトが家中を照らして眩しい閃光が窓から差し込んできた。何事かと窓から外を覗き込むと、家の前の道には数台のパトカーと機動隊の収容車、それと巨大なライトを天井に備え付けた工作車が停まっていた。
「おいおい、何だよこの急展開は!? すげぇ大袈裟だし話飛び過ぎだろ!? 展開のワビのサビもねぇじゃねぇか!?」
「……総文字数が限られている為部分省略、作者の都合による……」
「それにしても適当やなぁ!? 子供一人捕まえんのにこんな演出いるかぁ!? どこのハリウッド映画やねん!?」
家中の周りは警察により完全に包囲されていた。まるで刑事ドラマのワンシーン。実際俺も昔、悪さしまくってた頃はこれくらいの数の機動隊とやりあった経験は何度かあるが、今回はさすがに予想してない展開で少し呆れかえった。こりゃ、相手の悪ガキの親ってのはかなりのお偉いさんなんだと予想出来た。
「……この家に立て籠もっている犯人に告ぐ! 我々警察はここを完全に包囲した! 逃げ場は無い! 中の住民に危害を加える事無く速やかに出てきなさい!」
「いいねぇいいねぇ! この張り詰めた空気、この緊張感! 相手がデカければデカいほど燃えちまうアタシは久し振りに完全に火がついちまったよ!? こうなったら徹底的にやろうじゃないか、歩美、波子! 二人を家の奥まで案内して匿ってやんな! 虎太郎、啓介、新作! アンタ達が世界で暴れまくってきたその力、このアタシに見せて貰うよ!?」
俺達がそのテンションについていけずに唖然としていると、婆さんは一人勝手にやる気満々で新聞紙を丸めメガホン代わりに約百人近くの警察官や機動隊相手に伊豆随一と言われた『鈴子節』の良い啖呵を切った……。それが最初のあの台詞だ。
「人質四人って何だオイ!? 俺達は数に入ってねぇのか!? いつから俺達が立て籠もりの主犯になってんだぁ!?」
「……しかも人質が警察を脅すなんて、根本的に何か間違っている……」
「母ちゃん勘弁して〜なぁ!? 虎太郎はもう前科何犯もあるからええとしても、俺にはこの前生まれたばかりの次女がおるんやで!? 啓介かて仕事に支障出たら俺達の貴重なスポンサー無くなってしまうやん!?」
「俺はどうでもいいってどういう事だこのスケベ野郎!? テメェも一度冷たい独房の中で臭い便器でクソしてみるかゴラァ!? それともムキムキムチムチのアニキと同じ牢に入れてケツの穴ほじくり回してやろうか、あぁん!?」
「……お前達に提供した資金は全て投資のつもりだ、もちろん、後々それで出た利益は還元して貰う……」
「お前なぁ啓介、そない関西の商売人みたいにケチな事言うとるとな、いつか寝首かっ切られるでホンマに!? それにな、俺はムチムチでもおっぱいボヨンボヨンでお尻がプルンプルンのピチピチセクスィーお姉ちゃんしか股間の新作レーダーは反応せえへんねん! ガチムチアニキなんぞ便器に流してジャ〜っや!」
「馬鹿な言い合いしてんじゃないよこのダメ息子達がぁ! いいかい、籠城とは長期戦だよ! 諦めずに最後まで己の意志を貫いた者が勝つんだからね!? それがわかったら、さっさとヘソに力入れて腹をくくりやがりな!?」
そこから徹夜で一晩明けるまで婆さんノンストップで吠えまくり。まるで戦時中の空襲みたいにどっからか竹槍まで持ってきて、完全にこのババア一人でこの雰囲気を楽しんでいやがった。やっと落ち着いてウトウトし始めたのは早朝の頃。何とか婆さんは俺が布団まで運んで眠りについてくれたが、相変わらず家の周りには警察がわんさかいやがる。
「……おい坊主、お前よぉ、面倒だから今からでも警察に出頭して事情説明してこいや?」
「……えっー? そんな事したら俺、絶対に逮捕されるー!?」
「だからよぉ、その女の子と一緒に自分が見た真実をはっきり証言すりゃ全て解決するだろうが? 警察だってバカの集まりじゃねぇ、ちゃんと裁かれる者は裁かれて、お前は無事に帰ってこれるから心配すんな、なっ!?」
俺がこの時ガキに出頭を促したのは、俺自身があまりこの事件に対してやる気が湧かないってのもあったが、このバカみたいな状況を早いところ終わらせたいという気持ちが強かったからだ。目が覚めたら婆さんは俺がやらかした事に激怒するだろうが、九十歳にもなる老婆をこんな緊迫した状況下に置き続けて何か体に異常をきたして貰っちゃ尚更困る。
そもそもこんな立て籠もりなんてせずにちゃんと話をつけりゃとっくに終わってた事件だったかもしれんし、いつまでも俺達はここに居続ける訳にもいかんからなぁ。俺にも啓介にも仕事があるし、新作の体の具合も心配だ。
