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キルロイド  作者: 武嶌剛
第一章 謎の美少女
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調査

(……困ったもんだな……)


 私服のポロシャツに着替えた秀一は、自分の部屋で深刻に落ち込んでいた。まるで勉強がはかどらないからである。彼は海外の大学を専攻するため、日々のスケジュールを決めて、順調にこなしていた。だが、今日はすこぶる調子が悪かった。いつもはすらすら理解できる実学書が、今日だけはやけに時間がかかってしまう。


 というのも、問題を考えようとする度、


 ――秀一くん。最近、ナルルの写真集を買ったんですって?――


 そのささやきが何度も脳内にフラッシュバックして、絶えず邪魔をするからだ。彼はどうしても、学校の一件が忘れられずにいた。


(くそ……やっぱりほっとけないな、この問題だけは……!)


 苛立ったように頭をかいて、秀一は勉強をいったん諦めると、やはりナルルデジタルデータ流出事件の解明を先に片付けることにした。そのほうが最終的に効率が良い。


 アゴに手を置くと、秀一は机のパソコンにじっと視線を据えた。


(……パソコンにはアナグラムを複雑に変えたパスワードを二重にかけて、さらに暇つぶしがてら自前で作ったセキュリティデバイスまで組み込んであるから、さすがの母さんでも解除は難しいはず。そうなると――)


 思い立ったように、部屋の中をしらみつぶしに調べていく。

 まず入り口のドアから始まり、窓とカーテン、ベッドの下、クローゼットの中、エアコン周り、本棚の隙間――ただ、とくに変わった点はない。


(ヘンだな……。間違いなく部屋のどこかに監視カメラがあると思ったのに……)


 普段、モノを極力置かずにシンプルに構成している自分の部屋だ。見落としがあるとは考えにくい――


 そんな風に、ぐるぐると思考を巡らせていると、


 コンコン――。


 ドアが小さくノックされた。秀一は事件の捜査をいったん中断して、返事した。


「入っていいよ、春香さん」


 扉が開くと、そこには物腰の柔らかい若い女性が、慎ましく顔を覗かせていた。


 如月春香きさらぎ はるか――彼女は阿我理家の家政婦である。年齢は二十代ほにゃらら、ということで、秀一もちゃんとした数字は知らない。栗色の明るい真っ直ぐな長髪に、エプロンの上からでもわかるすらっとしたモデルのような体形が特徴の美人だった。顔はどこか幼く、ちょっと垂れた目が小動物のように愛らしくもある。仕事で忙しく帰りの遅い母親が、五年前から雇った人で、もうお互いに気心も知れた仲である。


「掃除なら、わたしがやりましょうか?」


 外見通りのおっとりとした声で、彼女が提案した。あれこれとモノをごった返している部屋の様子に気がつき、掃除中だと思ったのだろう。若いのに、そういう気遣いを様々な場面で発揮できる性格を、母親はとくに高く評価しているようだった。


(……カメラを探してたなんて言えないよな……)


 秀一は力学関係の本を適当に拾い上げると、その一冊を掲げて、ひとまず嘘をついておいた。


「いや、大丈夫だよ。ちょっと探し物をしてただけで……これ、もう見つかったし」

「そうでしたか」


 春香はそれだけ簡素に返事すると、お盆に載せていたコーヒーと菓子をテキパキと机に並べて、用事を終えるとしずしずとした仕草で部屋を去っていった。


 彼女が残したふんわりとしたアロマの匂いを嗅ぐと、秀一は少しの間、悦に浸った。


(うーん、あいかわらず癒されるな、春香さん。あれで、もうちょっと年齢が近かったらなぁ……)


 などと、そんな淡い願望を抱きつつ、秀一はあらためて状況を整理した。


 仮にカメラで監視されたとすれば、パソコンのモニターが見える位置にレンズがあるはず――しかし、目視で見る限り、そんなものはどこにも存在しない。


「……ふむ」


 椅子に座り、コーヒーと焼き菓子をつまんで一息つく。そして、秀一は一つの結論を得た。


(まあ、おそらく見えないように工夫してるってことか……。だとすると、こちらも、かくなる手段をとるしかないよな……)


 そう決心すると、秀一はリュックに財布を放り込んで、さっさと部屋を飛び出した。


 そして、一階の台所で、夕飯の支度をしている春香へ、要点だけ伝える。


「春香さん。悪いんだけど、今日、少し遅くなるから夕飯は冷蔵庫に入れてもらってていいかな」

「あら。急ですね。どちらまで行かれるんですか?」

「夏野丘のほう。自転車で行くから、帰りがちょっと遅くなるかもしれない」

「まあ。あっちのほうは三駅もあるのに……電車で行かれたらどうです?」

「大丈夫! いつも慣れっこだから――」


 本音を言えば交通費がもったいないだけなのだが、そんなケチな説明をする時間が同様にもったいない。


 運動靴にいそいそと履き替えて、玄関先にかけてあるカギをぱっと取っていくと、秀一は自転車のペダルを踏んで、まるで弾丸のように家を飛び出して行った。

 

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