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第7話 勝利目前の……

 7回の表、勝ち越した直後にピンチを招く秋田フェザンツ。先頭のフランクを3打席連続三振に切って落とすも、5番・筒野にツーベースを許す。しかし6番・バラートはショートライナー、7番・金田を敬遠したのち、8番・白羽をショートフライに打ち取る。

 ピンチの後にチャンスあり、続く7回の裏、こちらも先頭の北見が三振に打ち取られるも、7番の東海林がセンター前ヒット。8番・寺西がフォアボール。そんなチャンスで打順は大馬。もちろん代打かとも思われたが、ここは勝利を盤石にしたいフェザンツ。そのまま打席に送ると、大馬が初球、送りバントを決めて2アウト2・3塁のチャンス。押せ押せムードの中、打席に入った吉崎だが、ここは須々田の前にショートゴロに打ち取られた。

 そして8回の表。打順は9番のピッチャーからだが、

『神奈川ナイトスターズ、選手の交代です。9番・須々田に代わりまして、多野(たの)。背番号8』

 負けているナイトスターズはもちろん代打を送ってくる。

『(多野さん、か……)』

 ここ最近の成績はそれほどよくはない代打・多野。しかしそれは打撃が悪いわけではなく、怪我が多く打席数が少ないためで、十分に打撃はいい。他のバッターで気を抜いているわけではないが、ここはより気を抜くことはできない。

『(さすがに体力的にも厳しい。相手が早打ちしてきてくれればともかく、今までのペースだとこのイニングで限界かな……)』

 自分の体力を考えながら額の汗を拭う。そして天を仰ぎつつ、気持ちを落ち着かせる意味でほかのことを考える。

『(……2部リーグ、か)』

 実際にフェザンツが2部リーグに所属していた年は、大馬はまだ大学4年生。その頃の事に関して、プロとしての経験はない。だが、株主として、祖父の会社として追いかけてはいた。

 胸にグローブを当て、大きく深呼吸。

『(今更だけど、俺、プロ野球選手なんだよな……)』

 新谷に群れていたおばさん達、サインを上げての去り際、正体に気づいて目を丸くしていた野球少年たち。そして応援団に、テレビの前の視聴者たち。高校時代は監督に名前すら覚えてもらえていなかった男が、今となってはそんな彼ら、彼女らに夢や希望を、そして楽しみを与える立場にいる。

 2部リーグ。新参組。

 まだ弱く、排他しようという意見もある集団だが、それでも大馬は自信が持てる。

 あの野球少年たちの顔を思い出せば。

『(見てるか……野球少年。2部とはいえ、プロ野球を……いや、2部だろうが、なんだろうが、紛うことなきプロ野球を、その目に見せてやる。そして非難している奴らに思い知らせてやる。俺たちは歴史ある古参に敵わない無謀者じゃない。歴史を超える挑戦者だと)』

 相手をにらみつけ、自らの力に自信をもってモーションに移る。

「ストライーク」

 インコース低めに決まるストレート。しかしいまいちボールに勢いがないというか、大馬にしてはそれほどでもないボール。続く2球目。外に逃げるスライダーで空振りを取るつもりが、大きく外れてしまい、1―1と平行カウント。

『(ふぅ、いろいろかっこつけたことは考えたけど、さすがに厳しいなぁ。8イニング目は)』

 マウンドの穴を掘り返して時間を稼ぎ、その間に乱れた呼吸を整える。まだ完全には整っていない呼吸のまま、プレートに足を掛けてサインを覗き込む。サイン交換を行ってからの3球目。インハイのストレートで2つ目のストライクをもらうつもりだったが、

『(まずっ)』

 甘く入った。ど真ん中ストレート。多野がその球を逃すわけなどなく、絶対に逃さないとスイング。ボールは上がりこそしなかったものの、大馬の足元を襲う。グローブを地面に叩きつける勢いで捕球しようとするも間に合わず、チャリスが横っ飛びで止めようとするも届かない。打球はセンターへと抜けていく。

