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キルロイド  作者: 武嶌剛
プロローグ
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プロローグ

「さあ、目覚めの時だ」


 老人がパネルに触れると、その大型カプセルのロックは解除された。

 大きな楕円の蓋がゆっくりと開いていくと、中には仰向けになって金髪の少女が眠っている。


 年齢は十五歳くらいか――人形のように美しい顔立ちをしており、細くしなやかな身体には白無地のワンピースを一枚だけうっすらと纏っていた。


 彼女は長いまつ毛をふっと揺らすと、宝石のように輝く瞳を見開き、しばらく天井をじっと眺めたままでいた。


「どうした。なにをやっている。ちゃんと動けるだろう」


 老人がなおも繰り返し呼びかけると、少女はうんざりしたような声で、


「はいはい、聞こえてますよ。まったく――」


 むくりと半身を引き起こして、じつに不愉快そうな言葉遣いになり、そう老人を睨んだ。


 散りじりになった白髪――おまけに、よれよれの白衣に、だぼだぼのデニム。彼はあいかわらず、だらしない恰好をしていた。


「……わたしはこれで三回目。なら実験は四十一回目よね。……いまだに成功してないわけ?」

「うるさい。問題がないなら早く準備をしろ」


 少女のぼやきに図星を突かれたのか、老人は苛立ったようにタバコに火をつけた。煙を探知して、空調が静かに動き始める。


 そこはいわゆる研究室で、彼は研究者だった。四角ばった部屋はとにかくだだっ広く、至る所にケーブルが張り巡らされ、大きな機械装置がいくつも並んでいる。彼ら二人以外には誰もいない。ひどく無機質で殺風景な部屋だった。


 少女は慣れた足取りでロッカーまで移動すると、フローリングに向けて、着ていたワンピースをストンと脱ぎ捨てた。その華奢な背中には大きい文字で『29』と刻印されている。それから少女はほとんど全裸姿になったまま、ハンガーにかかった服を順々に物色していった。


「……ねえ! あいかわらず可愛いのがないんだけど!」

「適当に選べ。服のデザインなぞ、どうでもいいだろう。それより重要なのはこっちの調整だ――」


 高さ五メートルはあるであろう、巨大なドーム状の機械装置――少女にまったく目もくれず、老人は早くも次の作業に移っていた。彼が入力デバイスに信号を打ち込む度、そのホログラムになった立体ディスプレイには、滝のように膨大な文字列が流れていく。


 代わり映えのしない衣装ばかりが並ぶ中、苦渋の選択で取り出した半袖のブラウスと短いデニムにしぶしぶ着替えると、ついでに彼女はロッカーについた小さな鏡を覗きこみながら、こそっと髪型を整えておいた。


「靴はどこ? いつものトコにないんだけど――」

「ああ。オマエのはたしか……奥のC5コンテナに移したんだったかな」


 指定された場所を探すと、そこには少女も見たことのない金属製のロングブーツが収納されていた。黒銀の光沢に、曲線カーブの美しい細身のデザイン。もはや靴というよりは装飾品と呼んでもいいだろう。その美しさに、たまらず少女の瞳が輝く。


 バックルに付いたダイヤルを回すと、長さのあるシャフト部が二手に分かれ、ブーツの履き口が大きく開く。そこにつま先から足を通すと、指の先端から膝丈まで接続系統が次々に繋がり、最終的にブーツはほとんど少女の身体と一体化したように装着された。


「これ、壊れちゃったらヤダな。……今回はパスとか、ダメ?」

「本当にそう思ってるなら、オマエを廃棄処分にしてスクラップにするだけだが? 代わりは、他にもいる」


 冷淡な口調で、老人。少女は不満げにむくれると、作業中の机にどかっと座って、彼が吸っている煙草をぴっと取り上げた。そして、眉一つ動かさずに指先だけで火を消して、吸殻で満杯になった灰皿に力づくでねじこむ。さらに少女は、自分の指に付着した煤の汚れを、老人の頬から顎にかけて、嫌味ったらしく、ベッタリ塗り付けてやった。


「ふん。いっそ灰皿ごと飲んでみたら? そうすれば、すぐにあの世に行けて、チョー効率的じゃん」


 老人は作業を続けながら、傍らに置いてある煙草のパッケージをすっと指し示した。


「勉強不足だな。覚えておけ。こいつはただの煙草じゃない。飲んだところで死にはせん。この天才が開発した優れモノだからな」


 その銘柄には『Cigarette Agari』(シガレット・アガリ)と書いてある。この『無害な煙草』は世界中で話題となり、老人の名前を広く知らしめた代名詞の一つでもあった。彼の研究はいつも革命的で世界をあっと驚かせる。だれもが羨む富と名声、そして莫大な資産を彼は築いていた。


「……今回はちゃんと上手くいくんでしょうね? こっちはいっつもヒモなしバンジーをやらされてるような心境なんだから、いい加減にしてよ」

「わたしとて、失敗にはもう飽きている。今度こそ決着をつけてみせるさ」


 そうして老人がすべての準備を終えると、巨大なドームの天頂部にあるハッチが、重たげな音を立てて、ずしんと開いた。


 少女は、その大がかりめいた装置を見ながら、あきれたように嘆息した。


「せっかくの財産なのに、こんな不毛な実験に費やしちゃってバッカみたい。どうせならたっぷり遊べばいいのに――」

「……いったい、なぜだろうな。オマエの思考だけ、すっかり俗物寄りに仕上がってしまったのは……。まあ、目的の達成を考えれば、悪い方向に働くことではないからべつに構わんがね」


 そう言いながら、老人は机の引き出しから四枚の写真を取り出すと、それを少女に手渡した。幼児、少年、青年、成人――と、まるで成長記録のように並んでいる同一人物の写真。少女は、それらをまとめてポケットに突っ込むと、右手で拳銃の形を作って、面白がるように銃口を老人の顔へ向けた。


「このジジイの顔は必要ないんでしたっけ?」


 老人は笑った。


「失礼もそこまでいけば、逆に面白いものだ。わたしの経験上……ユニークでいられることは成功に欠かせない最低条件であり、同時に最高条件ともなる。オマエは他のナンバーと比べて祝福された存在なのかもしれん。期待しているぞ――」


 少女がドームの中にスタンバイしたことを確認すると、老人は最後の指令を機械へと送った。ハッチが閉まり、巨大装置が動き出す。あとはプログラムされた手順に沿って、自動的に稼働していくだけだった。


 機体の内部から小さな回転音が強まっていき、アクチュエーターの動力が増幅されていく。やがて耳をつんざくような騒音が部屋中を一気に支配すると、途中まで聞こえていた少女の悲鳴はすっかりかき消されてしまっていた。まるでジェット機が室内で離陸するかのように、ドームの内部ですさまじいエネルギーが高まっていく――


「さあ! 神に挑め、トゥーナイン! そして……わたしを殺してみせてくれ!」


 老人がそう全力で叫ぶと同時、機械は臨界点を迎えて、すさまじい衝撃音を施設全体へ響いた。


 ――――。


 やがて音が収束して、沈黙が研究室に戻った頃――


 少女は初めて部屋から姿を消していた。


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