「ぶっちゃけ誤認逮捕されても婦女暴行なら軽くて五年もくらいで出てこれるからよ、大して人生損する事もねぇさ、まぁ何かの縁だと思って少年院入んのも悪くねぇぞ? うん、問題ねぇ問題ねぇ、はいはい解決解決! ほら、さっさと外行くぞガキ!」
「……そんなー、俺、俺ー!」
「……駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だー! そんなの、絶対駄目だー!!」
すると、さっきまで部屋の片隅で大人しく座っていた孫娘の波子が焦りながら困った顔をして俺に食いついてきた。まだ高校生くらいながら俺の服を掴んで揺さぶる力は柔道黒帯クラスの衝撃。さすがは歩美姉と男漁師の間に生まれた娘っ子だ。
「お願いだよー、武雄を連れていかないでくれよー! あたしは武雄と一緒に立派な漁師になるって約束したんだー! 武雄が逮捕されたりしたら、もしかしたら一生漁師になれなくなっちまうかもしんねー!?」
「ハァ? 女のクセに夢が漁師かよ? 最近珍しいガキだな、大丈夫だろ? 前科があっても漁師くらいなれるんじゃねぇのかよ、アン?」
「……それだけじゃ、それだけじゃねーんだー! あの、あたし、あたしは、その……」
俺が喉の渇きを潤す為に一升瓶の残りの酒を飲みながら波子を睨みつけると、波子は急にもじもじとしながら顔を赤らめてガキの方を横目でチラチラチラチラ。俺がフゥと一升瓶を飲み干して一息ついた瞬間、意を決した様に膝を両手で叩いて俺を睨み返してきた。
「……あ、あたし、将来武雄と所帯持って可愛い赤ん坊産むってもう心に決めてるんだー! 学校出たら、すぐに武雄の嫁になる為に花嫁修行するって決めてるんだー!!」
「……ハァ?」
「……えっ? えっ!? えっー!? お、俺、俺、そんな話初めて聞いたー!? 波子、一度もそんな事俺に話してくれなかっただろー!?」
「い、今更馬鹿言うなよー!? とっくにわかってたくせにあたしの気持ちー!? 武雄が強くて立派な男の漁師になるって約束してくれたのは、あたしの旦那様になる為に言ってくれたんじゃないのかー!?」
「……そ、そうだー! その通りだー!! 俺、波子に気に入られたくて頑張って漁師目指してたんだー! 昔から波子を俺の嫁にしたくて頑張ってんだー!!」
「ば、馬鹿ー! あんまり嫁、嫁、言うなー! 恥ずかしくて顔から火が出てしまうだろー!? あたしな、嫁も頑張ってな、漁師も頑張ってな、お父ちゃんとお母さんのいいとこ取りした最高の女になるんだー!」
「うわー、すっげーなー! 嬉しいなー、嘘みてー!? 俺もいつか波子の父ちゃんみたいな最強の漁師魂持った男になるー! 俺、波子と祝言挙げんのにやっぱこんな所で逮捕される訳にはいかねーよー!?」
「そうだよー! あたしの旦那を連れていかないでくれー! 坊主頭のオッサン、アンタはどんな逆境に追い込まれても、その度に立ち上がってきた世界最強の男だって婆ちゃんが言ってたぞー!? 本当にそうなら、どうか武雄を助けてあげてくれー! お願いだよー!?」
「……参ったなこりゃ、おい……」
目の前で時代遅れな昭和の甘酸っぱい恋愛話を聞かされた挙げ句に今度は人助けの要請。さすがの俺もこの時は本気で困った。決して俺は正義のヒーローなんて名乗れる様なもんじゃねぇからなぁ。頼み事なら妖怪ポストにでも手紙入れてくれ。
「おい、虎太郎ぉ! 娘がこんなに必死になってテメェに懇願してんだぞゴラァ! テメェも男気と誠意ってもんを少しは見せたらどうなんだこのスカポンタンがぁ!!」
「歩美姉まで触発されて裏モード炸裂させてどうすんだ、アン!? テメェら親子はちょっと落ち着けやゴラァ!!」
「……あらやだ、私ったら波子の必死な姿を見てついつい、ウフフ……」
「……全く、チッ……」
次々降りかかってくる問題と酒の回り方がいまいち悪くて頭が痛くなって突っ伏してたその時、それまで何時間も言葉を発しなかった啓介がいきなり立ち上がって黒いコートのポケットから小さな携帯らしきモバイル機器を取り出した。そのアンテナを伸ばすと機体から何やら赤いランプが点灯し、啓介は静かにそれを耳元に寄せて会話を始めた。
「……一部始終は聞こえていただろうな? 速やかに、ここからの脱出ルート確保と関係者の確保を開始する、なお確保は必ず本人同意の元で行う事、以上……」
「ん? おい啓介、お前今一体誰と電話……」
……バタバタ、バタン!!
