夜の出会い (1/2)
すっかり暗くなった帰り道。秀一は自転車を漕ぎながら、なんだか複雑な気持ちになっていた。
(……まさか、こんなモンを自分の家で使うことになるなんてな……)
彼がわざわざ遠出までして購入したものは金属探知機であった。目視で探せないなら機材に頼る。それが彼の導き出した結論であった。
さらに、これは高校生には手痛い価格。完全に想定外の出費であった。夏休みも間近だというのに手痛い散財でしかない。
(くそう。しばらくは学食ではソバ。それも具材ナシの味気ない素ソバだな……。とことん節制しないと――)
そう悲しみにくれてから、三十分ほど過ぎた頃だろうか。
夏野丘を抜けて光雲高校の近くを走っていると、彼はふとブレーキをかけて立ち止まった。
団地の公園――それは、いつも高校の帰り道にある何の変哲もない小さな公園だった。普段は小学生くらいの子供が遊んでいるが、これだけ暗くなるとさすがに誰もいない。
ただ、秀一は見逃さなかった。そこに人がいることを。そして……目を疑った。
(……う、嘘だろ……?)
そこには街灯の明かりに照らされて、金髪の少女が一人でブランコを漕いでいた。
年齢は自分と同じくらいか。半そでにショートパンツと涼しい恰好をしている。ふわりと流れる鮮やかな金髪のエアリーロング。西洋人形のように整った小顔は、彫刻品のように美しく、妖精のように愛らしい。一言でいえば、とんでもない美少女だ。
(……な、なんで彼女がここに……?)
髪の色こそ違うが、彼女の顔を見間違えることは絶対にない。秀一はどうでもいいことは覚えないが、自分が興味を持ったことは絶対に忘れない。そんな、この上なく都合のよい記憶力を持っているからだ。
戦慄したように立ち尽くす彼の頭の中を、一つの言葉がただちに支配した。
『時代の流れも恋する天使』
まさにその通りだった。
(……ちゃんと痛いよな)
ベタよろしく、秀一がほっぺたをつねってみると、ちゃんと感覚はある。どうやらこれは夢ではないらしい。
そうして、あれこれ思慮を巡らせて、ようやく秀一は認識した。
あのナルルがそこにいるという現実を――
「……」
(ど、ど、ど、ど、ど、ど……どぐれがぎあじしあヵぁぁぁぁ……???)
心の中ですら、まともに言葉がまとまらない。秀一はたちまちに混乱した。彼女がナルルだと思えば思うほど、頭の中はパニック状態に陥っていく。
(ま、ま、まて……お、落ち着け。落ち着くんだぁぁぁぁ…………! こんなチャンス、もう二度とないかもしれん……! むざむざ自滅で無駄にするなぁぁぁぁ!)
まるで変身でもしかねない勢いで、秀一が絶叫する。もしも声に出していたら、近隣の住民に通報されること請け合いだろう。
ただ残念ながら、口に出していなくとも、彼はすでに十分に不審者になっていた。
夜道のアスファルトの上、彼は冷静さを取り戻そうと、ぐいんぐいんと両手で抱えた頭をあちこちに取り乱している。まともな人なら、まず近づかない。怪しさ満点だ。
だが、そんな変態めいた行動が、逆に幸運を彼にもたらした。
「アンタ……さっきからなんなの? 頭大丈夫なの?」
秀一があっけにとられたように、ぱちくりと瞬きをする。
そこにはナルルが立っていた。細い両腕を組み、不審そうな目つきを浮かべて、じろっと怪しんでいる。
不審な様子の秀一に、なんと彼女のほうから声をかけたのであった。
秀一はたまらず口をパクパクとさせて卒倒しかけたが、なんとか言葉を振り絞って、声に出した。
「いや――ええと……あなた、ナルル――でなくて、成瀬流々さん、ですよね?」
「……違うけど」
「へ? ウソ」
「いや、ホント」
「……」
頭の中が一瞬、真っ白になった。秀一にはどうしても彼女の言葉が信じられなかったのである。
眼鏡をとって目をゴシゴシとこすってから、あらためて近くで彼女のことを観察する。
やはり、ナルルは超可愛い。見れば見るほど見とれてしまいそうになる――
……ではなくて。
これだけの距離になって、秀一はようやく決定的な違いに気づくことができた。
(あ……眼の色が……)
成瀬流々は生粋の日本人だから、瞳の色も黒系統のはずだった。それは写真集でも、公式の映像・画像でも確認済である。
しかし、目の前にいる彼女の瞳は、髪の毛と同じ色合いの金眼であった。カラーコンタクトの類というよりは、遺伝子によるものだろう。ものすごくナチュラルな色に染まっている。
(……ナルルに似てるだけ……?)
ようやく秀一は気がついた。すべて、ただの一人相撲であったことに――そして、がっくりとうなだれた。
言われてみれば、瞳の色だけでなく、彼女の小ざっぱりとしたボーイッシュな服装や、悪態じみた態度はどうもナルルとは結びつかない。
穴があったら入りたいくらいの恥ずかしさだった。なにしろ、まったくの勘違いをしていて、一人でテンパっていたのだ。しかも、その一部始終を美少女に見られてしまう失態っぷり。
「はは、あはは……ご、ごめんな。よく似てたけど、人違いだったみたいだ――」
(ただちにこの場を立ち去ろう)
鋼より強い決心をして、秀一が迅速に自転車に飛び乗る。
しかし、なぜか彼の行く手は少女によって塞がれた。
「ええと……。まだ、なにかご用で?」
彼女はこくりと頷いて、尋ねた。
「阿我理秀一って知らない? このあたりの生徒らしいんだけど――」