メリーホワイトクリスマス
主人公カップルの女の子と男の子、彼ら目線で話が進んでいきます。
豊橋達也と白石愛佳のオリキャラです。
街の通りにはイルミネーションが輝いて、学生や仕事帰りのサラリーマンやOL、カップル。様々な人が行き交う。BGMはすっかりクリスマスソング一色だ。
そんな中、どこからか「もうすぐ会えるね。…気を付けて帰ってきてね。………うん、わかった。また連絡して。……うん、じゃあ」という声が聞こえてくる。
スマホを耳元から離し、くすりと笑みを浮かべた彼女はカップルが集っている大きなツリーある広場の方に一瞬目を向けて、反対側へ歩き出した。彼女の姿はやがて人混みに紛れて見えなくなった。
早くクリスマスにならないかなぁ…。彼女――白石愛佳は思う。二四日のクリスマスイヴ、午後九時にいつものカフェで待ち合わせ。今は短期の出張で海外、マレーシアだそうだ、に行っている恋人の彼――豊橋達也。
出張は一週間ほどだと聞いている。海外旅行にはよく行っているので慣れている、と達也は言っていた。
そういえば二人が初めて出会ったときも、大学の海外短期研修の説明会だった。たまたま研修の班が同じになり、その頃の愛佳はただ達也のことを優しくていい人だな、くらいにしか思っていなかった。気も合うし、一緒にいて楽しいし、話も尽きない。こういう人が自分の彼氏だったら楽しいだろうな、と愛佳は思った。時々一緒にご飯を食べたり一緒になった授業があれば隣に座ったり、彼はそういう仲の良い友達になった。
そうして学校内で顔を合わせる度に、愛佳は彼に対する気持ちが次第に変化していくのに気付いていた。
達也に会いたいと強く感じたし、彼が自分の知らない女の子と歩いているのが嫌だった。もっと達也の笑った顔が見たい。幸せそうな顔が見たい。彼の隣にはいつだって自分がいたいのだ。
そして、このドキドキしてワクワクして、幸せな気持ちになる。その感覚を“恋”ということを愛佳は知っていた。
彼氏だったらいいな、ではなく達也が愛佳の彼氏で、愛佳は達也の彼女になりたかった。
四年生の冬、お互い就活で忙しい日々を送っているある日、達也から「今度飲みに行かないか」と連絡が来た。愛佳は二つ返事で行きたいと返した。
もうすぐ卒業してしまうのに、全く会うことも出来ず、告白すらできずに別れてしまうなんて、と内心焦っていたのだ。達也からの誘いに乗らないわけがなかった。想いは伝えたいが、勇気がない。それが問題だったが、好きなら好きと伝えるべきだと、決心した。
結局なかなか予定が合わず、年明けになってしまったが、数ヶ月ぶりに会った達也はどこか大人びて見え、凜々しかった。
会って早々、達也は言った。
「話したいことがある」
男らしい精悍な表情に愛佳は一瞬、甘いときめきを覚えた。同じ気持ちだったらいいな、なんて淡い期待を抱きながら、愛佳も言った。
「私も話、あるの」
達也は「うん」と生返事をした。
二人が入ったのはベトナムレストランだった。達也らしい店のセレクトだ。
食事を注文し、真面目な顔つきの達也が愛佳の方へ向き直る。
「愛佳」
「…うん」
「悪いけど…先に話、させてほしい」
いつより声のトーンが低い。表情は先程と変わらず真面目そうだった。愛佳は達也がこんな顔をするのを見るのは初めてで、ドキンと心臓が跳ねる。緊張して目が合わせられず、愛佳は俯き加減で小さく頷いた。
一呼吸置いて達也が口を開いた。
「好きだ」
「えっ」
突然の告白に縮こまっていた肩の力がふっと抜けた。それと同時に達也の言葉の意味を理解した。「ええぇっ?」
驚いて目を見開いてぽかんとする愛佳に達也は人が真面目に告白してるのに、と少々不満げだ。
「…何だよ」
「あ、いや…。言われちゃったなって……」
「へ?」
「私が言いたかったこと。…ふふっ。嬉しい」
「あ…のさ、じゃあ……両思いってこと…だよな」
「えへへ」
「ははっ。そっか。よかった」
ほんのりと顔を赤くして照れる達也。こういう表情をする彼がかわいいと愛佳は思う。