「マジかよ。先頭を出しちまったか」

 舌打ちする大馬に追い打ちを掛ける神奈川ナイトスターズ。

『神奈川ナイトスターズ、選手の交代です。1塁ランナー・多野に代わりまして、荒川(あらかわ)。背番号4』

 俊足の選手を代走に出し、大馬にプレッシャーをかけると共に同点を狙う。さらにここでバッターは、

『1番、セカンド、石田』

 この試合、3打席で2打数ノーヒットとはいえ、先頭に戻る。

「ここが勝負どころだ。頼んだぞ」

 監督がエースに信頼して試合を見守る中、大馬は1回プレートを外して1塁へと牽制。早い牽制でランナーを釘づけにしたいところであるが、荒川の余裕のある帰塁を見る限り、この牽制に意味があるのかは考えどころ。

 セットポジションの大馬。バッターボックスの石田はバントの構え。

『(送らせる気か?)』

『(やりにくいように高め。失敗を狙おう)』

 的確に送られるサインに頷く。クイックモーションからの初球、

『(いきなり決められたっ)』

 寺西はマスクを脱ぎ捨ててランナーの動き、そして打球処理に向かう大馬の動きを確認。間に合わないと判断して1塁を指さす。

「ファーストっ」

「くそっ」

 2塁を諦めた大馬は1塁送球。余裕のアウトも、1アウトでランナー2塁。さらに打順は2番に繋がる。ここからの打順、2番の山下はノーヒット、4番のフランクは3打席連続三振とタイミングが合っていないものの、3番の梶尾には同点弾を浴びており、5番の筒野は神奈川打線で唯一のマルチヒット。調子の悪い2人にはそろそろやられそうで、調子のいい2人は引き続きやられそうな怖い打順である。

『(どうしますか? 寺西さん。ぶっちゃけ、俺、体力的にそろそろ怪しいですよ)』

『(ここは徹底的に低めを突く。腐っても鯛。お前の球なら押し切られる)』

 強気のサインか、無謀なサインか。いずれにせよこの場を逃げ切るにはそれしかないと頷いた大馬は、2塁ランナーは目だけの牽制にとどめてクイックモーションで投球。

「あっ」「これは」「任せてください、大馬さん」

 大馬、寺西、新谷と声が続く。低めを突く気で投げたボールは逆球となり高めへ。しかしこの高めを山下が打ち損じたのだ。ピッチャー定位置へのフライに、大馬はホーム側へとマウンドを駆け降りて新谷に任せる。代わりにマウンドに上がった新谷は、ロージンバッグやプレートの位置に気を付けながら落下地点に入ると、危なげなくボールを掴んだ。

「OK、ツーアウト」

「あと1人ですよ。大馬さん」

 これでツーアウト。マウンドへと戻り新谷から直接にボールを受け取る。

「3球でピンチを招いたかと思えば、4球でツーアウトですか。早いですね」

「寺西さんのリードはストライクをどんどん取っていくタイプだから、必然的に球数が少なくなるんだよな。問題はここからだけど」

『3番、ライト、梶尾』

 同点となるホームランを放った梶尾がここで打席へ。

『(寺西さん……)』

『(ここは慎重に行こう。だいたんに攻めてもいいことはない)』

『(これはまた寺西さんに似合わず)』

 大馬のボールも疲れで危ういため勝負に出られない。初球は外に外れるフォークでワンボール。序盤のキレはなんだったのかと思いたくなるほど、相変わらずキレはいまいち。勝負球には使えないが、相手にフォークがあると意識させるだけ、ボールでタイミングを外させる意味であれば使える。今の大馬のフォークは、ストライクゾーンでは使えないだけだ。

「ボール」

 2球目、高めのストレートがはっきり外れてツーボール。いまいちコントロールが定まらない中、3球目はインローに落とすスライダーで見逃しワンストライクを奪い、さらに今度は4球目、外に逃げるスクリューで空振りツーストライク。

