表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

夏の始まり

 俺の通う学校のやや広めの体育館、ここにはこの学校の全校生徒が集まっていた。

 無慈悲にも風通しは最悪で、ここにいる人間の吐く息や体温のせいで余計に蒸し暑くなっている。

 おまけに身体中を流れる汗が服を濡らし、不快にも張り付いてくるうえ、喉を潤したいという渇望が脳裏を巡る。

 

「えー、次は理事長兼学長先生のお話です。姿勢を正して、礼」


 お決まりの台詞にまともに礼をする生徒はごく僅かだ。

 座りながら礼をするってただ頭を少し下げるだけだが。

 生真面目に体操座りする生徒は僅かで、大半は胡座をかいている。


「皆さんおはようございます。今日はこの猛暑の中での全校集会となりますが、黙って聞くように」


 理事長が壇上に上がり話を始めると、それまでは多少ざわついていた生徒も含めた全員が静まり返った。

 中学の時だったら誰が話していようが十人程度がどこかで話していて完全に静かにはならなかっただろうが、この理事長の時だけは絶対に無駄口を叩く奴はいない。


「――この学校に通う生徒であればまず無いでしょうが、警察沙汰になるような事、タバコやドラッグの使用や暴力、万引き等ですね。それから、これは一部の生徒へですが、危険な事には首を突っ込まないこと……いいですね?」


 最後の言葉を発してから言い終わるまでに理事長は特定の生徒に目線を向けた。

 それも特にお前と言わんばかりに俺に対しては目つきが鋭い。

 俺だって好きに望んで問題なんか起こしたくはないのだが。


「最後に、学生時代の夏休みというのは非常に貴重な時間です。もちろん各教科ごとの課題はありますが、それ以上に思い切り楽しんで、限られた時間の中の青春を謳歌してください。それでは終わります」


 理事長の話が終わり、全校集会が終了しても各々の先生から連絡事項が続く。これが終わって解散する頃には生徒達も騒ぎ始める。


あかねー、お前また理事長から睨まれてただろ」

「黙れお前もだろ、けい


 わざわざ前の方から勝手に移動して来て俺に話しかけたのは伊藤 慶。俺の幼馴染で一応、親友。

 いざという時には頼りになるが、普段はおちゃらけて俺を小馬鹿にするウザい奴だ。


「茜ほどじゃないだろ、この問題児め! ……痛い痛い、その手放してくれないかな、顔面が割れちゃう」

「悪いな。俺の頭をバシバシと叩くもんだから、うっかり握り潰しそうになった」


 これ以上続けていても無駄だから顔から手を放してやるが、慶は押さえつけていた指の跡以外は何事もなかったかのように笑っている。


「冗談だって。全く、すぐに手を出すんだから」

「お前以外にはやらないに決まってるだろ」


 俺が断言したところで不快な何かを感じる。その正体は嫌でもすぐに分かった。

 まるで疫病神でもいるかのように俺を見る周りの視線に思わずため息を吐いた。


「気にするなよ、言いたい奴には言わせておけばいい」

「気にするかよ、今更だ」

「お、そろそろ出れそうだし行こうか」


 場の空気を切り替えるように、三年生があらかた体育館から出たところで慶も出ることを促す。


「そうだな、ここは暑くてたまらん」


 体育館から出ると今度は照りつける陽射しとアルファルトから反射する熱が肌に当たるが、蒸し暑さを感じさせない冷たい風が心地よかった。


 教室に戻るとすぐにSHRが始まった。これが終われば後は夏休みだ。

 教室の端にある自分の席で窓の外をぼんやりと眺めていると、ちょうどウチのクラス担任が教室に戻ったようで、教壇の後ろに立って話し始めた。


「おいお前ら、理事長の話聞いてたなら俺の言いたいことは分かるな。休みの間警察のお世話になるような問題だけは絶対起こすなよ。もしあったら俺が面倒な事をしなけりゃなんねぇからな」

「別に問題なんか起こさないって、先生は心配し過ぎなんだよ」

お前らだから(・・・・・・)心配なんだよ。この学校の生徒は気づいたら常識外れな事を引き起こしてやがるからな……」


 この先生が悪態を吐くのも無理はない。それだけの事をこの学校の生徒は毎年の如く引き起こしているのだから。

 