「何が?」
「好きだって言ってよかったなって。もう卒業間際だし、すげー焦った」
「同じ。私も達也が誘ってくれたから、もう今日しかないって」
「マジで?やっぱ俺たち気が合うね」
「うん、本当に」
くすくすと二人で笑い合う。達也の笑顔がいつも以上に輝いて見え、愛佳は胸を熱くする。ときめきが止まらなかった。
その日食べた料理はほっぺたが落ちるという表現がぴったりなほどおいしかった。
幸せな食事だった。
愛佳のことを何度か学内で見かけていたとは思う。だけどきちんとした出会いは留学の説明会でだった。
セミロングの黒髪と小柄で茶目っ気な瞳。小動物みたいな子、というのが愛佳の第一印象だった。彼女は時間ギリギリに入ってきてきょろきょろと辺りを見回し、席を探しているようだった。空いている席はほとんどなかった。達也は少し迷った後、席を一つずれて彼女に声をかけた。
「よかったら」
「いいの?」
「うん」
すると彼女は「ありがとう」とふわりと微笑んだ。達也は淡いときめきを覚えた。
「さっきまで食堂にいてさ」
「あー食堂混むよね」
そんな会話から始まり、名前と学部学科を教えてもらい、次の説明会も一緒に出ようと約束をした。
終始、愛佳は朗らかな表情でふわふわとした雰囲気を纏っていた。かわいい子だなぁと感じ、なんだか恋心が芽生えてしまいそうだった。いや、その時から少なからず愛佳のことが好きだったのだ。肯定しきれないのはそのちょうど一月ほど前、以前付き合っていた彼女と別れたからだと思う。心変わりが早い、と自分を責める感情が勝っていた。前の彼女のことが嫌いになったわけではない。自然消滅しただけで、顔を合わせれば挨拶や立ち話くらいはする。
罪悪感はあるものの、達也は愛佳へ惹かれていった。いつだって愛佳のことで頭がいっぱいで、就活でうまくいかなくても、愛佳の笑顔を思い浮かべたら頑張れた。
そんなある日。内定をもらった企業の説明会へ出た。海外との交流を深めている部署があって、達也はその部署の内定が出ていた。参加してみると不思議と初めて愛佳と会ったあの説明会を思い出した。同時にいい加減想いを伝えないと、と焦燥感に駆られた。
食事に誘い、話があると達也が言うと愛佳も緊張した面持ちで「私も」と答えた。話は初めに切り出した。男にならなきゃ、と格好つけていたのだろう。
告白した後に「私も」嬉しそうに笑う愛佳が最高にかわいかったのを覚えている。その瞬間を写真に収めることが出来たら良かったのに、と一人勝手に落ち込んだ。
別れるとき、愛佳が達也のコートの袖をきゅっと掴んできた。ドキッとして振り返るといつもと同じようだけど、いつも以上に幸せそうに微笑む彼女の姿があった。
「大好き」
その笑顔は達也の宝物になった。
二人で過ごすクリスマスは今年で三度目。達也が出張で日本に帰ってくるのが二三日なので、遠出はしないようにしようと話し合って、イルミネーションを見ることにした。あまり無理はさせたくないと愛佳が言い張ってこうなったのだった。達也としては、年に一度の特別な日なのだし、本当はもっと楽しめるような遊園地や水族館がいいのでは、と思ったが愛佳の言葉に甘えた。
――それなのに。
やはり天候には勝てない。達也の乗る予定だった飛行機は悪天候のため、運転見合わせとなっていた。こういったトラブルは何度か経験していた。だが、なぜ今日に限って……。絶望感が達也の頭の中に広がった。
間に合え、会いたいんだと祈りながら愛佳に電話をかける。はい、と少し堅い声が返事をした。そして予定通りに帰れないことを伝えた。
『……うん』
愛佳は一言頷いて、それきり押し黙ってしまった。達也も「ごめん」とだけ言って次の言葉がなかなか見つからなかった。
「もう、多分…間に合わない。……次、会えるの…年末とかになるかもしれない」
『……そう』
静かな声に達也の胸が苦しくなる。悲しませたいわけではない。もう一度謝ろうとしたとき『しょうがないね』と愛佳が言った。
