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キルロイド  作者: 武嶌剛
第一章 謎の美少女
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呪文

 秀一は確信した。彼女は間違いなく自分に対して恨みを持っているのだと。

 そうでもなければ、一撃で殺せる威力を持ちながら、わざわざこんな風にいたぶりはしないだろう。


(……痛ぇ……)


 箇所にして、三発ほど蹴られていた。

 脚、わき腹、左肩――その途中で、眼鏡はどこかに吹っ飛んでしまったらしい。いつからか視界がボヤけていた。


 彼女は痛みを感じさせるために。わざと頭を避けている。これから受ける暴虐の限りを想像すると、早いところ気を失った方が幸せなのかもしれない。秀一はそう思った。


「壮観ね。とてもスッキリしたわ」


 少女は、ぶざまに倒れる秀一を踏みつけると、そう見下した。


「はは……。だったら、このへんで許してくれよ。なんで俺を恨んでるのかわかんねえけど、もう十分だろ……」

「……」


 沈黙。彼女はもちろん許す気などないのだろう。顔を見ればわかる。


 助からない――

 秀一は、ほとんど絶望的にそう理解した。


(とんだ厄日だな……クソ……)


 思い返すと、本当に災難な一日だった。

 ナルルデジタルデータ流出事件に加え、謎の殺人少女の登場。さらにいえば、そのどちらにもナルルが関係していることはとても悲しいことだった。今後、女には十分に気をつけよう。秀一はそう固く誓った。……もしも今後があればの話だが。


「おい……。冥土の土産に聞かせてくれよ。お前、いったい、どこの誰なんだ?」

「ノイン」


 彼女はそっけなく答えた。名前だけを端的に。


「いや、そーいう意味ではないんだが……ノイン、って外人なのか?」

「……」


 彼女が口を閉ざす。答える必要はない。そういうことだろう。確かに、死にゆく者になにを教えたところで意味はないことだ。


 しかし、秀一は、そのあまりの理不尽さに、たまらずぼやいた。


「あのさ……こういう相手が最期を迎える時は、色々話してくれるってのが、せめてものプロの情けってモンじゃないの、可愛い殺人鬼さんよ」

「……可愛い――?」


 彼女がぴくりと反応を示す。おまけにほおを微妙に紅潮させている。秀一は目をぱちくりさせた。


(……なんだ。この反応……? そういえば――)


 秀一は思い出した。少女が、道行く先の鏡を見ながら身だしなみを気にしていたことを。


 どうせ死ぬのなら――


 もはや背水の陣である。そんな精神も働いて、彼はなかば自暴自棄になって、思いの丈を伝えてみた。


「ああ。可愛いよ、あんた。可愛くて可愛くてたまらない。ぶっちゃけたところ、おれの好みド真ん中なんだよ。できることならデートもしたいし、あわよくば抱きしめてやりたい。その日のためのプランを昼夜問わずに一ヵ月丸々かけて練ることも、まあやぶさかではない」


 普段の自分ならば絶対に口にしないような、歯の浮く台詞。


 だが――


「ば、ば、バッカじゃないの! アンタ! こんな時に! 自分の状況がわかってんの!?」


 意外なことに効果はテキメンなようだった。


 それまで鋼鉄のように冷徹に構えていた少女が、頬を真っ赤に身をよじって、明らかな動揺を見せている。


(……)


 秀一はさらに続けてみた。


「こんな時だからだ。ま、ある意味では、幸せな終わり方なのかもしれないな。あんたみたいに可愛い女の子に殺されるなら……男の本望ってやつだよ。この先、どれだけ生きたところで、それより幸せな死に方は思いつかない」


 ボンッ――謎の破裂音と共に、彼女の熱はさらに上昇しているようだった。


「い、いっとくけどね! そんなこといったって、助ける気なんか微塵にもないんだから!」

「はは。この角度から眺める怒った顔まで可愛いなんて、反則だな、あんた」

「――――ッ!」


 声にもならない声をあげて、少女がおもいっきり秀一をけっとばす。おそらく恥ずかしさに耐えきれなくなったのだろう。しかし、それは本気の蹴りではない。フロントガラスをぶち破った威力はいざどこへ。たかが突っ込み程度の痛みで済んでいた。


(……もしかしたら助かるかもしれない……?)


 そんな光明の一筋が見えると、秀一はよろよろと立ち上がり、決心した。

 羞恥心など、今はいらない。


 彼は、身も心もヨーロッパに捧げると、キザったらしい愛の言葉をイタリア男のごとく、次々に囁いていった。


「や、ヤめロぉぉォォぉぉ――――」


 ノインが、まるでゾンビが神父の聖なる言葉で浄化されかねない瞬間のような断末魔をあげて、その場に崩れ落ちていく。


「――ああ、できることなら見ていたい。一分一秒、キミがただ呼吸するだけの時間でさえ、すべてくまなく漏れなく脳裏に焼きつけ石碑にまで刻んでおきたい――」


 むろん秀一は手を休めない。しつこく彼女の周りに付き纏って、愛の詠唱呪文をずっと唱え続けている。


「――――ッ!!」


 少女はわーきゃーと悲鳴をあげながら、秀一の言葉から逃れるため、眼を閉じ、耳を塞ぎ――まるでシェルターにでも避難するかのようにその場に丸まりこんだ。


 やがて――


 彼は走りながら、こう悟った。


(……どうやら中身はただの馬鹿みたいだな、あいつ……)


 殺人少女を置き去りにした秀一は、そうしてなんとか一命を取り留めたのであった。


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