『(追い込んだよ。さ~て、ここはこれでも使ってみる?)』

『(梶尾さんにそれはトラウマなんでやめときます)』

 寺西の出したフォークのサインを拒否。

『(じゃあ、インローのまっすぐで三振でも狙うか?)』

『(それでいきましょ)』

 今度は頷く。ため息のような深呼吸を行ってからの5球目。大きく足を前に踏み込んで投げ込む。

『(っしゃあ、決まった。見逃し三振)』

 今日一番のストレートがインローに決まり、三振を確信してミットをその場に固定させる寺西。

「ボ、ボール」

 しかし主審の手は上がらない。

『(うぉぉぉい。今日の主審、今更だけどゾーン、ブレブレじゃねぇかよ)』

 寺西は心の内で文句を漏らす。そして梶尾も三振だと思っていたのか、かなり安心した表情。

 この場でこの投球がボールだと思っているのは主審だけのようである。

 こちらも三振だと思った大馬。大きく息を吸い込み、細く長いため息。肩の力を抜いての6球目。三振を狙ったインハイストレートも、梶尾が食らいついてファールボール。

『151㎞/h』

『(うぉぉい。大馬。ここで151を出すか、お前)』

 主審から新たなボールをもらって投げ返す寺西は、その過程で球速表示が目に入り驚愕する。

 このボールなら三振を取れると判断し、大馬にストレートのサインを送る。彼自身もそれがいいボールだと感じていたのか、戸惑いなく頷いた。勝負を分ける7球目。セットポジション、大馬の右腕からそのボールが放たれた。

『149㎞/h』

 寺西のミットに突き刺さったボールは、150キロ近い球速表示を残した。だが、そのコースは、

「ボール、フォア」

 高めに浮いたボール球。せっかく追い込みながらも、最後の最後にコントロールミスでランナーを出してしまう。

「くっそぉぉぉ。歩かせちまったかぁ」

 1塁に歩く梶尾を見ながら右肩をゆっくりと回す大馬。その動きに勢いはなく、この試合の疲れ、さらにいえば驚異の中4日登板を続けている疲労が彼をむしばむ。メジャーでの中4日は珍しくないが、あちらは1試合100球までと言われている。しかし大馬はメジャー並の中4日を続けているだけではなく、日本並みの1試合120~140球も同時にこなしているのだ。当然、その疲れはその他の選手の比ではない。

『4番、ファースト、フランク』

 そこで神奈川の主砲のフランクが右バッターボックス。一発が出れば試合が一気にひっくり返る場面である一方で、ここさえ抑えれば、次のイニングは5、6、7番と下位に向かっていく打線。天下分け目の関ヶ原だ。

 足元のロージンバックに手をやり、少し多いくらいに粉を付ける。そして無駄な粉を息で吹き飛ばす。

『(あと1人。あと1人で……)』

 右足をプレートに掛け、女房役・寺西のサインを確認。アウトコース低め、ストレートのサイン。疲れからか頷くこともなくセットポジションに入る。大きく足を上げると、視界の中にいる2塁ランナーは大きくリードを広げる。しかし走る気配はない。

「ストライーク」

『136㎞/h』

 疲れは球速にまで現れている。先ほどの対梶尾で出した球速に比べ、最大で15キロも遅いボール。大馬も1球投げると肩で呼吸。

 1点差の譲れない試合は精神的にも肉体的にも厳しい。何よりもフォアボールを出してしまったことで集中力が途切れてしまったのも原因だ。

『(大馬。無理させて悪いが、さすがにストレート押しは危険だ。これ、使わせてくれ)』

 サインには頷かないが、頷かずにセットポジションに入ったことを了解と取った寺西はミットを構える。またも足を大きく上げての投球は、

『(マズイっ。甘いぞ、大馬)』

 アウトコース高めから、ど真ん中へと入っていくスクリュー。ホームランコースをジャストミートしたフランクは、ホームランを確信してバットを放り投げ、ゆっくりと歩き始める。打球は大きく舞い上がり、地元銀行の広告看板に直撃する。

「ファール、ファール」

 推定飛距離140~150メートル。あと3メートル内側ならば逆転スリーランの一撃に、大馬は、そして他の選手は肝を冷やす。

 だが、これでツーストライク。そして球速も変化球のキレも甘くなっているとはいえ、梶尾相手にやっていたストレートの球速維持をやめたせいか、コントロール自体はそこまで悲劇的ではない。先ほどあわやホームランの一撃を食らったが、あの程度でコントロールミスと言っているのは、ゲームや漫画と現実の野球をごちゃまぜにしている人だけである。

