夜の出会い (2/2)
急に自分の名前を呼ばれて、秀一はきょとんとした。自分は彼女のことをまったく知らない。なのに、どうして、この少女は自分の名前を知っているのだろう。
「ああ。それなら――」
そう名乗りかけたところで、放課後の琴子の言葉がリフレインされた。
――どう考えても物理的におかしい現象じゃない? あんたに近づこうとする可愛い女子が存在するなんて――
(……確かに……)
秀一は思い留まった。
他人に言われて認めたくはないことだが、自分がこういう状況になってみると認めざるをえない。ナルル並の容姿を持つ美少女が、ただの学生である自分に対してピンポイントに言い寄ってくる確率は果たしてどれくらいだろう。
(……ゼロだな、まちがいなく。噂もたまには役立つもんだ。つまり……これはだれの目にも露骨で狡猾なハニートラップ!)
断定。この少女の職業はきっと壺売りに違いない。
「ばかめ。ナルルなら買ってやったが、そうはいかんぞニセモノめ」
「……? なんの話をしてるのよ」
「ああ、すまん。つい心の声が漏れてしまってな。なんでもない。忘れてくれ」
「なんだか危ないやつね、アンタ……。それで、知ってるの? 知らないの?」
秀一は全力ですっとぼけた。
「いや……知り合いの名前をざっと思い出してみたんだが、まったくもって知らんヤツだな」
「でも、さっき、思いきり知ってそうな口ぶりだったけど……?」
少女がそう訝しむと、秀一は適当に嘘をでっちあげた。
「ああ。たまに自分でもよくわからないことを口走る時がある。これは癖というか病気なんだ。もしかしたら俺の先祖に霊媒体質な人がいたのかもしれない。その遺伝のせいか、たまに憑依されたように記憶を失うんだ。そうだな、わかりやすくいえばガード不能な精神攻撃のようなものと思ってくれて構わない。だから、つまり、要するに。とにかく俺はそいつのことは知らんのだ」
「……ちなみに、アンタの名前は?」
「佐藤健」
ほんの一秒の迷いもなく秀一が答えると、少女はたまらず表情を曇らせた。
「それは……なんつうか悲惨な名前をつけられたものね……」
「顔を見ながら憐れむな! そしてたった一人を除いた全国の佐藤健さんに今すぐ謝って来い!」
少女は手がかりが得られそうにない様子にがっかりすると、背中を向けて、トボトボと公園のほうへ戻っていった。
本音を言えば、これだけ可愛い女子との関わりは持ちたいところだが……君子、危うきに近寄らず。秀一はなにより面倒事を一番嫌う性格であった。
自転車に突っ伏しながら、秀一は最後に興味本位で尋ねてみた。
「お前さー。ちなみになんだけど、そのアガリとやらに会って、どうするつもりなんだ?」
すると――少女は満面の笑みを浮かべて、こう答えた。
「殺すのよ」