 私立繚乱高校、それが俺達の通う学校だ。

 百花繚乱とは秀れた才能の持ち主などが一時期に数多く現れる事を指すが、その名に違わずこの学校はそういった人物が全国から集まっている。

 なぜか高層ビルの建ち並ぶ都心部でもなく、遠目には山が見える、せいぜい自然災害の少ないのが取り柄の田舎にこの学校は構えているが、入学希望者は後を絶えない。

 その特別入試は一際変わっていて、学力試験と面接の他に受験生の持つ才能を証明するという項目が課せられている。


 俺は名高い刀工であり、一子相伝の道場師範である祖父|《爺ちゃん》の元で武術と鍛刀を学んでいた。

 中学を卒業した後は即座に爺ちゃんの元で本腰を入れて働きたいと考えていたが、せめて高卒に至るまでは駄目だと爺ちゃんに反対される。

 さらに爺ちゃんと理事長の間には何故かパイプがあり、推薦状を勝手に書かれたうえ、半ば強制的に受験させられたところ、学力試験が国語以外ほぼ底辺であったにも関わらず合格できた。

 ただ、武術担当試験官とやらを打ち負かし、俺が打った中でも最高の出来栄えの日本刀を提出するなど、決して手を抜いたわけではなかったが。


 余談だが、一般入試の方は戦争と言っても過言では無い偏差値らしくて、数十人程度しか合格できないらしい。

 

 そんなウチの学校だが、特殊な人材を呼び込むということは個性的でなんというか、濃い人間が集まるのは自然の摂理のようなものだ。

 俺の知る限りではこの学校にはいわゆるゲームや漫画の主人公のような人物がいるし、凡人にはおおよそ理解し難い発想をする天才もいる。

 そんな彼らは必ずと言っていいほど長期休暇の際には問題を起こす。

 例えば、いつ間にか企業を立ち上げていたり、美少年と美少年と恋仲になっていたり、冗談抜きで悪の組織を壊滅させたりと、数え出したらキリが無い。


「まぁ、お前らは俺がいくら何を言おうと毎年問題を起こしやがるのは明らかだ。だがな、何度も言うが忘れるな。お前らが青春を謳歌してる間に俺達教師や上役の方々は後処理に追われていることを!」

「あー、先生も色々大変ですねぇ。ま、頑張ってくださいや」

「……今が平成で良かったな。世が世なら俺は教育的指導を行なっているところだ」


 先生が額に青筋を浮かべているにも関わらずからかい続けるクラスメイト。

 ほぼ毎日これだとストレスも溜まりそうだが、これを耐え続ける先生には同情せざるを得ないといつも思う。


「とにかくだ、俺はお前らが何事もなく無事に二学期からしっかり課題を終わらせてから登校してくれればそれで十分なんだ。くれぐれも怪我の無いように夏休みを満喫してくれ。以上だ、委員長号令」

