表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キルロイド  作者: 武嶌剛
第一章 謎の美少女
9/51

救世主

 少女の走る速度は、自分よりもわずかに遅い。それは唯一の救いであった。


 だが、いずれ体力は底をつく。秀一はさして運動が得意ではない。一方、先ほどの様子を見れば、彼女は相当に鍛えこんでいることは明白だ。おそらくスタミナでは勝ち目がないだろう。


 状況は極めて劣勢で、いわゆる絶体絶命というやつだった。


(せめて……人がいる場所に――助けを呼ぶんだ――!)


 それだけが秀一の今のところの希望だった。あの化け物を相手に、それで本当に助かるかどうかは不明だが、そんな真偽はまた後で考えればいい。まずは味方が必要だった。


 そんな折、一台の幸運が彼のもとに舞い込んだ。


 ――――――


 背後から国道のアスファルト一帯を照らすハイビームの光。

 それはタクシーであった。しかも表示は『空席』。秀一にはそれが救世主のように思えた。


(しめた! あれに乗れれば――)


 すかさず手をかざして呼び止めると、車はちゃんと気づいて停車してくれた。


 リュックを肩から外し、秀一が開いたドアに慌てて乗り込むと、年配の運転手は呑気な調子で聞いてきた。


「お客さん、若いねー。学生さん? こんな時間に危ないよ。どこまで行く?」

「おっちゃん、いいから早く出して!」

「出してって、どこに?」

「駅! 夏野丘でいいから! とにかく早く!」


 血相を変えて叫ぶ。


「あいよっと。まったく最近の若いのはなんだかなぁ……」


 年配特有のぶつぶつとしたぼやきをしながら、ドアを閉めて、アクセルを踏む。


 そうして秀一がほっと安堵した瞬間、ドンッ――と車は大きく振動した。


「へ……?」


 秀一と運転手。二人の声が同時にハモる。


 ボンネットの上に乗った、黒いブーツの両脚――助手席から仰ぎ見ると、そこには先ほどの金髪の少女が現れていた。


「そのまま走って! おっちゃん!」


 だが、運転手は事情を知らないのだから、走るわけもない。

 彼はすぐさまブレーキを踏むと、窓を開けて彼女を怒鳴りつけた。


「オマエ、なにやってんだ! あー、あー……へこんじまうだろ! はやく降りろ! 女だからって容赦しねえ! ぶん殴るぞ!」


 親父の激がどんどん暴言じみていくが、少女はまったく聞いていない。それどころか、


「……これやるとお腹が空くから、あんまりやりたくないんだけど……」


 そう言って、彼女はその場に片膝をついて屈みこむと、まるで照準を狙うように、広げた右手をボンネットへかざした。


(な、なんだよ……あれ……)


 秀一が瞠目する。


 彼女の右手に収束していく、丸い光の粒――それが一定の発光量に達すると、途端に彼女の手の平から巨大な光の塊が盛大に撃ち放たれた。


 ズドン――! すさまじい爆音と振動。


 車体が大きく縦に揺れると、まもなくエンジンは沈黙した。ライトも消えて、あたり一帯が再び沈黙と暗闇に包まれる。


 ほんの一分も経たないうちに、その救世主は、活躍する間もなく殺されてしまった。


「…………」


 見れば、運転手は目ん玉を真っ白にしてひん剥いていた。目の前の光景がおよそ信じられないのだろう。それは、秀一もまったく同じ気持ちだった。


 さらに彼女は右足を振りかぶると、秀一に向かって思い切り蹴りつけた。


 フロントガラスが、たちまち蜘蛛の巣のようになってビシッと割れる。ブーツの先端は車の中にまでめりこんで貫通している。


「あれ? 思ったより頑丈じゃん、これ。一発でぶち破れると思ったのに――」


 ガラス片をパラパラと散らせながら足を引き戻すと、続けて彼女は助手席に座る秀一に向かって右手をかざした。


 先ほどのボンネットを壊した時のように、彼女の手の平に光の粒が集積していく。


「う、うわあああああああああ!」


 たまらず秀一が絶叫する。荷物を肩にかけて慌てて外へ飛び出すと、入れ替わりざま、彼の座っていた助手席は、光の衝撃によって凄惨にぶち壊されていた。


「ハハ、ハハハハハハハ!! そうか……これは夢だな。そうなんだな! イヒヒヒヒイヒ」


 運転手から聞こえてきたのは、けっこうヤバイ感じの笑い声だった。たぶん、現実逃避を始めたのだろう。申し訳ない気持ちしかないが、とはいえ、今は構っていられない。


(くそ――!)


 少女がボンネットから飛び降りる姿を見て、秀一は再び全力で走り出した。


 しかし、


「鬼ごっこはもう終わり。飽きたもの」


 今度はカンタンに追いつかれてしまっているらしい。すぐ背後から、彼女の冷ややかな声が聞こえていた。


(どうして――!? 俺のほうが速いはずじゃ――)


 首だけ振り返らせると、秀一はぎょっと目を疑った。

 彼女は先ほどまでのように走るのではなく、まるでスケートのようなフォームで地面を滑走していたのだ。


(そんなんアリかよ……!?)


 そこで秀一はようやく理解した。先ほどから彼女が突然にして姿を現していた理由を――


 彼女の履いているブーツ。それはただの靴ではなく、なにかしらの技術製品であったのだ。強い推進力を生み出して、ほとんど無音で操縦者を移動させている。つまり、秀一に気づかれないように先回りしていたのだ。


 少女はその姿勢のまま前に屈むと、まるで抜刀するかのように片腕を構えてみせた。


(まずい――!)


 とっさに秀一が地面に身を投げ出すと、頭上で鋭く風を切る音が聞こえた。


 背後では、攻撃に失敗した少女がいなされた闘牛のようになって、しばらく離れた場所でようやく身を翻していた。


 どうやら、なんとか回避はできたらしい。


「……その脚、まっすぐは進めても急旋回はできないんだな」

「だからなに? アンタを殺るのに一ミリも困らないけど」


 秀一が息を呑む。彼女の言う通りだったからだ。


 助かる策などありそうにない。そして、なにもアイデアを考えつかないうちに、彼女は畳みかけるように攻撃を再開した。


「くそっ……!」


 道路の脇の河川敷――秀一は攻撃のタイミングを見計らうと、今度はそこに向かって思い切り飛び込んだ。


 斜面になった草土をゴロゴロと転がって――岸辺に着く頃には、ポロシャツもジーンズもすっかり泥まみれになっていた。


 遅れて、少女が坂道を降りてくると、


「逃げ場はない。これで最後ね」


 ぼろぼろになった少年を見て、彼女はそう告げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