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Scene:1大型連休の翌日の話(前)

 白根(しろね)県立柳都(りゅうと)高校には学食がない。

 その事実は何もこの私、汐見(しおみ)トキが今更ため息をつくまでもなく、柳都高校に通う者なら誰でも憂えることだった。近くにコンビニが無いわけではないけど、短い昼休みの中で買いに出るのは困難の極み。結局殆どの学生は早朝に眠い目をこすりつつ、遅刻寸前でコンビニ弁当を買うしかないのだ。親にありがたく弁当を作ってもらえるのは少数派で、しかも飢えたゾンビと化したクラスメートの餌食になりやすい。もしこれから柳都高校に入学する後輩がいたら、まず「親御さんの弁当は隠れて食べること」を教えなければならない。本当にバイオハザードだからね。

 とはいっても、昼休みの食料調達方法は一応他にもある。例えば今私がいるのはパンと飲み物しか売っていない購買部だ。ここはどこの高校にもある通り、典型的な戦場になっている。御飯や麺類が食べたい人にはオススメ出来ないし、なかなか人気商品は手に入らないけど腹は膨れる。

 こんな感じで、とりあえず柳都高校の昼休みはコンビニ・弁当・パンに大別されることになる。たまに例外としてカップ麺を持ち込んでどこからかお湯をかっぱらったり、朝マックをテイクアウトして冷めてるはずのそれをどこかで温め直して食べる馬鹿もいる。

まして市の中心街にダッシュで美味いもの喰いに外食に行くなんてのは猛者中の猛者だ。

勇者といっても過言じゃない。

 ま、これは伝え聞いた話だから、多分数年前の伝説なだけだとは思う。


 そんなことを考えながら購買部の人波に揉まれている。

 昼休みが半分過ぎようとしていた。

 もうすぐタイムサービスが始まる。

 喰い足りなくてオカワリを求めたり、金欠気味の学生がケモノと化す時間。

 それを見計らって、混雑の中に飢えたハイエナが群がり始める。

 私もその中に紛れ込み、肉食獣の如く人混みの向こうの獲物(=パン)に目を凝らした。

 今日は日直の関係で、この時間に来ざるを得なかった。

 理論上はタイムサービス前に多少の高い金を出せば売れ残りの中でも良い物を買える訳だけど、タイムサービスという新たな戦場の中で勝ち取ることに快楽を見いだしているケモノにとってそれはフライングに等しい行為。以前サービス開始前にめぼしい獲物を根こそぎ買っていった男子生徒がフクロ叩きにされているのを見て、私はルールを遵守することに決めた。

 集団心理の類か何かまではわからないが、ここには確かなルールが存在する。フライングはもちろん、カルテルもトラストもコンツェルンも禁止。学年も性別も関係なし。実力主義の中にフェアプレーの精神がある。……ここに居るときは、たぶん私は女子じゃない。

 学ランを窮屈そうに着こなす筋骨隆々の運動部連中には叶わないけど、それ以外になら勝てる自身があった。男友達に泣きついて買って貰っていた1年生前期の頃とは違うのだ。

 見た限りでは、今日は中々良い物が残っていそうだった。割と穴なクリームパンが目測で5、6個、ジャムパン系も多い。1個とはいえ焼きそばパンがあるなんて奇跡だ。流石にこれは先に誰かに買われそうではある。買う物の優先順位をつけ、釣り銭がないように小銭を握りしめる。

 とにかくこんなに売れ残ってるなんて、今日は実にツイている。さらに良いことに、前をふさぐ運動部と思しき男子は少ない。いける。これは絶対いける!

 

 飢えた各々が昼休みの半分、12時45分をカウントダウンする。携帯でわざわざ時報を聞いてる人もいる。そこまでするかと入学したての頃は思ったけど、柳都高校に通っている学生からしたらいつものことだった。


 時計の針を気にして、混雑しているに関わらず購買部前が沈黙に包まれる。

 嵐の前の静けさだった。

 時刻は12時44分40秒……50秒……


 5……4……3……2……1……


「おぃーっすトキ、探したでー」

 空気を完全に無視した関西弁が背後から聞こえ、がっちりと首根っこを捕まれた。

「みゃッ!?」


 0……


「それじゃ今からタイムサービス始めますよー全品半額」

 購買のおばちゃんの声を聞き終わらないうちにケモノというケモノが吼えて獲物に飛びかかった!!

 しまった! 今ので完全に出遅れたッ!!

 1ナノセカントも待てず駆け出したいのに首根っこが動かない!

 ああ! 待って! 

「クリーム! ジャム! 焼きそば! ちょっと! 離して!!」

「いやいや落ち着きぃ、トキ」

 そう言って私の邪魔をする張本人は私の前にマックの紙袋を突きつけた。

「これやるから」

「……へ?」

 購買のパンに対する恐ろしい程の欲望は、それを遙かに上回るご馳走の前に一瞬にして霧散した。


 ※価値基準

 マック>>>>>>>>>>>>購買パン


「もらって……いいの?」

 あまりの唐突な展開に、頭がうまくついていかない。

「ええでええで。そのために買ってきたんやし」 

 私の幼なじみにして昼休みに湯気の立つカップ麺をすすったりアツアツの朝マックを頬張ったりかつて購買前の生存競争に勝てなかった私のためにパンを買ってきてくれたりした「馬鹿」、小針新(こばり あらた)がそこにいた。もう1つ同じマックの紙袋を眼前に持ち上げる。

「昼食まだなんやろ? 一緒にどうや?」


 この時、不覚なことに私はまだこの男の策略に気付いていなかった……



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