「起立、気をつけ、礼」

『ありがとうございました』


 ホームルームが終わるとクラスメイト達は各自教室を出て行く。

 夏休みになる直前のこの日まで荷物を持って帰らず、今になって必死に鞄に教科書を詰めているような奴も中にはいるのはお決まりだ。


「夏休み……それは支配からの解放、自由への希望。それがやっと来た! ひゃっほーい!」

「お前は子供か。近くにいるこっちまで恥ずかしいわ」

「辛辣なお言葉っ……折角の夏休みなんだぞ、茜は嬉しいとか思わないのかよ」


 慶が校門を出たところで急に語り出したと思えば大声で叫んだ。

 鬱陶しいから冷たく咎める言葉を言い放つと不貞腐れた表情で言い返してくる。


「そりゃあ学校から暫く解放されるんだから嬉しいに決まってる」

「じゃあその仏頂面をもう少し緩めようとは思わないのかよ」

「笑いたくもないのになぜ笑顔を作らないといけないんだ?」

「はいはい、だから女の子にモテないんだよ。ま、茜の場合それ以外にも要因があるけどな」


 俺を小馬鹿にしながら慶はニヤニヤと笑っている。

 相反して俺はため息を吐くばかりだ。


 確かに俺は女どころか大抵の人に好意を持たれるような性格も見た目もしてないと思う。

 他人とは自分からあまり関わろうとしないし、傍目から見ても粗暴な性格。

 自分で言うのも何だが、普段から鍛えてる筋肉質な体躯、そして何より、目つきがとにかく悪い仏頂面を見れば誰もが近寄り難いと自覚している。

 ……おまけにある噂が拍車をかけているから地元では俺を恐れずに接する事ができる奴はごく僅かだ。


「逆になぜ赤の他人の女とそういう仲になりたいのか分からないな。俺には理解できん」

「それってあれだろ? 菫が可愛くて仕方なくて他の女の子が目に入らないってことだよな。茜のシスコン具合にはある意味尊敬……のわっ! 今本気で蹴ったろ!」


 チッ、外したか。本気で頭に当てるつもりだったんだけどな。

 顔をひきつらせている慶を睨もうとしたところで、背後に強い気配を感じた。

 上段回し蹴りをした後のごく僅かな隙を突き、それは俺の背中に覆い被さる。


「……菫、学校の付近ではあまり近寄るなって何度も言っているだろ」

「む〜、そんなことよりもお兄ちゃんまた私を置いて帰ろうとしたでしょ! 意地悪なんだから」


 俺の背中に抱きつきながら文句を垂れる彼女は俺の妹、正確には従妹いとこ黒月くろつき すみれだ。

 菫と俺は産まれが数ヶ月違うだけで実質同い年なのだが、幼い頃から俺を兄と慕ってくれている。


「噂をすればなんとやらだ。それで茜、実際どうなのさ」

「……否定はしない」


 思わずムカついて蹴ってしまったが、シスコン呼ばわりは不服だが、菫がいるから他の女がどうでもよく感じるのは事実だ。


 菫は幼い頃から天真爛漫で可愛らしかったが、高校生にまで成長した今は美しさと可愛らしさが両立した絶世の美少女と呼べる域に達してると思う。


「え、慶とお兄ちゃん何話してたの? ……まさか他の女とお兄ちゃんがどうとかって話じゃないよね」

「いやいや、そんな話する訳ないって。茜が女の子にあんまり興味を持たないのは知ってるだろ?」

「あんまり……? ということは少しはあるの」


 肩甲骨の辺りまで伸びた濡羽色の髪はきめ細やかで、下手に染めた茶髪なんぞとは格の違う存在感と清楚さを漂わせている。

 俺と頭一個差程度の身長だが脚はすらりと伸び、小さめの顔と相まって、まさにモデル体型でありながらも俺と幼い頃から鍛えてるから体全体が適度に筋肉で引き締まっていて、肌はやや白いが健康的な色だ。

 顔全体は端的に表現すれば整っているが僅かに幼さを残すあるいは女性特有の膨らみを持っていて可愛らしく、ぱっちりと開いた大きめの目はやや吊っているが俺とは違って目付きが悪いわけではなく、むしろ猫の目のような愛嬌があり、長い睫毛も一際目立つ。

 

「ややっ違うって。言い方が悪かったよ、脳筋の茜に女の子が眼中に入ると思うか?」

「……それは私も目に入ってないってこと? それにお兄ちゃんを脳筋呼ばわりだなんて」

「ちょ、ちょっとタンマ! 茜、ボーッとしてないでこいつをどうにかしてくれ!」

「……ああ悪い、聞いてなかった。菫がどうかしたか」


 結論として菫よりも可愛い女子はまず居らず、居たとしても興味は無いと結論づけたところで慶が俺の腕を引っ張って何かを訴えかけてきた。

 慶の指差す先にいるのは未だ俺の背中を抱きしめる菫のみ。やれやれ、また怒らせたのか。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんって好きな子とか気になってる子とか居ないよね?」

「当たり前だ、中身をよくも知らん人間なんざ興味無い」

「……よかったぁ。じゃあ私の事は……」

「恋愛対象には成り得ないな。あと早く離れろ、暑い」


 周囲に目を凝らすと注目の的になっていることは明らかだった。

 その目線から読み取れる感情はおそらく嫉妬や羨望。ただでさえ人を寄せ付けない嫌われ者の俺に高嶺の花のような菫がくっついているのだ、それを良く思う人間はいない等しい。

 だからこそ、公共の場ではあまり近づかないように言っているがあまり効果はなく、現在も俺の指示を無視して密着し続けようとしている。

 

