Scene:0 フライ・イン
フライ・イン。
競泳を始めてしばらく経つけど、相変わらず飛び込む瞬間だけはちょっと怖い。
思った以上に高い所から水面へと、頭から飛び込まなければならないから。
スタート台は足元からすれば、ほんの少しの段差。でも私の視線はそこからさらに155センチも上にある。
台の上に立ったとき、その高さには目がくらむ。自然と気後れする。
何度も体感しているのに、私の身体はなかなか慣れてくれない。
それでも、スタートのホイッスルが鳴ったら否応なしに私は台を蹴り、眼は2メートル下の水面へとダイブする。
浮遊。
恐怖。
少し後悔。
無重力。
ちょっとの間だけの、果てのない時間。
しかしやがては――身体は弧を描いて水の壁に突き刺さる。
瞬間。
衝撃。
イメージが破裂し、視界はどこまでも白くなる。
全身が水に染まる頃、私の中から余分な何もかもが消し去られる。
もう何も迷わない。何も思わない。考えない。
それは私であって、私ではない。私は――
たぶん私はもう、どこにもいない。
ゴールするまで、私はお預けなのだ。
きっとそれは意志そのもの。
どこまでも透明で、無垢で、無邪気で、健気に水の先を目指す。
フライ・インの衝撃は私の殻を破り、意志を産み落とす。
終わるまで水中を駆け抜ける意志。
終わらないならば、きっと海だって越えていけるほどの意志。
それが大好きだった。
私はそれに会いに、今日も台の上に立つ。
読んでいただき本当にありがとうございます。色々とベタベタなライトノベルになるよう頑張ります。宜しくお願いします。