1 出会いは唐突に
いくつになってもトキメキたい!
人間に賞味期限なんかない
そんな思いで書きだしました。
よければお付き合いください♪
「いくつになっても、キヨ美は綺麗だな」
愛しい人の声が聞こえた気がして、そっと目を覚ます。
同時に、二人で薄紅の花嵐に包まれたとき、「願わくば 花の下にて 春死なむ・・・」とつぶやいていた横顔を思い出した。
目尻の皺さえ格好よく見えて、「あなたこそいつまでも素敵だわ」と、新婚だった時のように頬を染めながら下を向く。
普段あまりそういうことを言わない人なので、とてもうれしい。
こっそり感心していたら、どうも結婚三十五周年記念に酒飲み仲間に何かを吹き込まれただけだったらしい。
あっさりと「続きを忘れてしまった」と白状し、照れ笑いしてきた。
思わず「年のせいですよ」と返し、「自分のことを棚に上げて」と応酬される。
見合わせて笑いあった時に桜の雨が降り注ぎ、なんと幸せだったことか。
あれから幾度も季節がめぐり、気が付けば、長年連れ添った最愛の夫が去ってから十年。自分はもう八十四にもなってしまった。
耳は遠くなり、節々は痛み、一番好きだった文明堂のカステラさえ、ゆっくりとしか食べられない。
それでも、愛しい人の顔はまだ思い出せる。
お腹を痛めて産んだ子ども達の顔も。赤ん坊だった孫の顔も。
それで十分。
少しずつ失っていくのは仕方ない。思い出が残っていれば生きられる。
・・・そう思っていた。
あの日までは。
いつもと同じ朝ごはん。
一人で見つめるいつもの風景。
仏壇にそっと手を合わせ、外出準備をする。
今日は月に一度の生け花教室だ。
女学校時代には桜色の着物で通っていたが、さすがに今は着られない。
藤の合わせで落ち着いてまとめ、慣れた作業で白髪を結いあげる。
年を重ねると小ぶりなデザインのものは映え難い。
ここは思い切って簪を珊瑚にしようかしら。
姿見に、赤い簪を手にした着物姿のキヨ美が映る。
慣れた作業とはいえ、無事にこなすことができ、ほっとする。
「この着物もいずれ着られなくなる日が来るのね・・・」
昔、母がよく身に着けていた朝顔の着物は空襲で燃えてしまった。
そんな話をした時に愛しい夫がよく似た色合いのものを贈ってくれたのだ。
懐かしさに、すこし目元が熱くなる。
だが、しんみりする時間はない。
「まだ早いけれど、もう出たほうがいいわよね」
玄関につけた手すりをつかみ、気をつけながら下に置いた下駄をはく。
この下駄は年を取ったキヨ美が歩きやすいようにオーダーメイドで孫がプレゼントしてくれたものだ。
「初給料はもっと自分のために使いなさい、もったいない」と受け取りを断ったが、その方がもったいないと諭され、結局受け取ることになってしまった。
受けっとったからには使わねばと試してみると、大変歩き心地がよかった。
そのため、最近着物のときはこの下駄以外履いていない。
「和希にまた何か返さないといけないわね」
無事に地面に降り立ち、玄関の戸を横に引く。
瞬間、風が巻き起こり、八重の花弁が雪の結晶とともに視界を覆う。
「きゃっ」
びっくりして目を瞑る。
と、知らない声が聞こえてきた。
「大丈夫ですか」
低く艶のある声。聞き取りにくいのに、不思議と明瞭に感じたその声の主は玄関前にいた。
「あら、お客様? 珍しいわね。直美の知り合いかしら。それとも雪人のお友達?」
先ほどの声と、見た目から察するに大学を出たばかりぐらいだろうか。
二十代に見える男の子の知り合いとなると、大学生の孫たちぐらいしか思いつかない。
五軒先の息子の家は狭く、小学生だった孫たちは、たまに応接間に友達つきでやってきた。そんな時はオレンジジュースを出してもてなしてやったものだ。
もっとも高校ぐらいになると、すっかり来なくなってしまったが。
「ごめんなさいね。孫たちは五軒先の近藤という家に住んでいるの。私も今から出かけるから、もしよかったら案内しましょうか」
せっかく来てくれたのならば、せめて孫たちの元まで連れていってあげよう。
そう思い、後ろを向いて玄関のカギを閉める。
だが、相手の回答はキヨ美の予想を越えるものだった。
「いいえ。俺はあなたに会いに来たんです」
「わたしに・・・?ごめんなさい。どこでお会いしたかしら。」
答えながら、相手の顔を観察する。
透き通った肌に高い鼻梁。さらりと流れる黒髪は今時のテレビ俳優のように耳の下あたりで整っている。
切れ長の瞳は、光により少し金色に輝いているようにも見える。
そして、特徴的なのは頭の上に髪と同じ色の犬耳がついていること。
ぴこぴこと動くそのつくりは最近の流行なのだろうか。
猫耳ならば、隣のアパートの外国人の女の子がよくつけているので多分そうなのだろう。
しかし、どこか浮世離れした子だ。まるで白夢中でも見ているみたい。
もしかして、いよいよ天国からのお迎えなのだろうか。
「こんなに綺麗な子に迎えに来られたら、高子なんてうっかり付いていってしまうんじゃないかしら。」
最近K-POPなるものにハマった娘を思い出す。もしも天国からのお迎えならば、付いて行く前に一度に会わせてあげたいものだ。
光る棒を振り回す娘を思い出しながら、キヨ美は尋ねた。
「ごめんなさい。最近物忘れがひどくて。どちらさまかしら?」
「この姿で会うのは初めてなので、当然ですよ。僕は一週間前に御世話になったものです」
「一週間前・・・?」
思わず首をかしげる。こんな特徴的な相手なら覚えていそうなものだが、全く覚えがない。
「一週間前といえば銀色の乗り物の近くでうずくまっていた黒いワンちゃんを佐藤動物病院に連れていってあげたことぐらいしか、思い当たりませんが・・・もしかしてあのワンちゃんの飼い主さん?」
すると、相手は満面の笑みでいきなり跪いた。
「いいえ。僕はあの犬です。地球人の感覚ではちょっと信じがたいかもれませんが。」
そして、ポケットから白い小さな箱をとりだした。
キラリ
手の中にある銀色の光が、彼女をつらぬく。
「あなたの優しさに惚れました。どうか、僕と結婚してください」
「・・・は? ・・・えぇ?」
どこかで、いつもの日常の終わる音がした。
次回 祖母に求婚した絶世の美男子(宇宙人)をめぐり、はじまる孫と祖母の三角関係。
そこに海外から第7夫人を連れて帰ってくる甥のジョン。
はたして主人公は何を選ぶのか。というか、どうやったらこの騒ぎは静まるのか。
乞うご期待。