第一話
「お前の自慢はなんだ。」
人間のように見えて人間ではないそいつが聞いた。そいつの鼻は以上に発達していた。人間ではありえない長さをしていた。そう、まさに天狗のような奴だった。
「うわぁーー!」
そこは家の庭だった。黙々とバット振ってていた男は、問い掛けに振り向き、案の定そいつの顔を見て驚いた。
「あんた、その、鼻、天狗みたいな鼻、どうしたんだよ。」
顔が少し青くなる。
「どうしたもなにも、俺は天狗だよ。いいだろ~この鼻。」
ハハ、と笑いながら誇らしげに鼻を指で指した。
「は?」
さらに顔を青くさせる。足に力が入らなくなりしりもちをつく。
「俺達天狗は、お前達人間と仲良くしたいんだ。もう一度聞く、お前の自慢はなんだ。」
「お、俺の自慢は、なんといってもパンチ力だ。高校で野球やってるんだよ。俺はチームで4番を張ってるんだ、絶対に誰にも負けない自信がある。」
天狗がニヤッと笑う
「そうか、それがあれば俺もこの世界で、、、、、」
天狗がジリジリと近づく。
「その体、俺にくれ。」
天狗の体が強く光る。
それと同時に男の体も強く光った。
すると男の体に亀裂が入り、隙間ができる。
「うわぁ!!なんだよこれぇ。」
「じゃあ、お邪魔するよぉ。」
天狗が隙間に足を踏み入れる。
その瞬間、天狗は文字通り隙間に吸い込まれていった。
男は仰向けに倒れる。
『ーーーードクン』
死体のようだった体が電流が走ったかのように大袈裟に震える。
体の機能を取り戻したかのように動き始める。
「はぁ~~あ。」
だらしのない声と共に立ち上がる。
コキコキ、と気持ち良さそうに首を鳴らす。
「俺は人間になったぁぁぁぁぁ。」
ーーーーーーーーーーーー
「勇助ー遅刻するよー。」
「やべぇ、また遅刻だぁ~。」
朝から冷汗を流しながら、食卓に置かれた焼きたてのパンをくわえる。
「ひってきふぁーす。」
目の前にドアがあるとは思えない勢いで走る。
「ひそげ~。」
パンくわえて遅刻遅刻って
これまさに少女漫画のアレじゃねーか。
「俺、男なのに。」
あとはあそこの角でぶつかれば、、、、
ん、待てよ。あれは、、、
人影!
やばい、止まれねぇ
「うわぁ。」
「うぉあ。」
思い切りぶつかりしりもちをつく。
「イテテテテ、あの大丈夫ですか。」
顔を上げ、相手を見る。
「って、あなた、その鼻、、、、」
目を大きく見開く。
そこには鼻が高く長い男がいた。フードを被っていても分かるぐらいだった。まさに架空の物語で見た天狗を想像させた。
そいつは立ち上がり
「ハハハ、そうだよ、お前の想像通り、俺様はぁ、天狗だぁ!」
親指で自分を指す。色んな意味で上から目線だった。
「は?」
口をポカンと開ける。
「いや、は、じゃなくて、お前俺様のこと天狗だと思ったんだろ?その通り、俺様は天狗だぁ!」
し~んと聞こえてきそうな間があく。
「なんか言えよ!!」
天狗に怒られた。
「本当に天狗だとは、初めて見たな。」
驚きの顔の中に、少しワクワクした少年のような顔が見えた。
「ここで俺様とお前にとっても大切な話をする。」
天狗の顔が真面目に変わる。
「な、なんだよ。」
つられて勇助も顔色を変える。
「実は、、、、」
「実は?」
妙な緊張感に思わず唾を飲む。
「お前と契約してしまったみたいだ。」
ほっぺをポリポリと掻きながら申し訳なさそうに言った。
「あ?」
全く意味が分からない。異国の言葉のように聞こえた。
「俺様にもよく分かんねぇんだけど、さっきぶつかった拍子になっちゃったみたいで、ハハ、こんな簡単にできちゃうんだなんて思ってなかったよ。」
テヘペロ、と言わんばかりの顔をする。
「いや、そうじゃなくて契約、契約ってなんだよ。」
「あー、契約か、契約っていうのは、まあ俺様もよくは知らないんだけど、要するにお前の体を俺様とお前で共有するってことだ、そのかわりお前の身体能力が少し上がるぞ。」
「は、はぁぁぁぁぁ!!?」
「まあ、たまにお前の体使わせてもらうから、よろしく!」
握手、と言い手を出す。
「よろしく!、、、じゃねぇーよ!!!」
怒って手をパシンと叩く。
「いずれはお前も天狗と契約してたはずだ、そんなに怒ることじゃないよ。天狗っていうのはこんな姿してるから、お前達人間の体を借りないとこの世界で生きていけないんだよ、許してくれ。」
頼む、と言って手を合わせる。
あまりに真面目な姿に圧倒される。
「そ、そんなに言われちゃあ、まあ、許してやらないこともないけど。」
「本当!じゃあ遠慮なく、お邪魔しま~す。」
すると天狗と勇助の体が光り、勇助の体には亀裂が入る。
あまりの異常さに勇助は顔を白くさせる。
光がだんだん強くなる。
「うわぁ。」
手で光を遮る。
光が一瞬にして消えた。
目をうっすらと開ける。
「あれ?」
さっきまでそこにいた天狗がいない。
『------っ。』
ん、声が聞こえる。
『ここだよ。』
今までに味わったことない感覚。この声は体の奥底から聞こえてくる声だった。しかもこの声、、、
「天狗?」
「俺様の名前は、ワイン、これからよろしく!」
「はいはい、俺は渋谷 勇助、よろしく~。」
めんどくさそうに言い捨てる。
「勇助~。」
「ん、なに?」
「遅刻するぞ。」
「遅刻?」
「遅刻。」
「あぁぁぁぁーーー!!」
もう最悪だぁ