エスタシオン・フラベルが娘の作った謎の物質(クッキー)を食べる話
私の可愛い可愛い子どもたちが私のためにクッキーを作ってくれたらしい。
私のために!(ここ重要)
みんなで仲良く作るところを想像したら大変萌えた。
うちの子達可愛い!
どれだけ不味くても笑顔で美味しいって言おう!
と、10分前までテンションをあげていた私だが……今はすごくテンションが低い。
右から長男のベラーノが作ったクッキー。
専門店に売ってありそうなくらい綺麗な見た目をしている。
私の息子はなんでもできて凄いな。
歴代当主の誰よりも優秀なんじゃないか?
さすが私の息子だ!
……養子だけど。
それで、その左隣には長女のフユが作った……えーっと……。
これはちょっと問題があるので飛ばさせてもらう。
あとで説明するから待ってほしい。
で、その更に隣にあるのが次女のハルが作ったクッキー。
ちょっと焦げてるがご愛敬というやつだ。
形は綺麗だしね。
それで、更に隣にあるのが三女のアキが作ったクッキーだ。
ちょっと焦げているし形も崩れているが、これもご愛敬というやつだろう。
一生懸命作ったと思うと自然と笑みがこぼれてくる。
さて、そんな心持ちで長女フユの作ったものを見てみようか。
ひょっとしたらクッキーになってるかもしれないしね!
えー……………………青い半透明のゼラチン物質がブルブル震えていた。
クッキーにはなってなかった。
私は使用人が持ってきたスプーンでゼラチン物質をつつく。
つつかれた物質はブルブル震えながらスプーンに噛みついた。
うわ、これ生きてる。
スプーンが溶けてるように見えるんだけど気のせいだろうか?
ゼラチン物質越しだからそういう風に見えるだけかな?
目の錯覚ってやつかな?
「フユ……これは何かな?」
「クッキーです」
「そっか……クッキーかぁ……」
…………クッキーかぁ。
私はフユがクッキーと呼んだ物質に視線を向ける。
私が見たことに気がついたのか物質はグルグルと威嚇してきた。
クッキーってこんなだったっけ?
いや、違うと思う。
だって左右においてある長男と次女と三女が作ったクッキーと全く違う。
そもそも、クッキーは噛みついたり威嚇したりしない。
つまり、これはクッキーじゃない。
「教わった通りに作りました」
フユがそう言った。
誰に教わったの?
呪術師?
「フユは僕たちと全く同じ作り方をしました」
「材料も全く同じです」
「余計なものは一切入っていません」
すかさずベラーノとハルとアキがそう言った。
三人とも顔が死んでいる。
フユだけがにこにこと微笑んでいた。
なんで全く同じ材料で全く同じ作り方をしたのにこんなに差が出るの?
なにこれ怖い。
私はとりあえずベラーノのクッキーに手を伸ばした。
口に含むと甘いバニラの香りが広がった。
見た目同様、味も素晴らしい出来だ。
続いてハルのクッキーに手を伸ばす。
ちょっと焦げているが、そこがまた美味しい。
次女も才能に溢れているな。
将来が楽しみだ。
あ、いやクッキー職人にするつもりはないが。
続いてアキのクッキーを食べる。
ハル同様焦げているが美味しい。
天才じゃないか?
そして最後に………………これ食べないと駄目なのかな?
ゼラチン物質はスプーンを半分ほど溶かしていた。
いや、これ絶対にクッキーじゃないでしょ……。
「お父様」
どうしたものかと思っていたらフユに呼び掛けられた。
私の体があからさまに震えてしまった。
子どもたちに怖じ気づいていると思われたかもしれない。
……怖じ気づいてるんだけどね。
「どうしたんだい?」
私はできるだけ平常心を装ってフユに言った。
上手く取り繕えたか不安である。
「どうして私のクッキーを食べてくださらないんですか?」
フユが悲しそうに言う。
その顔に私の胸が痛んだ。
娘のこんな顔を見て「食べたくない」と言える父親がいるだろうか?
いや、いない!
「今から食べるよ。楽しみだから最後に取っておいたんだ」
私が微笑んでそう言うとフユは「そうだったんですね」と笑顔で言った。
笑顔だけ見れば天使である。
ところで、気になっていることがある。
どうしてベラーノは私と視線を合わせてくれないのだろうか?
ハルとアキも私から顔をそらしている。
こっちを見てくれ。
怖いじゃないか。
私はフユの作ったクッキーを見た。
青いゼラチン物質がブルブル震えている。
私が視線を向けた時だけ威嚇してくるが、目も耳も無いのにどうやって察知しているんだろう?