『気をつけて帰ってきてね。空港、寒くはない?』
「それは大丈夫」
『よかった。じゃあ、ほんと気をつけてね』
「うん」
『それじゃあ…』
「じゃあ」
ツーツーツー……。無機質な電子音が耳元から脳に響く。はあ、と達也はため息を吐いて、スマホを耳から離した。絶望感を抱えたままで空港の待合室の椅子に腰掛けた。
間に合わない…なんて。昨日電話したときの愛佳のはしゃいだ声が脳裏に蘇り、彼女を悲しませてしてまったことに切なく胸が痛む。達也自身、彼女に会いたかったし、渡したいものだってあった。
傍らのバックをちらりと見た。きっと気に入ってくれるだろう。そんな達也の自信は既に崩れ去ってしまった。
だが、それでも。俯いた顔を上げた。間に合わなくてもいい。約束の場所には行こう、と達也は決意した。
達也からの電話は、そろそろフライトの時間だろうという頃にかかってきた。不安が愛佳を煽り、電話に答える声が少し堅くなってしまった。
内容は、想像したとおりだった。
ため息を吐いて肩を落とす。「仕方ないね……」
でも、やっぱり、と愛佳の表情が暗くなる。会いたかった。だって今日は、特別な日だから。二人で過ごそうって、約束したのに。寂しさに涙が滲みそうになった。
イルミネーションで飾られた大きなツリー。キラキラと輝いて、その光に反射された二人の姿。幸せでいっぱいのクリスマスイヴになるだろうと思っていた。しかし今はそれが実現する可能性は断たれてしまった。
この間喧嘩したときに愛佳が達也のことを嫌いだと言ったからだろうか。友達との約束をドタキャンしてしまったからだろうか。仕事でしたミスのことをきちんとみんなに謝っていなかったからだろうか。
どうか。
愛佳は祈る。
サンタさん。
達也には会いたい。
でも彼が無事に帰ってこられるならそれでいいです。
私はそれだけでいい。
二四日、午後九時にいつものカフェ。そう書いてある手帳を見つめ、愛佳は待ち合わせ場所に一人佇んでいた。クリスマスツリーに集う多くのカップルを遠目に見つめ、あそこにいたであろう達也と愛佳の姿を思い浮かべてほんの少し顔をほころばせる。
そんなことをしてみても、想像では埋められない穴を感じ、愛佳は肩を落してその場を離れた。
これからどうしようか、とぼんやり歩いているうちに待ち合わせのカフェの前を通りかかった。カフェを横目に、少し先の本屋へ脚を進めた。ぶらぶらと中を見て回って小一時間時間を撫した。そして雑誌と漫画を一冊買い、カフェへ向かった。普段だったらあと三十分もすれば閉店してしまうが、ここ何日かは営業時間を延長しているらしい。きっとイルミネーションを見に来る人たちがやって来るからだろう。コーヒーを注文し、先程買った雑誌を取り出そうとしてやめた。よく買っているものだから買ったのだが、きっとクリスマスや年末の過ごし方など、そんな内容だろう。楽しみにしていた分、落ち込んでいるのに拍車をかけたくはない。漫画を取り出し、ページを開いた。
やがてコーヒーが運ばれてきたが、あまり手をつける気にはならなかった。
達也からの連絡はない。飛行機はどうやら離陸したらしいということは調べたのでわかっていた。急なことで連絡できなかったのかもしれない。待っていれば会えるかもしれない。しかしそんな微かな期待を抱いてみても、時間は空しく過ぎていくだけだった。
飛行機の運転が再開したというアナウンスを聞いて、達也は救われたような気分になった。待ち合わせ時間には遅刻確定だが、今日中には日本に戻れそうだ。
飛行機の中では愛佳のことばかりを考えていた。会いたい。会って、強く抱きしめたい。あの優しげな微笑みと明るい声が聞きたい。
彼女が約束の場所にはいるはずがない。そんなことはわかっている。わかっていても、そこに向かわずにはいられないのだ。ほんの少し、彼女の温もりを感じられたらいいのだ。思い出と楽しみな気持ちが詰まったクリスマスツリーのイルミネーション。そこに散らばる彼女の欠片をかき集め、大事に胸にしまいたい。
