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キルロイド  作者: 武嶌剛
第一章 謎の美少女
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鉄を斬る少女

「うわっ!」


 たまらず秀一が悲鳴をあげる。胸から心臓が飛び出しかねないほどの驚きようであった。


 ばっと振り返ると、彼はさらに表情をひきつらせた。

 街灯の薄明りの下――金髪の少女が、いつの間にかそこに立っていたからだ。


「どうしたの。そんなに怯えちゃって」


 少女は彼の恐怖を煽るように言った。


「な、なんで――」


 秀一は事態を飲み込めていなかった。

 彼女はさっき、確かに建物の中へ入っていったはずだった。それなのに、なぜか背後に現れたのだ。いったい、いつの間に――


「バカね。アンタみたいな素人の追跡。わたしが気づいてないとでも思ったの?」


 彼女は折り畳んだ一枚の写真をポケットから取り出して広げてみせた。いつ撮影されたのか不明だが、そこには自分の顔がくっきりと映っている。


(……)


 秀一は胸中で自分のことを激しく責めた。

 彼女はとっくに自分の正体など見抜いていたのだ。そして、わざと追跡させて、だれもいない場所に誘導したというわけだ。


 なぜ、こんなカンタンなことに気づけなかったのか――素人の浅知恵にもホドがある。彼女の言う通り、馬鹿そのものであろう。


「アハ。こういう探し方をしていれば好奇心旺盛なアンタはすぐに見つかるだろうとは思ったけど……まさかこんな早く出会えるとはね」

「……? 俺のことを知ってるのか……?」


 だが、彼女は答えなかった。一歩、また一歩と近づいてくるだけだ。秀一も合わせてじりじりと後退する。


(落ち着け……まだ慌てる状況じゃないはずだ)


 そう自分に言い聞かせると――秀一は息を深く吸って、わずかな落ち着きを取り戻した。


 よく見れば、彼女は手ぶらである。そして、彼女の軽装には、刃物を隠せる場所はどこにもない。せいぜい所持していても刃渡り数センチメートル程度にも満たないだろう。


 それに体格だって自分の方が優れている。仮にも華奢な女の子だ。よほどの武道の達人でもない限り、一方的にやられることはないはずだ。


 加えて、すぐ横には工事現場の道具だってある。これは少しばかし卑怯くさいが、この際、背に腹は代えられない――


 秀一は決断すると、すぐさま行動に移した。


「お前! それ以上、近づくな!」


 彼が両手に構えたのは、カラーコーンにかかっていた工事現場のコーンバーであった。黄色と黒の織り交ざった1メートル程度の樹脂棒。少し頼りない材質だが、こんなものでもないよりはマシだろう。


 威嚇するように棒を向けられると、少女はぴたりとその場で足を止めた。

 秀一は、彼女の動きを慎重に見張りながら尋ねた。


「……いいか、質問に答えろ。なんで俺を狙ってる? しかも殺すだって? 俺がお前にいったいなにをしたってんだ?」


 そう冷静に尋ねているつもりなのだが、しかし、彼の声は裏返ってしまっている。

 少女はそんな余裕のない様子を見て、くつくつと笑ってみせた。


「それで武器のつもりなの」


 ガランッ――


 それはあまりに一瞬の出来事だった。

 アスファルトに物が落ちる音。秀一が最初に認識できたのは、その音だけだった。


「へっ――?」


 見ると、地面には棒の切れ端が落ちていた。黄色と黒の棒切れ。そして、自分が持っていた武器は、斜めに切れ落ちてしまっている。


(なっ……)


 秀一が絶句する。

 少女は右手をかざしていた。物などは何も持っておらず、ただ手刀の形に構えている。まるで、今の攻撃が自分の仕業だといわんばかりの姿勢で――


「見えなかった? じゃあ、もっとわかりやすく見せてあげる」


 そう言うと、彼女は続けて、建物を取り囲むように並んでいるバリケードフェンスのほうに体を向けた。


 そして――


(……じょ、冗談だろ?)


 それは、およそ信じられる光景ではなかった。だが、現実は認めなくてはいけなかった。


 ずたずたに切り裂かれた金属の網――今度の動きは、秀一の目にもかろうじて見えていた。彼女は確かに手刀を放ち、そのように壊してみせたのである。


(あんなのくらったら――)


 それは考えるまでもないことだった。人間の身体は少なくとも鉄よりは丈夫でない。たまらず背筋がゾッと震え上がる。


 少女は体を向きなおすと、また一歩、足を進めて近づいてきた。

 もはや武道の達人どころの騒ぎではなかった。


「ば、化け物――」


 秀一の顔が恐怖にまみれる。


 心臓の鼓動がやけに強く脈打つ――毛穴という毛穴が開き、体中の血液が沸騰したように全身でぶわっと騒ぎだしている。


 頭の中には、たった一つの言葉が、警告のように何度も何度も浮かんできた。


(逃げろ!)


 秀一が全力で走り出す。その背中を追いかけながら、その可憐な殺人鬼は愉快そうにつぶやいた。


「逃がさないよ、マスター」


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