保護者の嘆き
林を抜けてしばらく歩くとダイアンは話を再開した。
「俺はお前の思考を読んだのさ。やけに連絡環境が悪かったから、さては遠出したなと思って俺も人に尋ねながら奥へと向かった。そしたらお前が少女と林の中に入るのを見たヤツがいたから、後を追って入った。そしたら血まみれのこの子が倒れてたから、慌てて駆け寄ったんだ。」
クロエはダイアンの行動力と自分たちが目撃されていたことに驚いた。
「見られてたなんて思わなかった。でも、よかった。モカが助かって。」
クロエはモカの手を包むように握った。しかし、モカの手からは温もりはなく、代わりに氷を触るような感覚が感じられた。
「ウソ・・・どういうこと?ダイアンが手当てしたんじゃなかったの?!」
「半分な。俺が駆けつけた時にはこの子の心臓は止まってた。心臓マッサージをすぐに施してなんとか心臓を動かせたが、脈は弱々しかった。地面が真っ赤に染まってたから、どうも血が出尽くてしまったらしい。」
「でも、あの時医療キットをモカに使えば助けられたかもしれないんじゃないの!?」
「お前の方が助かる確率が高いから、お前に使った。」
「ひどい!最初から見捨てるつもりだったなんて!あの時この事をなんで説明してくれなかったの?人でなし!」
「人の気も知らずにわめくな!」
ダイアンは素早くクロエを突き飛ばした。
「確かに、助かれば長生きする可能性はお前よりもあの子の方が高い。でも、あの時あの場で助かる可能性はお前の方が高かった。ただそれだけだ。俺はお前と違って頭がフワフワしてねぇんだよ。」
言い終わるとダイアンは振り返ることなく、早歩きでその場を去った。クロエは当然知らないことだが、この時ダイアンは感情を抑えきれずに目に涙を浮かべ、数滴ほほからつたっていた。ダイアンは涙を素早く拭うと、心の中で何度もモカに謝った。歩いてるダイアンの姿が小さくなっていくのを見ながらクロエはゆっくりと起き上がった。ダイアンだってモカを殺したくて見殺しにしたわけじゃないんだ。私を助けるために、モカを犠牲にする必要があったんだ。私が遠出をしなきゃ、モカが死ぬ必要はなかったんだ。後悔と罪悪感が一気にクロエの脳内と心を襲った。クロエはそれらをなんとか理性で押さえつけると、足を動かした。例えモカの両親に恨まれても、この罪は私が背負う義務がある。これだけはダイアンに頼るわけにはいかない。クロエは徐々に歩く速度を速めてなんとかダイアンに追いついた。
クロエの予想通り、モカの両親のバッシングは相当なものだった。ダイアンがおぶっていた血まみれのモカを見た母親はモカを素早く抱き寄せ、誰にも渡さないようにずっと抱きしめていた。クロエから説明を聞いた時、モカの母親は半狂乱になってダイアンに掴みかかり、絞め殺そうすると勢いだった。
「モカを返して!アンタがもっと早く来てればこんなことにならなかったはずよ!」
ダイアンは数秒の沈黙の後に重々しく口を開いた。
「全くもってその通りだ。謝っても赦される訳じゃないのはわかってる。でも、自分を悔いるしかないんだ。アンタ達両親からの赦しがなきゃダメなんだ。」
クロエはダイアンを荒く掴むモカの母親の腕を掴んで離そうとしながら自分を責めるように促した。
「最初にモカと一緒にいたのは私です!彼女の死は、私の監督不届きです。だから、恨むなら私にして下さい!」
修羅場を見て黙っていたモカの父親は咳払いをすると妻に向かってほんのり熱を帯びた口調で口を開いた。
「この青年から手を離せ。彼はモカを助けようとしただけじゃないか。」
モカの父親がなんとか母親をダイアンから離すと、母親は泣き崩れた。
「もう耐えられない・・・寝室に行くわ。」
モカの母親は身体を震わせながら居間を後にした。
モカの父親はその姿を見送ると、ダイアンとクロエに向き合った。
「君たちはよくやってくれた。こんなに安らかな笑顔を見せてるなら、モカは安らかに天国に行けるんだろう。」
父親の言葉が2人の罪悪感を強く揺すり、動きを止めさせ、口を回らなくさせた。
「できればこの笑顔を、何度も見たかったなぁ・・・・・・もし生きていれば、何度も見せてくれるんだろうな、モカ・・・・・・」
モカの父親は悲しみを押さえきれず、机に伏して泣いた。同情する資格も慰める資格もない2人はどうすることもできずにただ見つめていた。しばらくすると、涙が枯れたのか、モカの母親が居間に出てきてか細いものの先程と比べれば好意的な口調で話しかけた。
「ダイアンと言ったっけ?さっきの無礼を許してちょうだい。」
ダイアンは即座にゆっくりと首を横に振った。
「許されるべきはこっちだ。もうアンタ達の前にいる資格は無いから、これで帰らせてもらう。」
モカの父親も落ち着いたらしく、ゆっくり顔を上げてダイアンを見つめた。
「今、外に出たら危険だ。吹雪いてるからな。もう7時なんだから今日はここに泊まりなさい。」
ダイアンは断って帰ろうとした。
「娘を殺したヤツがどうなろうと、アンタ達に関係ないのでは?」
モカの父親はやんちゃな子供を叱る父親のような情熱的な瞳でダイアンとクロエを見つめて言った。
「ウチの娘を殺したからこそだ。簡単に死なれちゃ困る。」
クロエは罪悪感を隠しきれないまま尋ねた。
「本当にいいんですか?私達がここにいていいんですか?」
モカの母親は軽くため息をついて一瞬だけ力強く笑った。
「今帰ったら本当に恨むわよ。好意は受けとるべき物なの。」