「……うおっ!?」
次の瞬間、居間の隅の畳が急に真上に跳ね上がり、その下に掘られた人が一人通れそうな穴から黒いボディスーツを着た謎の男が二人現れた。突然の訳のわからない状況に俺達は呆気に取られて言葉が出てこなかった。
「マスターK、すでに脱出ルートは確保済みです、脱出先の護送車の準備も万全です」
「……了解した、ご苦労……」
「……おい啓介、何だこりゃ……」
「……仕事で海外に在住する際に、日本にいる妻のあづみと娘の小夜を警護する為に俺が自ら設立したシークレットサービスだ、隊員は全て軍隊上がりの筋金入りの忠誠を誓った人間ばかりだから心配しなくていい……」
もちろん、こんな黒服ボディガードサービスの存在は今の今まで俺も新作も全然知らなかった。というより多分守られているであろうあづみ姉チャマも小夜も全く知らねぇだろうなぁ。
「……お前は何ちゅうもんを日本に潜伏させとんねん? もしかして、俺達も知らん間にこのクロネコサービスのお世話になってたりしとるんか?」
「……時間帯お届け指定は別途追加料金になります……」
「ケチな話やな〜?」
その黒忍者軍団は用件を済ますとその穴の中にあっという間に姿を消した。まぁ、何て手際よいお仕事だこと。啓介も暴行されかかった少女を誘導してその避難路の穴の中へと入っていった。
「……彼女には少し手助けをして貰うので連れて行く、あとは悪いがもうしばらくここで辛抱していてくれ……」
「何や何や? 俺達は逃げられへんのかい? 置いてきぼりかいな?」
「……そういう訳ではない、今ここから全員が逃げ出してしまったら、この少年は警察がふきかけてきた冤罪を認めてしまう事になる、俺はそれを阻止する為に、これからシークレットサービスの力を使ってこの事件の加害者の捜索を開始する、それまでは何とか凌いでくれ、それでも駄目な時はここから逃げられるから使ってくれ……」
「……啓介、お前急にどうした? そんな切り札みたいな軍団まで出してきて、冷静なお前が何をそんな鈴婆みたいにやる気満々になっちまってんだ?」
「……歩美姉さんの娘さんの願いに突き動かされたんだ、もし、自分の娘が大切だと想っている男が同じような立場に追い込まれていたとしたら、俺はそれを黙って見過ごす事は出来ないだろう、ただそれだけだ……」
「……啓介……」
「……虎太郎、新作、鈴子婆と歩美姉を頼むぞ、すぐに戻る……」
啓介は静かにそれだけ言い残すと、捲れていた畳を戻して穴の中へと消えていった。しかし、この穴はいつどうやって何を使って空けたもんなんなんだか、今考えてもサッパリわからん。あの時酒が入りすぎた俺の見た錯覚かもしれない。
「うははぁー、あの黒コートの足長オッサン、メチャクチャカッコいいなー! さすがは婆ちゃんの自慢の子供だー! あんなカッコいいオッサンにも娘がいるんだー、あたし羨ましいなー!?」
「おぉっと波子ちゃ〜ん? カッコいいオッサンならここにもおるでぇ? 啓介がブラックコーヒーなら俺はさしずめ甘くてとろけるリッチカフェラテってとこかいな? 俺も可愛い娘達が連れてきた運命のダーリンに、もし一人じゃ背負いきれない大きな問題が降りかかってきたら、この命燃え尽きても助けてやらん訳にはいかへんもんなぁ?」