「やだ、なでなでしてくれるまで放さないもん」

「後ろに手を回して撫でろと?」


 抱きついている菫の頭頂部は肩甲骨よりやや下の辺り、どう腕を回しても絶妙に手が届かない位置にある。関節を外せば届くだろうが、やりたくない。


 菫がこうして無理難題の悪戯を仕掛けてくるのは大抵、何かしらの寂しさを紛らわしたいと思っている時だ。

 最近は爺ちゃんの工房に籠ることが多かったから、あまり構ってやれなかったな。

 夏休みもその予定だったが、たまには時間を多めに割いて遊んでやることにしよう。


 歩きながらも一応は片腕を背中に回し、無駄な努力をしてやっていると、それを面白がった慶が無謀にも菫をからかう。


「茜の代わり俺が撫でてやろうか?」

「慶が触られるくらいなら、そのドタマかち割ってやるから」

「おーこわいこわい。ホント菫って見た目は良いのにこんなに凶暴だと誰も寄り付かないだろうなぁ……痛ててて! ちょ、割れる、割れるっていうか砕けるぅ!」


 慶のちょっかいが流石に頭にきたのか、菫は俺に抱きつくのを止めて慶の頭を後ろから腕で締め付けた。

 見た目に反して菫は結構力が強いから、放っておくと青痣ができてもおかしくないだろう。


「菫、そろそろ止めとけ。慶もいい加減しつこいと怒られる事を学べ」


「はいはい、悪かったよ。……ったく、兄妹揃って凶暴過ぎだろ」

「何か言いたい事でも?」

「イイエ、何モ言ッテマセン」


 慶はわざとらしいカタコトな喋りで誤魔化してるようだが、俺は聞こえていたぞ。

 つい殴りたい衝動に駆られるが、さっき言った手前それをするのは余計に弄られるだけだろうから、我慢した。


「茜、どうせ今日も道場寄るんだろ?」

「そのつもりだ。何を今更」


 俺と慶、菫は部活動はしていない。一応、俺と慶は剣道部、菫は弓道部に入っていることになっているが、幽霊部員である。

 その代わり、放課後には爺ちゃんが構えている道場に毎日通っている。

 もっとも、爺ちゃんは刀工としての仕事と両立しているので毎日は居ないのだが。

 繚乱は部活動や同好会は盛んで、俺たちが所属していることになっている部も好成績を上げているらしいが、俺達にとっては退屈極まりなく、そこにいるよりは道場で稽古したほうが百倍マシだ。


「そうだ、夏休みに入った事だしさ……記念に一戦、本気でやらね?」


 ちょうど、それは俺も思っていたところだ。夏休みの始まりに本気で勝負をして互いの実力を知り、終わりにもう一度だけやる勝負に向けて技を磨く。ああ、なんと刺激的な日々だろうか。

 一拍間を置いた後、慶を横目で見ながら挑発的に答えを返した。


「吠え面をかいてもしらんぞ?」

「は? 去年は引き分けだったからな、今年は俺が勝つに決まってんだろ」

「ぬかせ、お前の夏は敗北から始まるんだよ」

「それじゃ、私はお兄ちゃんを応援するね! 慶は負けろ」

「ひっでぇ。いいよ、俺は誰からも応援されなくても勝つからな!」



 学校生活からのひと時の脱却をした初日、一夏の始まりを迎えるべく、談笑を交わしながら道場へ向かうのだった。

人物紹介① 黒月 茜


 本作主人公。日本古来から続く旧家、黒月家の現当主にして名高い刀匠、黒月 健蔵の孫で、幼い頃から一族に伝わる武術『黒月流闘術』を仕込まれている。

 また幼い頃から健蔵の工房に入り浸っており、細かな雑用を手伝っていたところ、中学入学を境に槌を持つことを許された。

 その双方において才を発揮し、肉体的、精神的にも高い能力を持つ反面、頭を使って物事を考える事は苦手で、友人である伊藤 慶からは脳筋扱いされている。

 そして従妹である黒月 菫をシスコンと呼ばれるほどに愛しており、彼女の為ならば命も惜しまないが、その性質がきっかけである事件を起こしている。


 短気で頭が固く、慶に対してだけは問答無用で暴力を振るう。

 普段はそれも手加減しているが、その様子を見た周囲の人間は余計に恐怖を覚える事を自覚していない。

 また非常に目付きが悪く、高い身長と筋肉質な体躯と合わさり、大抵の場合第一印象で怖いと思われる。


 特技は『興味の湧いた物は簡単に覚える』ことで、武術や鍛刀だけでなく、料理や工芸も器用にこなし、伝統工芸やサバイバル、人体構造などの知識は人並み以上。

 ただし興味の湧かない物に関しては非常に覚えが悪く、学校の成績は周囲の人間が優秀な分、最下位争い赤点補修の常習犯でもある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