「バリアー」
突然、ベラーノが呟いた。
顔をあげると私の回りを薄緑の光が舞っている。
何でこのタイミングで防御魔法かけたの?
怖いからやめて!
そして、また目をそらすし!
やめて!
私は再びゼラチン物質に目を向ける。
ゼラチン物質はブルブルと震えていた。
私は覚悟を決めた。
これは可愛い愛娘が私のために作ったクッキーだ。
私のためだけに作られたクッキー。
私が食べずに誰が食べると言うのか?
例え見た目がクッキーじゃなかろうと娘がクッキーと言うからクッキーなのだ。
「いただきます!」
溶けたスプーンをゼラチン物質に突き立てる。
すると、スプーンは物凄い勢いで弾き飛ばされた。
私の覚悟も一緒に飛んでいった。
鋭い音とともにスプーンが背後の壁に突き刺さる。
何故か頬が痛い。
スプーンがかすったのかもしれないと私は思った。
「ヒール」
ベラーノが今度は私に回復魔法をかけた。
頬の痛みは綺麗さっぱり消える。
ああ、よかった。
……いや、全然よくないけど。
使用人の一人が壁に刺さったスプーンを抜いてから部屋を出ていった。
入れ替わりで別の使用人が入ってきて私に新しいスプーンを渡す。
嘘だろ……?
私は信じられない思いで使用人に目を向ける。
使用人は目をそらした。
私は泣きそうになりながらスプーンを見る。
これ……お客様用の高いスプーンじゃん。
絶対溶かされるのに何で良いスプーン持ってきたの?
バカなの?
「お父様がんばれー!」
「お父様ふぁいとー!」
ハルとアキが私の応援をしだした。
フユは相変わらずにこにこと微笑んでいる。
フユが何を考えているのか分からなくて怖い。
ひょっとして嫌がらせなのかもしれない。
フユって、こんな嫌がらせしてくるの……?
私のこと嫌いになってないよね?
いや、大丈夫だ。
だってフユは小さい頃に「大人になったらお父様のお嫁さんになる」と言っていた。
クソ王子と婚約するまで私にメロメロだったのだ。
今だって私のことを好きに決まってる!
だからこれも害の無い ちょっと不思議なゼラチン物質に決まってる!
私はゼラチン物質を睨んだ。
するとゼラチン物質がグルグルと威嚇してきた。
こいつも食べられる恐怖と戦っているのだろう。
どうにかして回避したい気持ちがムクムクと沸き上がってくる。
絶対に食べたくない。
そう思ったとき、私は名案を思い付いた。
食べたくない私と食べられたくないゼラチン物質。
私たちの意見は一致しているのだ。
これを上手いこと利用してどうにか食べない方向に持っていけば良いのである。
さすが私!
頭良い!
「フユ、私にはこんなに可愛いゼラ……クッキーは食べられないよ」
「……つまり、食べたくないということですか?」
フユのいつもより低い声に私は「えっ……いや、その……」と曖昧な答えを返した。
これは不味いやつだ。
王子に嫌がらせしたときより怒ってるかもしれない。
はっ……王子!
「そうだ!あのクソ王子にあげたらどう「ツキ様にこんなもの食べさせられません」
「そ、そう……」
食い気味で断られた。
私が『こんなもの』を食べるのは良いんだね……。
お父様は悲しい。
そう思った次の瞬間……。
ゼラチン物質にフォークが刺さった。
「キュアアアアアアアアァァァ!?」
人には発することのできない甲高い音が部屋中に響く。
それはゼラチン物質の断末魔であったのだろう。
ゼラチン物質は抵抗するように暴れていたが、すぐに動かなくなった。
同時に甲高い音も止む。
ベラーノが泣きそうな顔で耳を塞ぎハルとアキは抱き合うようにして泣いていた。
フユだけが平然とゼラチン物質にフォークを突き刺していた。
「お父様、あーんしてください」
「ひっ!?」
ゼラチン物質を突き刺したフォークの先端を私に向けながらフユが言う。
私の口から小さな悲鳴が漏れるのも必然と言えよう。
ついに力付くで来たのだ。
娘が……私を殺そうとしている……。
「あーんしてください」
有無を言わさぬ笑顔でフユは言った。
私は涙目で口を開く。
ゼラチン物質はすぐに私の口に放り込まれた。
その後の私については語るべくもないだろう。
気付いたら自室のベッドで寝ていたとだけ言っておこう。