クリスマスは二人で過ごしたいね、と笑う愛佳の笑顔が思い出された。
トラブルなく空港に着いた飛行機から早足で外へ向かった。逸る気持ちを抑えて大きな荷物を担いだまま急いで電車に乗り換え、目的地まで向かう。
時刻は十一時四十分といったところ。もう夜遅いし、外は寒いし、きっと愛佳はいないだろう。電車に揺られて、目的地の最寄り駅に着いたのは約五分前。
十二時になった時点でクリスマスツリーのイルミネーションがさらにライトアップされる。見れたらいいね、と愛佳の声が蘇る。
大きなクリスマスツリーの周りにはカップルでごった返している。達也は辺りに目を配らせて愛佳を探した。会いたいという希望だけで探してみる。荷物が邪魔で思うように進めない。
「あい…か」
呟く彼女の名前。そして達也の視線は見慣れた黒髪を捉えたのだった。
もうすぐライトアップの時間だ。愛佳はスマホの画面の時計を見つめた。結局達也と連絡はつかなかった。寂しくなるのを覚悟で諦めモードでイルミネーションだけ見て帰ろうとツリーから少し離れたところで立っていた。
「愛佳っ」
聞こえるはずがない、でも聞きたいと思っていた声がどこからか聞こえてくる。
愛佳は振り返り、その人の姿を探した。鼓動が速まって腹の底から嬉しさがこみ上げてくる。
「愛佳……っ」
「たつ――」
強く腕を引かれ、愛しい人の顔が見えた。そして名前を呼ぶ前に強く、抱きすくめられた。
「会いたかった」
「たつや」
「よかった…。間に合った」
「うん」
ぱっとイルミネーションがさらに光を灯す。わぁっと静かに歓声が上がる。それを見て達也と愛佳も顔を見合わせ微笑んだ。
「ねぇ、連絡くれなかったでしょ」
「え?あ、忘れてた…」
「もう…。ちゃんと帰ってきてくれたから許すけど。……あ、おかえりなさい。言い忘れちゃった」
「ただいま。まさかまだいるとは思わなかったな…」
「だって…やっぱり会いたかったから。ここに来たら会えるかなって」
笑みが自然とこぼれた。それを見た達也も笑う。
「愛佳は優しいな」
「達也だって優しいよ」
冷え切っていた空気がほんのり暖かくなる。繋いだ手からお互いの温もりと想いが伝わってくる。幸せの温度だ。
「そうだ」
達也が鞄の中から手の平サイズの箱を取り出した。
「お土産」
愛佳の瞳がぱっと輝く。「ありがとう!結構重いね。何だろう…」
達也は「開けてみて」といたずらっぽく笑う。愛佳はお土産の箱を開けてみた。中身は緩衝材に包まれていて、半円状のものであろうことがわかった。
「スノードーム?」
「そう」
スノードームを取り出し、イルミネーションの光にかざしてみる。ふわふわと舞う雪の中心にはクリスマスツリー、そしてツリーのそばに佇む男女。これは、まるで……。
「俺たちみたいだろ?」
愛佳の言葉の先を達也が先回りした。スノードームから達也へ愛佳の目線が動き、アーモンド形の目が細くなる。「素敵」
だろ、と得意げな達也に愛佳がクリスマスツリーのイルミネーションよりも輝く笑顔が向けられる。
「ありがとう、達也。大好き」
どきっと達也の鼓動が跳ねる。待たせたのに、こんな言葉がもらえるなんて、彼女を好きになってよかったと心の底からそう思う。
「俺も愛佳が大好きだよ」
「うんっ」
頷いた愛佳がぎゅっと達也に抱きつく。達也の匂いだ、と愛佳は声に出さずに呟いた。彼女の身体を達也も優しく包み込んだ。
周りからわあ、と声が上がる。雪だ、と聞こえる。
二人も空を見上げると、ライトでほんのり明るい夜空から白い雪が舞っている。雪だ、と声が漏れた。
クリスマスツリーと恋人たち、舞う雪。それはまるでスノードームの中に迷い込んでしまったようだった。スノードームの中のカップルのように、寄り添い、目が合うとゆっくりと顔を近づける。
瞬間二人の時が止まった。
会えなかった時間をも温める。幸せの温度を感じられる。それは幸せの瞬間。
拙い文章で申し訳ないです…。それにクリスマスに遅刻して投稿。
粗末様です。