『(よし、大馬。最後は高めのストレート。振らせる。これでラストにするぞ)』

 大馬の体力を考えて遊び球はない。彼の体力に最大の配慮を示すサインに、最後の最後で力強く頷きセットポジション。

『(野球少年たちよぉ)』

 試合開始前、球場前で群れていた小学生か中学生くらいであろう野球少年たち。力の無くなってきた大馬だが、笑顔を浮かべていた彼らを思い出して左足を上げる。

『(時間も遅いし帰ってるかもしれないけど、見てくれていると信じるぜ)』

 足を前へと踏み出し、歯を食いしばる。

『(見せてやるよっ。2部だろうが、新参者だろうが関係ねぇ。これがっ)』

 肩の重さ、腕の重さなんて関係ない。全力で右腕を振り降ろす。

『(これがっ――プロ野球だぁぁぁぁ)』

 右腕から放たれた全力投球はアウトコース高めへ、気合いで球威を回復させたストレート。そのボールをフランクは見逃さず、真芯で捉えてセンター方面へと弾き返す。

『(くっ、捕れるっ)』

 条件反射で左手のグローブを差し出す大馬。痛烈な打球は彼のグローブに飛び込み完全捕球、と、一時は見えた。しかし、

「まずっ」

 あまりのボールの勢いに弾いてしまい、右後ろへと転々。あわてて拾いにいこうとする大馬へ影が飛び込む。

「どいて、大馬さん」

 素手でボールを拾い上げた新谷。送球体勢に入っている暇はないと判断。足を止めず、走りながらのランニングスロー。いかんせん不安定な体勢でショートバウンドになるも、北見がボールをすくい上げる。

「アウッ」

 1塁審判のアウトコール。それを聞いた大馬は即座にベンチへと駆けながら1塁スタンドを指さす。

「見たかぁぁぁ、ファンどもぉぉぉぉ。これが、これがプロ野球だぁぁぁぁぁぁ。あんな奴に俺たちのプロ野球は渡さねぇぇぇぇぇ」

 大馬に触発されて大歓声が沸き起こる。逆転のピンチを防ぐ好投。新谷のファインプレー。そして大馬の気合いの入った意味不明な掛け声にそして、

『152㎞/h』

 8イニング目にして自己最高球速タイ記録。

 勝利まであと1イニング。スタンドのフェザンツ応援団やファンたち、首脳陣や選手たちもお祭り騒ぎ。そして実況中継中の実況・解説も盛り上がっていた。

『新谷の好プレーでこの回を乗り切りました、秋田フェザンツ。6位浮上へと夢を繋ぎます』

『いやぁ、本当に新谷はいいプレーをしたぞ。ナイスプレー。それはそうと、ちょっと聞きたいことがあるんだがなぁ』

『はい、なんでしょう』

『……「あんな奴」って、誰だろ?』

『……ど、どなたの事でしょうか』

 実況も解説も、ファンも選手、首脳陣たちも誰の事を言っているのかは分からない。だが、大馬の理解不能な盛り上げ発言はいつものこと。スタンドではいつものことだと、気にすることなく受け流されていた。



 8回で1失点。先発の責任を十二分に果たす好投。残り1ニングを無失点に抑えこめば、もちろん完投勝利となり、今シーズン5勝で他球場の西摂・神見、東広島・前山の結果次第ではハーラートップに躍り出ることとなる。

 8回表の守備を終えてベンチに戻ってきた大馬は帽子を取って汗を拭うと、迷わず山野投手コーチの元へ。あれほどテンションの上がっていたのだが、ベンチに一歩入るなり、酸素供給を断ったガスバーナーのごとく勢いが弱まる

「山野コーチ」

「おぅ、どうした浩介」

「ちょっと梶尾さんに同点弾浴びてから気張りすぎましたわ。次のイニングからかえてください」

「そうか。8回も投げて1失点に抑えたなら十分すぎるな。まぁ、その疲れの原因のひとつは、よく分からんあのハイテンションだった気もするが……よく頑張った、お疲れっ」

「どうもです」

「……と言いたかったんだけどなぁ」

 気まずそうに目線を逸らす山野。そして「マジかぁ」と項垂れる大馬。

「クローザーの鳥野は、ケガで登録抹消中。正直、そうなると浩介クラスのピッチャーはもう残っていないんだ。それにウチの中継ぎ陣はここ数試合で酷使し続けてるから、無理はさせたくない。あと1イニング。頼めないか?」