「……おいおいおいおい、コラコラコラコラ、新作、まさかおめぇまで……?」
今度は新作が手持ちのバックから次々とノートパソコンやら様々なモバイルツールを取り出して無線でネットダイブをし始めた。コイツの得意分野であるメディアでの情報検索、こちらから例の県警のお偉いさんやその息子の情報や足跡を探っていく魂胆って訳だ。
「お姉ちゃ〜ん、ちょっと家の電源貰うで〜? 松本スペシャルモバイルサーバ、起動!」
「あらあら、新ちゃんこれって何?」
「……奥さん、気になっちゃう感じ? これ気になっちゃうの、ねぇ? すっごいのこれ、すっごぉいのぉ〜」
「……やめて、夫はもう数年前に私を置いて新たな海の世界へ……」
「ウヘヘ、メチャメチャ不謹慎やけど未亡人歩美タン萌え萌えや〜! 相変わらず姉ちゃんは俺のツボ、イヤらしい雰囲気満点やなぁ? グヘヘ」
「何やってんだおめぇら? すっかり四十越えたオッサンとオバサンが早朝から子供達の前でよぉ?」
「新ちゃんがこの道具を使うと、世界中の情報があっという間に全てわかっちゃうのね?」
「そう、全てだよ、世界中はもちろん、奥さんの心も体も全て丸裸さ、ありとあらゆる、あ〜んなところやこ〜んなところまで全て丸裸……」
「……イヤん、恥ずかしいわ、私って新ちゃんに全てを見られてしまう運命なのね……」
「うっひょ〜! 熟女未亡人プレイもなかなか意外とたまらんなぁ〜! もう歩美と新作の黄昏流星群って感じやわぁ〜! あぁ〜、一度でええから姉ちゃんとイケない関係になってみたかったわぁ〜!!」
「だからさっきから何やってんだおめぇら? おめぇらバカだろ? バカだよな? 歩美姉もいちいちノッてんじゃねぇよ、鈴婆が寝たら何でもやりたい放題かオイ?」
「うははぁー、あの眼鏡エロオッサンもお母さんをメロメロにしちまうんだから、やっぱりカッコ……」
「良くねぇよ!? 何だおめぇら森川家は母娘孫三代揃ってバカまみれか!? 俺はやる気ねぇからな、てめぇらだけで勝手にやってろ!? 酒が切れたからおれは寝るっ!」
「なぁなぁ、波子ちゃん知っとるか? あのオッサンな、実の娘からメチャクチャ毛嫌いされとんねん、うるさいしやかましいってな?」
「余計な戯言グダグダくっちゃべってんじゃねぇぞこのクソ眼鏡!! てめぇのチ〇ポ切り取ってそのやかましい口の中にぶち込んでやろうかゴラァ!!」
「本当にやかましいんだよオメェ達はよ!! せっかく母さんが寝てくれたのに叩き起こすつもりかワレェ!!」
「だからいちいち歩美姉も裏モードになってんじゃねぇよクソやかましい!!」
正直、あの時何で警察が家の中に突入してこなかったのか今でも不思議だ。こっちはまるっきり隙だらけだったんだが、どうやら最初の婆さんの凄まじい啖呵と中での俺達の怒鳴り声にビビって全隊員が尻込みしちまってたってオチの様だ。
全く、日本の警察はまるで腑抜けばかりだな。昔のオッサン達の方がよっぽど骨のあるヤツが多かったのになぁ、こんな事なら本当に啓介みたいに自分で軍隊持った方がこの世の中安全だな。もちろん、俺様にはそんなもん必要ないがなぁ?
あーもう、新作の無駄話が長くて規定の文字数じゃ話が書ききれなくなっちまった様だな。回想内の俺も寝ちまったし、飛行機の中の今の俺も少し仮眠取るとするか。この続きはまた今度。じゃ、寝るっ。