 もうマウンドを降りる気満々な大馬。降板を食事で例えるならば、既に料理を前に手を合わせて「いただきます」と言った後、箸を手に持っている状況である。つまりそこであともう1ニングを頼むというのは、その箸を持った状況で料理撤収に近い展開だ。

「嫌です。無理です。ダメです」

「とは言ってもなぁ」

準備済(ブルペン)はいないんですか?」

「一応、敗戦処理(ノックアウト)を考えて倉本を準備させてはいたんだが……」

「じゃあ、そのまま倉本にでも投げさせればいいじゃないですか」

「防御率9点台に任せる勇気はあるか?」

 防御率9点台。1イニングあたり自責点1の計算であり、その質問は勝ち星を消される覚悟はできているか? という意味を持っているのと同じだ。それでも大馬はマウンドを降りる満々。

「どうせ俺、続投したら自分で勝ち星消すどころか、下手したら負け星が付くんで。後は倉本にお任せします。それに、山野コーチ。中4日で投げ続けている奴に無理させる気で?」

「そう、か……だったら降板な。ナイピッチ」

 残念そうにする山野投手コーチ。大馬が裏に消えたのを見送った後、ベンチの受話器を手に取ってブルペンに連絡。ブルペンコーチに何度も問いただされたようで、何度も何度も確認する様に応対。頭をかきながら受話器を置いた。



 所変わってブルペン。トップから始まった8回裏の攻撃もあっという間にワンアウト。事態が手遅れにならない内に、上杉ブルペンコーチが敗戦処理として『一応』準備をしておいた倉本の元へ。

「倉本」

「は、はい」

「交代だそうだ。9回表は任せたと」

「えっ?」

 その言葉を聞いて耳を疑った。なにせ今の自分は1軍に上がってから絶不調。いつ2軍に落ちても仕方のない状況であるはず。あらかじめコーチに言われていたのは、「ビハインドの場面にテスト登板させる。そこでお前の力を見せて見ろ」というもの。しかし今の状況はビハインドどころかわずか1点のリード。

「そ、そんな、僕には荷が重すぎます」

「仕方ないだろ。お前以外、誰も準備してないんだ」

「お、大馬先輩は?」

「もう限界。降りると」

 もう少し頑張れよ。と、呆れる上杉(うえすぎ)ブルペンコーチ。そんな軽い口上の上杉と違い、倉本は正気の沙汰ではない。

 プロに入って2軍ならまだしも、1軍でまともなピッチングはしていない。大量リード・大量ビハインドで勝負が決まった場面ならまだしも、普通ならクローザーが投げる場面。そしてここまで投げてきたのは、フェザンツの大エース・大馬。

 とにかく重い。責任が重い。

「む、む、無理、です。僕には抑えられない。絶対に……」

 あまりの弱気発言に頭の中の糸がキレた上杉ブルペンコーチ。怒鳴り散らしてやろうと息を吸い込んだ。

「そこまで言うなら打たれて来い。負けてこい。勝ち星消して来い」

 が、ブルペン内に聞こえた声は静かで穏やかな声。それは上杉コーチの声ではなかった。

「お、大馬、先輩……」

「言ったな。男なら言った言葉に責任持てよ」

「そ、それってどういう……」

「もう1回言うぞ。絶対に負けてこい。俺の勝ち星を消して来い」

「え?」

「どうせ今回の登板の責任は、体力考えずに力任せに投げてた先発投手と、ついでにリリーフを用意しなかった投手コーチとブルペンコーチが悪いんだ」

 それとなく自分、そして山野コーチと上杉ブルペンコーチを非難するような内容。倉本の弱気発言でブチ切れる寸前であった上杉は、大馬を睨みつける。

「おいおい、首脳陣批判か?」

「いいんです。会社(チーム)の問題点指摘は主要株主の特権です」

 株主と選手の立場を巧みに使い分けて口を封じると、静かになったブルペンで1人話し続ける。

「ま、そういうこった。抑えたら結果オーライ。困ったらとりあえず打たれとけ。いっそ試合をぶっ壊しとけ。9回裏で逆転サヨナラできないくらいにな。ただ、フォアボール出すくらいなら打たれて来いよ? フォアボール連発はお客さんも面白くないだろうし。どうせならお客さんと一緒に、お前もマウンドで野球を楽しんでこいや」


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